遊び
連れ去られた娘
流し読みをしている本をめくる。昼を大分過ぎ、部屋では女中の一人が軽食の準備を始めていた。
本に一段落がついたので、そちらに目をやって「あの娘の様子はどうだった?」と問う。女中は手を止め、私の方を向いて言った。
「本日も朝からほとんど何も口にされておりません。また、疲労も随分蓄積しているようで、体調はすぐれないように見受けられます。このままでは遅かれ早かれ身体を壊してしまうかと」
あの少女を城に連れてきてから毎日のように犯していたが、抵抗すればするほど私が喜ぶと知ってからか、娘は次第に耐えるだけになっていた。それではこちらも張り合いというものがなさすぎる。
「少し趣向を変えてみるべきかしら……?」
「趣向、でございますか?」
「ええ。反抗心があるのは新鮮で悪くないのだけれど、だからといってこのまま腐らすっていうのももったいないじゃない?」
「生憎、私には理解出来ません」
給仕に慣れている女中は軽く頭を振った。
「いくら人間だとは言え、毎日のように姫さまの寵愛をいただけているのです。何を頑なになっているのか……受け入れればそれがどれほどの幸福かもわかるでしょうに……」
「まぁ、好かれることをやっているわけじゃないから。それも当然というものだと思うわよ」
「そうでございましょうか? 私の感じる限り、くだらない人間の矜持にしがみついているが故に姫さまのことが見えていない愚者であるようにしか思えません」
「前から思っていたんだけれど、私はそんなに魅力的な存在に見えるの?」
「当然でございます」
女中は断言した。
「私のような未熟者であっても姫さまの魅力は肌を通して感じることが出来ますから。あの小娘もいい加減下らぬ意地など捨て去ってしまえば良いものを……。姫さまの寵愛をどれだけ無下にしているのかさえわからない。愚かという言葉ですら足りません」
「まぁ、貴女も言っていたけれど、人間には人間の矜持があるんじゃないかしら? そう易々と魔族の姫の言いなりにはならない。むしろそういう反抗心があるから色々と試そうと思えるのだから悪いことじゃないと思うわ」
「それが趣向を変える、ということなのでしょうか?」
「ええ。人間というのは弱っている時の方が付けこみやすいもの、と聞いたことがあるもの」
*
夜。私は牢獄でいつものように少女を犯してから部屋に戻った。
今晩もただ変わらず彼女は耐えるばかりだ。私とて多少は技巧が上手くなっているから少しの喘ぎはもらすものの、彼女はそれをかみ殺すように口を頑なに閉ざしている。そして最近では視線すら合わせようとしない。合わせれば憎悪が浮かんでしまい、それが私を喜ばせるとわかっているのだろう。
部屋の書棚らかすっかり古びれた本を取り出してもう一度確認をする。ページはところどころに虫に喰われていたが、肝心な部分は抜け落ちていない。
私は目を閉じてすぅと一つ集中すると、そこに書かれていた状態変化――わかりやすく言えば変身する妖術をかけた。
なるべく私とわからないように外見を大きく変え、年齢も少し幼いようなイメージをする。
さて、どうだろうか?
魔法を唱え終え、ふっと目を開いて姿見の鏡で確認するが……悪くない。元々つりあがり気味の目は柔和になり、どこかふっくらとした頬が大人しい感じを見せている。初めてだったが、これはそなりの仕上がりと言って良いだろう。
前に気狐の言った通り、大した妖術の才はないと私は中庭の一件で思っていたが、それは判断をするに尚早だったようだ。妖術について深く調べ、一つひとつ自分が使えるかどうかを試したが、私は実に多くの妖術を使うことが出来た。それが浅いかどうかはまた別の問題として、私は広く妖術の素質があるのかもしれない。
「それで、そのお姿でいったい何をなさるおつもりなのでしょう?」
当番の女中に女中の服を一着持ってくるよう言うと、女中頭の咲耶が直々に持ってきた。彼女は外見を変化させた私を前にしても少しの驚きを見せただけだった。
実のところ魔族はそこまで視覚に頼っていない者も多いらしい。視力が弱い種族もいるし、そもそも目という器官をもっていない種族もいる。そういった者は匂いに微かな音や声色、気配で誰かを感じ取るのだ。そういった種族がいるおかげか、魔族は目が十分に見える者でも雰囲気で相手が誰かを察せられる者がほとんどだ。
咲耶もそれに違わず、ただ見た目だけを変えた私と普段の私はほとんど変化らしい変化に思えないのだろう。
「咲耶、人間というものは実に多くのことを視覚に頼っているのよ。聞いた話だと八割以上の情報を視覚に頼っているのだとか」
「八割……そんなにですか?」
「人間が貴女たちにはわからないくらいに着飾る意味もわかるでしょう? 人間にとっては見た目は大きな意味を持つのよ」
「それでは、姫さまはその人間の性質を利用してあの牢につないでいる小娘に何かしよう、と?」
「まぁそういうことね。元の姿の私は目の敵にされているでしょうし」
しかし、それに咲耶は若干口を尖らせた。
「姫さまの趣向はわかっているつもりではいますが、それでもこうもあの人間ばかりが寵を受けているのは若干面白くありません」
その言葉に私は苦笑した。毎日レイプされるのが寵を受けるなどと言われてはあの娘も不満だろう。
が、傍仕えに褒美をやるのも上に立つ者の役目かもしれない。
「わかった。せっかくだし、今日は夜伽を頼むとするわ」
「本当ですか?」
「ええ。せっかくだもの、貴女ともう二人ほど、積極的に私の伽をしたいという者を選んでおいてあげて」
「ありがとうございます。姫さまの策が功を奏することを心より祈っております」
深々と頭を下げる、ちょっとだけ現金にも思える咲耶に見送られ、女中服に身をまとった私は地下牢へと足を向けた。
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