冒険者
火の妖術、氷の妖術、風の妖術、土の妖術。……いや、人間的に言えば妖術ではなく魔法だろうか?
どのくらいの魔法がどの程度のレベルだと判断されるのか私にはさっぱりわからない。いきなりド派手なことをして目立つのもあれだろうと、とりあえずその四種の魔法を出来るだけ単純に、されど彼女が求める水準を超えるレベルでやって見せたが、その頃には受付嬢の顔は先ほどとは別の意味の歪な笑顔で見守ることになった。
「マルチ……ウィザード……」
「マルチウィザード?」
彼女が手にやって乾いた笑いをもらす。
「これは私が認定を甘くするとか厳しくするとかいう問題じゃありませんでしたね。――と言うか、マルチウィザードなら最初からそう言ってくださいよ! おかげでさっきまで胃がキリキリしてたんですから!」
「その……四種の魔法が使えるのは珍しいんですか?」
その言葉に彼女は目をぱちくりとさせる。
「当たり前じゃないですか。元素魔法の素質は原則一人一種。魔法を使わない人だって当たり前に知ってるものだと思うんですけど……」
「え、ええ、それはもちろん知っています。ただ、活躍されている冒険者の方でも複数の元素魔法を持つ人は少ないのかなぁ、って」と慌てて言葉を濁す。
「そうですねぇ……バイウィザードはそれなりにいますし、訓練すれば身につけられるとは言われてます。けど、トライウィザードになると数は少なくなりますね。それがマルチウィザード……おまけに貴女の年齢で基礎を十分に操れるなんて、冒険者になることを勧められて当然です」
本当を言うならこの上に電撃に水に音……とりあえず物質に干渉するものならある程度魔法でどうにでも出来るのだがそれは間違っても口にしない方が良いだろう。
「それでは認定は?」
「文句なしで合格ですよ。合格。事務所に戻って事務手続きをするとしましょう」
言いながら私の前を歩く彼女は「なんだか緊張した私がバカみたいです」なんてことをもらしている。
と、不意に振り返って、
「……他に何か出来るってことはありませんよね?」
と問われたので、
「一応、杖を用いた格闘術なら少し出来ます」
と杖をそれらしく操って見せた。武将の天羽々斬から手ほどきを受けたもので、場の空気を少しでも軽くしようと思ってやって見せたのだが、それに彼女はがっくりと首をうなだれた。
「……天才というのは、案外近くにいるんですね」
*
差し出された書類に必要な事項を埋めていく。名前や年齢、自分の持つ魔法や剣技の歴など。ほとんど詐称になるが、それが嘘だとわかる人間はここには存在しない。
全ての項目を埋めて差し出すと、彼女は一つひとつにチェックを入れ、魔法の欄には特殊な印影のようなものをつづった。おそらくあれが認定員が許可をしたという証なのだろう。
「それにしても、こんな田舎ギルドに新鋭現る、ですか。その年でマルチウィザード。それに杖術まで心得がある。王都にでも行かないとこんな人材見つかりませんよ、普通」
「えっと、その……器用貧乏というやつで、魔法は手広く使えると自負していますが、それでも強いものはなかなか使えなくて……」
「例えそうであっても素質が別次元です。……実はここに書かれている経歴は全部ウソ、なんてことありませんよね?」
その言葉に一瞬ドキリとする。
「実際は名門の魔法使いの家系なんだけれど、理由あってこんな田舎に来て隠れている、みたいな」
それに心の中で小さく息を吐いた。
「そういう経歴ならわざわざ冒険者になって目立つような真似はしません」
「まぁ、ですよね」
笑いながら最後の空欄に彼女はサインを入れてギルドの印を押した。
「はい、キョウカ・アキツネさん。これで貴女の冒険者登録は終わりました。今この瞬間から貴女は冒険者の仲間入りです」
言いながらみすぼらしいドッグタグを渡してくれる。
「それが最低ランク、Fランクの冒険者のドッグタグです。マルチウィザードとは言っても、最初はどうしてもそこからスタートなのがもどかしいですね」
「でも、何事も経験ですから。Fランクでも多くのことを学ばせてもらいます」
「謙虚なのは美徳……ですけど、マルチウィザードとなればトントン拍子にランクは上がっていくことでしょう。それに杖術までこなせるとあれば、都町なんかでボディーガードなんかでもやっていけそうですね」
「ボディーガード? 護衛とかそういったものですか?」
「護衛と言えば護衛ですが、想像しているものとは少し違うかもしれません」
それに私は小首を傾げた。しかし、受付嬢はそんな仕草は重々承知の様子で答え始めた。
「冒険者と言うと最初は簡単な警備や町の清掃をこなし、そのうちに凶暴な動物や魔物の退治の依頼を受け、時には傭兵のように盗賊や野盗からの護衛まで。とにかくそういったありとあらゆる雑用を考える人がほとんどです。ですが、富裕層の多い町では貴女のようなエリートの女性冒険者に対して、妻子を守るボディーガードの依頼も少なくないんです」
「依頼も少なくないって、妻子にボディーガードが必要なほど都会の町は危ないんですか?」
その問いに彼女は「まさか」と笑った。
「妻子にどれだけ優秀なボディーガードをつけられるか? それが富裕層では一種のステータスなんですよ。自分は妻子にすら有能なボディーガードが必要なほどの価値があるんだぞ、っていう……」
「つまり、お飾りのためのボディーガード……」
「そうですね。庶民の私たちから見ればただの見栄に違いありません。そしてそんな見栄を気にする方々は周囲の目を一段と気にします。なので、この場合のボディーガードはほぼ間違いなく男性ではなく女性が選ばれます」
「それは男性のボディーガードではいらぬ噂を立てられかねないから、ですか?」
「ご名答です。エリートだからと言って屈強な男を自分の妻子の近くに置いておくのは別の意味で心配が残るし、いらぬ噂も立ちかねない。そういった関係で貴女のように魔法を使える上に、時には近接でも戦うことの出来る女性のエリート冒険者がボディーガードとして重用されるんです。おまけに、このボディーガード、報酬はかなりの高額なのに実際に襲われるようなことはほとんどなくて、冒険者の中ではかなりお得な依頼っていう話です」
最後の言葉はウインクをして小声でそっと言った。
「とは言っても、そのためにまずちょっとした依頼から実績を作り、冒険者ランクを上げていくことは必要ですね」
「冒険者ランクはこのFランクからなんですよね?」
「ええ、そのスタートラインはほぼ例外ありません。そこからギルドに寄せられた依頼をこなすことでランクは上がっていきますが、ここからは人それぞれ。特に苦労も無く自然とCランク辺りまでいけてしまうような冒険者もいれば、私のようにどう頑張ってもDランク止まり、才能が頭打ちの冒険者もいます。まぁ、どちらにしろまずは共に依頼をこなしてくれるパーティーを探すことをお勧めいたします。単独で依頼を受けることも出来なくはないですが、ギルドとしても推奨しておりません。パーティーメンバー募集は依頼の紙の横にありますので、よろしかったらご覧ください」
そんな会話を最後に受付を離れ、依頼の紙が貼られたボードを見ていくと実に様々なものがあった。
町から町への輸送に付きそう護衛。
賞金がかかった人間の名前と特徴、中には似顔絵のようなものが描かれたものもある。
それに、森に入って採集、収集をする間の身辺警護なんてものは比較的目についた。おそらく森には動物や、もしかしたら魔物の類が出てくるかもしれない。ただ、求められている冒険者ランクはそう高くない。それだけ魔物があまり強大な相手と考えられていないのだろう。
そして、もっと初心者用に向けたものとして、町の警備や下水道の清掃業務なんて依頼がちらほらとあった。
と、まんべんなく依頼の紙を見やっていたら、少しあせかけた紙に「サザラテ村についての詳細調査」なんてものがあった。
サザラテ村。
ちょうど私が前に襲った村の名前がそんなものだったと思う。
そして、これは他の依頼とは少し違うのか立派な判が押されていた。まぁ全滅した村の詳細調査なのだからおそらくこの辺りを統治している領主か何かからの依頼なのだろう。この判はそれを示すものかなにかに違いない。
が、それだけ特別扱いされているような依頼にも関わらず、報酬は成功報酬な上に他と比べて高額というわけでもなかった。
「そいつは止めといた方が良いぜ」
不意に声がかかり、そちらを見やる。
そこには二十四、五に見える男が立っていた。後ろにもう一人同い年くらいの男と少女を連れている。少女の方の年齢は私より少し上のようだ。そばかすに、後ろで二つに結ばれた髪。猫のような目。
決して美形と言うわけではないが、こう、レズビアンの趣向を持つ私にとっては何か一つ刺さるものがあった。男好きのする顔、とでも言えば良いだろうか?
「冒険者仲間でやったヤツを知ってるが、手掛かりらしい手掛かりひとつ見つけられなかったってぼやいてたからな。首を突っ込んで美味い話だとは思わない」
少女を品定めしている中、男が続け、私はそちらに意識を戻した。
「村が丸ごとやられたんですよね?」
問うと、「ああ」と男は言った。
どのような形で私のしたことが人間社会で話されているのか?
あまりトンチンカンなことを言っては怪しまれるし、これから先でも大きな齟齬を招きかねない。もうちょっと情報を探っておくべきだろう。
「実のところ私はあまり詳しく知らないのですが、どういった事件だったんですか?」
「あんたが言った言葉そのまんまだよ。村が丸ごとやられた。最初に聞いた時にゃ、そのくらいひどい、っていう例え話かとも思ったんだが、正真正銘、村人が全員殺されていたらしい」
「相手は? 野盗か何かなんでしょうか?」
「たぶんな。Bランクの冒険者が運よくいたが、どうも多勢に無勢だったらしい。相当に大規模な野盗の集団に襲われたんだろうって言われてる。とは言っても、それを示すような痕跡も残ってなくて、一応こうして領主が依頼を出してるって話さ」
なるほど、私がやったことは予想とそう違わず見知らぬ野盗たちの仕業にしてもらえたらしい。
「こんな田舎の村を襲った理由もわからねぇし、女子供も見境なく殺してる。全く何の目的だったか……殺人狂の集団が快楽目的でやったんじゃないかって言ってるヤツも多いな」
「………………」
「まぁ、そんなわけでそれに興味を持って、ましてや一人で調べようなんて気は間違っても起こさない方が良いぜ。万が一当たりでも引いて大規模な野盗連中と一人で戦う羽目になったらそれこそ目も当てられないからな」
「なるほど、ご忠告ありがとうございます」
礼を言ってから、
「それで、どうして私に声を? まさかこの忠告の為にわざわざ声をかけてくださったわけではないでしょう?」と問うと、バレたか、とでも言うように男は笑った。
「あんた、新米の冒険者なんだろう? 俺たちはこの三人でパーティを組んでんだけどさ、もう一人魔法が使える仲間がいた方が良いんじゃないかと思って、それで声をかけさせてもらったんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「もし少しでもその気があるんだったら話くらい聞いてくれないか? ここの酒場も悪くないが、近くに行きつけの店がある。そこでおごらせてくれ」
その誘いに私は乗ることにした。
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