『奪う側』
謁見が終わり、自室に戻ると私は座椅子に座り、城に所蔵されていた本の一冊を読み始めた。
私の一日は、先ほどのように妖術の実験をしたりということもあったが、ほとんど日がな一日、自室で城に所蔵されている書物に目を通すことに費やされていた。
まずは文字を覚えなければならなかったが、習得に苦労はしなかった。この辺りは魔族の姫として生まれた時に何か変わったのかもしれない。元々勉学は得手な方だったけれど、それでも一、二度読むか、教えられただけですんなりと頭に入り、忘れることがないなんてことはなかった。
一冊の本を読めるようになるのに一週間もかからなかった。わからない単語こそあったものの、それは女中を呼んで聞けば大抵のことは説明してもらえた。もっとも、人間の間で使われている用語で女中も首をひねるものもあったけれど。
まぁ、魔族の城の蔵書とは言っても元は人間の城であったわけだし、魔族が積極的に本を作ろうと考えていたとは思いにくい。おそらくこれらの本の多くはこの城の元々の持ち主である人間たちが残したものなのだろう。
ページをめくり始めて一時間もした時に『姫さま』と声がした。
返事をすると、今日の担当の女中が『軽食のご用意が出来ました』と返してきた。中に入るように言って私は読書の方に意識を戻す。が、食器がカチャカチャと音を立てるのが少し気になって、ちらりと女中の方に目をやった。
この城にいる女中の質は高い。慣れた女中ならほとんど音を立てずに準備をする。
すると、やはり彼女はこの一ヶ月で初めて見る女中だった。年は前世の記憶に合わせていうなら、前世の私より二つ三つは下に見える。
そして、そんな幼さの中に焦りと緊張が表情に表れていた。おそらく普段はもっと上品に出来るに違いないが、そういったものが動作のぎこちなさにつながっているのだろう。実態がどうであれ、彼女からすれば姫の前だ。新入りの女中に緊張するなという方が無理な注文かもしれない。
「姫さま、準備が整いました」
少ししてそう告げ、私は本に栞を挟んで机の前に移った。
煎餅のような焼き菓子に練り物が数種類。
「本日はお茶は先ほど芙蓉族から献上された一品です。くつろぎに沈静効果、安眠の作用があるとも言われております」
急須から湯呑に注がれると同時にふわりと花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「貴女、新人よね? なんという名前なの?」
「え――わ、私ですか?」
別に特に他意があったわけじゃない。名前くらい聞くのは私にとって大したことじゃなかったし、頭の片隅に置いておいても良いと思ったくらいだった。
が、彼女はそう取らず、もしかしたら自分のような者が名前を問われると思ってもいなかったのかもしれない。
だからこそ――
「あっ――」
動揺に急須が大きく揺れ、湯呑に注がれていた液体が私の和装にこぼれた。
「も、申し訳ございません!」
慌てて女中が手拭いで水気を取るように押さえる。中の茶はかなりの温度ではあったが、魔族となった私からすれば身の危険を覚えるほどの熱じゃなかった。
「いいわ。もう下がってちょうだい」
だからこそ私は素っ気もなくそう言った。
盛大に濡れたわけでもない。あとは自分で適当にする。
そういう趣旨で言ったつもりだったのだが、その言葉に女中はまだ幼さの残る顔を一気に青ざめさせた。
「ど、どうかご容赦を! ご容赦ください!」
はて、と思う私を横目に、女中は床に這いつくばるように頭を下げる。
「よ、ようやくこの城に雇っていただけたのです! 家にはまだ幼い弟と妹がおりまして……。他の仕事では満足に稼ぐことが出来ず、食事をすることすら難しい有り様。なのに、今ここを追い出されてしまったら――」
早口にまくしたて、許しを乞う瞳で私を見やる。その目じりにはじわりと涙が浮かびかけていた。
別にそう焦らなくても良い。
今の言葉はただの言葉の綾というもので、この件で特別貴女を咎めたり辞めさせたりするつもりもない。
そう思ったのに、口から出てきたのは全く違う語調の言葉だった。
「辞めさせられたくないの?」
瞬間、私は頭の中で何かの回路に電源が入ったような感覚を覚えた。
それまで全く着目もされず、真っ暗だったはずのそこに唐突に明かりが灯る。
「でも、満足に茶の準備すら出来ない女中はこの城には必要じゃないのよねぇ……」
「な、なんでもいたします! どんな罰でも受けますので、何卒……何卒、ご容赦を……っ」
「そうね……」
そこで私は少し考える仕草をしてから、
「それじゃあ、足を綺麗に舐めてもらえる? まだ湯浴みをしていなくて、少し心地が悪いのよ」言った。
ゾクゾクとする感覚。
私は座っている姿を崩して足袋を脱ぐと彼女の前に足を差し出した。
当然、彼女は少し戸惑った様子を見せた。
が、それも数瞬のこと。
すぐに小さな口から幼い舌を出すと、目を瞑り、まるで仔猫がミルクを舐めるかのような格好で私の足を舐めだした。
それに私の頭の中では今までに覚えたことのない快感が駆け巡った。
「千歳飴じゃないのよ? もっと一本一本丁寧に舐めてもらえないかしら?」
「は、はいっ」
言って、少女が私の足の指の隙間に舌を入れ、ぴちゃぴちゃと僅かな水音を立てて綺麗にしていく。
私がただ少し言っただけでこんな無垢な少女が屈辱的なことをしている。
確かにこの世界に生まれてから私の言うことは尊重され続けてきた。けれど、私は私なりに道理が通っていることを言ってきたつもりで、理不尽なことを言ったつもりはない。
しかし、今は違う。
あまりにも理不尽で道理にそぐわないことを要求したにも関わらず、相手はそれを甘んじて受け入れている。
それは今までの私からは想像も出来ないことで、昔なら忌み嫌っていたことに違いない。
なのに、今はたまらない悦が脳を侵している。
その時、胎が燃えるのを確かに私は感じた。
一ヶ月ほど前。咲耶に抱かれ、初めて強姦ではない性交というものを経験し、身体は確かに相応の反応をしたかもしれない。
だけど、私が本当に欲していたものはこれなんだと、ぽっかりと空いていた空間に欠片がはまるような感覚があった。
「もう良いわ」
投げやりに言うと、彼女はビクリとして這いつくばったままおそるおそると私を見やった。そこは畏れや不安の表情でいっぱいになっている。
「い、至らなかった点があればおっしゃってください! な、なんでも! なんでもいたしますので!」
そう追いすがる彼女に、はぁ、と息を吐き視線をそらして立ち上がる。
少女は目にはいっぱいに涙をためていたが、流してはならないと彼女自身必死に堪えているように見えた。
よくよく見れば可愛い顔つきをしている。咲耶とも……そしてもちろん一条なんかとも違う系統だけれど、それは私をそそらせるに十分なものだった。
「本当になんでもしてくれるの?」
問うと、真っ暗な夜道で灯りを見つけたような安堵の色が僅かに瞳に浮かんだ。
「は、はい! もちろんでございます!」
「そう」
私は素っ気なく言うと、彼女の襟元をつかみ、片手でぐいと持ち上げた。
「ひ、ひめ、さまっ……!?」
苦しそうな声を上げる少女に構わず私は隣にある寝室にまで持っていき、乱暴に布団の上に彼女を投げた。
ゴホゴホと少女が咳き込むが自由にする時間は与えない。私は片手で彼女を仰向けに拘束し、馬乗りになると、今度は力任せに襟元から女中服を引き裂いた。
育ちきっていない胸に下着の類はなく、すぐに柔肌がのぞく。
「――っ!?」
少女の顔が恐怖と羞恥に染まる。
それに私は、
「なんでもしてくれるんでしょう?」と薄笑いを浮かべた。
私自身性交渉の経験は咲耶に抱かれた一回と、今でも吐き気を催す悪夢のようなレイプだけ。技巧があるわけでも相手を昂らせる術も知らない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
私は無理矢理に少女を押さえつけ、小さな胸をわしづかみ、接吻を強要して濡れてもいない秘所に指を突っ込んでかきまわした。経験したからこそその痛みと恐怖はわかる。
指にはたっぷりの血が付いた。処女であっただろうし、強引にねじ込んだために中が切れたのだろう。
痛みに少女が呻きを上げる。
けれど、少しも容赦しようという気にはならなかった。
まだ子供らしさを残す唇に舌を差し込み、中をなめまわす。彼女の舌は恐怖で縮こまっていたが、そんなことは構いはしない。
たっぷり味わってから、今度は舌を口から首筋、鎖骨と滑らせて行き、小さな胸の頂に焦点を定めてむしゃぶりつく。まだほとんど固くなっていなかったそこを歯で嬲り、しごき、一方的に体の色欲をぶつけていく。
こんなものは性愛でも何でもない。
ただの凌辱だ。
それでも彼女は姫である私に少しでも反抗すればどうなるかわからないと必死に我慢しているようだった。
それに、私の胎は燃え、大いに昂った。
*
散々にやった挙句、私はようやく少女を自由にした。
彼女は薄いかけ布団にくるまり、泣くのを必死に我慢しているようだった。こんな形で初めてを散らされるなんて想像すらしていなかったに違いない。
しかし、私のどこを探しても罪悪感なんてものは見つからなかった。
血と、途中から身体の防衛本能で出てきた彼女の愛液でまみれた指を舐める。
あるのは堪らない満足感のみだった。
私が望んでいたもの。
求めていたもの。
それはこれだったのだと、まるで生き別れた双子の片割れと再会したかのような気持ちになっていた。
もう少しして落ち着いた頃、もう一度無茶苦茶に犯してやろう。
その後で咲耶さんにくれぐれもと言っといてやるとでも言えば彼女にだって多少の価値は生まれるに違いない。
そう算段しながら、私はペロリと唇を舌で舐める。
『次に生まれる時は、奪う側であるといいですね』
頭の中に、そんな死神の言葉が思い出された。
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