グーベルグの街

「あー、次の者」


 検問所に立っているのはグーベルク兵らしかったが、この仕事は閑職らしく見た目にもうだつの上がらない男だった。

 結局、私は姿をそれほど変えないことにした。もちろん要所要所は隠し、衣装も現地に近いものにしたが、顔立ちなどは元の月詠と大差ない。


「んー? 見ない顔だな。名前と職業は? 杖を持ってるってことは冒険者……にしちゃまだ若いか。どこから来た?」


 ジロジロと無遠慮に兵が見やってくる。ただ、見た目がまだ大人になりきっていない子女ということもあってか警戒の色はこれっぽっちもない。


「名はキョウカ・アキツネと申します」


 まさかこういった場面で前世の名前を使うことになるとは思わなかった。が、完全な偽名よりかは流石に馴染みがある。


「正式な冒険者じゃありません。この町に来るのも初めてで……出身はここより東に行ったフィノイ村です」


 聞いたことのあるだけの名で実際にその村を見たわけじゃない。しかし兵士は何も疑う様子はなかった。


「ここへは? 冒険者じゃないのに杖を持ってるってことは、冒険者になりにこの町に?」

「はい。魔法の才があるから良いんじゃないかと村の人たちに勧められて」


 私は背負ったちょっとした杖を見やった。


「オーケイ、通れ」


 そんな検問らしい検問でもなく、私は易々と町の中に入ることが出来た。

 ここはこの前襲った村からそれなりに近い町で、町としては小規模らしかったがそこにも冒険者ギルドがあった。探してみると、石造りの二階建てでなかなか立派なものである。玄関先にはギルドのマークらしい三角の紅い旗がはためいていた。

 中に入ると思った以上の賑わいを見せていた。同時に酒のにおいが漂ってくる。どうやら酒屋とギルドの事務所を兼ねたものらしい。掲示板に貼られた依頼の紙にも興味を惹かれたが、まずは冒険者ギルドの窓口らしきところに行った。受付に座った女性が顔を上げ、にこりと小さく微笑む。


「冒険者ギルドにようこそ。ご用件はなんでしょうか?」


 はた目にもまだ年もいっておらず、仲間もいない私が手練れの冒険者には見えなかっただろう。


「あの、冒険者になりに来たんです。その、魔法の才能があるからって村の皆に勧められて」

「冒険者にですか。それでは、誰か冒険者の方の推薦状などを持っていますか?」

「いえ、推薦状なんかは特に……」


 答えると受付嬢は少し困ったように眉を下げて頬に手を当てた。


「……あの、もしかして単純に冒険者になりたい、というだけではなれないんでしょうか?」


 声を小さく私は問うた。

 この辺りは正直魔族の世界では知る由もない。気狐だって彼女なりに情報を集めてくれてはいるが限度というものがある。何か手落ちがあれば今日は完全に無駄足ということになりかねない。


「冒険者になるためのハードルはさほど高くありません」


 受付嬢は困り眉のまま言った。


「Dランク以上の冒険者からの紹介。もしくは推薦があれば特に問題はないのですが、その両方ともないとなると一応の試験を受けていただかなければなりません」

「試験?」

「はい。実技での試験ですね。例えば、剣士であれば剣の技量を。魔法使いであれば魔法の技量を。それぞれ冒険者として一定の水準を満たしていると認められれば冒険者になることは出来ます」

「あの、その試験は今すぐには受けさせてはもらえないものなんでしょうか?」

「今すぐ、ですか……?」


 私の言葉に返って来た言葉はあまり声色の良いものではなかった。心なしか彼女の表情が曇り、「そうですねぇ……」と独り言ちる。


「一応、各ギルドの施設には冒険者を認定する資格を持つ認定員がおります。実際、このギルドにもいないわけじゃないんですが……」

「今日は留守にしている、とか?」

「そうですね。武技と魔法、両方に対して冒険者としての認定が出来る資格を持つのは当ギルドではギルドマスターだけになっています。そして、本日はギルドマスターは所用で出かけております」

「それじゃあ他の人は? 私は魔法使いを目指しているので、魔法の冒険者として認定出来る方がいれば良いんですけれど……」

「どうしても今日じゃないとまずいですか? ギルドマスターは明々後日……いえ、早ければ明後日には帰ってくると思うんですが」


 明後日。日時から言えばそう遠い未来というわけじゃないが、それでも今日こうしてわざわざこうして来た意味はなくなってしまう。あまり無駄足を踏むのは好きじゃない。


「出来れば今日中に。それとも他には認定出来る人がいない、とか?」

「いえ……いないことは、ないですね」

「それじゃあ、その方は今どちらに?」

「……ここ、です」


 彼女は顔を困り顔のまま少しへにゃりと笑って自身を指差した。


「貴女が認定の資格を?」


 問うと、彼女はあわあわと軽く両手を左右に振った。傍から見ればそれは「無理無理無理」というようなポーズに見える。


「い、一応資格はあります。資格だけは。ですけど、私は元々冒険者でもぱっとしない落ちこぼれで、Dランクで長年くすぶってる時に事務員にならないかと声をかけていただいて、その際にこういう資格もあった方が便利だから取っておいた方が良いと勧められて取っただけなんです。じ、実際、今までこのギルドで冒険者の認定を出した九割以上はギルドマスターが監督をしていましたし、私一人ではとても認定なんて――」

「でも、資格はあるんですよね?」

「そ、それはありますし、どうしてもとおっしゃるなら認定試験の監督をしても良いですけど……判定はかなり厳しくなってしまいますよ?」


 やや上目遣いに彼女が見やる。


「冒険者。身近な職業ですし、才能一つで立身出世も夢じゃない。なりたい人もそれなりにはおります。ですけど、それは時として命をかけた仕事となりかねません。甘い世界じゃないのはDランクでくすぶっていたからこそ私にはわかります。なので、半端な方を冒険者にしてしまうわけにはいきません。生憎私は冒険者の才能はほとんどありませんでした。ですので、成長の見込みがある、伸びる才能がある、そういったものを見る目は私にはありません。貴女の今の実力のみを基準としてそのまま判断してしまうことになります」

「それに何か問題があるんですか?」

「いえ……冒険者の認定試験は一度落ちてしまうと半年は再び受けられない規則になっているんです。ですので、今ここで焦って受けてしまったら半年待ちぼうけになってしまう可能性があるんです。そうやって無為に時間を潰すくらいなら、少し待ってギルドマスターに頼んだ方が賢明な判断と言えると私個人は思いますよ?」


 その言葉に私はにやりと笑うと、背に差した杖を取り出し、バトンのようにクルクル回しながら前で構えた。その仕草がどういう意味を持つのか彼女はわかったらしい。大きくため息を吐き、奥にいた別の事務員に声をかけ受付を代わってもらう旨を伝えると、「建物の裏にちょっとした闘技場がありますので、そこで認定の試験をすることにしましょう」と建物の奥の扉を指し示した。


「言っておきますけれど、認定不可でも恨まないでくださいね。私が認定を出した冒険者が実力足らずで死んでしまった……なんて事態は出来る限り避けたいですから」

「優しいんですね」

「ズルいだけですよ。誰かの死を背負えるほど、私は強い人間じゃありませんので」


 彼女はそう力なく笑った。

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