蹂躙

 月に一度は魔物が出てくると言う話もあったし、野盗にだって警戒しているのだろう。

 異常を感じ取った村の動きは思ったよりも早かった。

 半鐘が鳴らされ、男どもは武器やピッチフォークのような農具を手に「魔物の連中か!?」と威勢よく現れてくる。

 しかし、眼前にいるのは動物や魔物の群れでも、野盗でもなければ、ましてや帝国兵ということもない。今まで出会ったこともない泥人形の軍団だ。

 皆が一様に戸惑いの表情を浮かべたが、泥人形の一体がその中の一人を殺すと戸惑いは恐怖、そして怒りに変わり、武器を振りかざしてきた。


「男たちに用はないわ。皆殺しにしてしまってちょうだい」


 私は泥人形たちにそう命じる。

 と、目の前にいた泥人形が一体二体と剣戟で瞬く間に斬り伏せられた。

 確かにこの傀儡は血を触媒にしているが、直接に力を分け与えるようなことはしていない。しかし、それでもそこそこは戦えるはずだ。それを簡単に斬り伏せた今の剣戟はある程度戦い慣れたもののように見えた。


「あんたがこの魔物たちの親玉か?」


 その声の方を見やると、三十ほどの年齢に見える男が剣を構えて対峙してきた。


「仮にそうだとしたらなんなのかしら?」

「今すぐにこいつらを引き上げろ。そんで、あんたが何者か大人しく話してくれるっていうんなら手荒な真似はしねぇぜ。来賓のように歓迎してやることもないがな。命くらいは助けてやってもいい。いくら相手が魔族だとは言え、俺だってあんたみたいなお嬢ちゃんを斬るのは気が引けるんでね」


 それに私はクスクスと笑った。命くらいは助けてやってもいい。随分と舐められたものだけれど、それがこの世界における人間と魔族の立ち位置なのだろう。


「では、そのようなつもりは毛頭ない、と言ったら?」

「そうだな……だとしたら少しばかりは痛い目を見てもらうことになる」


 男が上段に剣を構える。どうやら私にたてつく気らしい。


「どんな考えがあってこの村に来たのかはしれねぇが、たまたま俺がいたのが運の尽きってやつだ」


 なるほど、腕に自信があるらしい。後方に逃げた人間たちから「ウィリィー、やっちまえ!」なんて檄が飛んでいる。


「どうやら腕には多少の覚えがあるようね」

「一応な。冒険者でBランクを張ってるっていう自負はある……っつってもあんたらには通じないか」

「冒険者でBランク……?」

「ま、あんたには未来永劫関係ない話だ。で、どうする? おかしな泥の人形を引っ込めるんならまだ話し合いには応じてやるぜ?」

「お生憎さま」


 私はゆっくりと微笑んだ。


「この村の者たちは、私の好みの相手以外皆殺しというコースが決まっているの」

「はんっ」


 瞬間、男が前から消える。

 それなりのスピード。まぁまぁの動き。

 が、


「――っ!?」


 右からの一振りを優しく、すっかり弱ってしまった蝶の羽をつまむように止める。

 男が驚愕の色を顔に浮かべる。

 Bクラスの冒険者うんぬんがどの程度のものかわからないけれど、それでも私が多少の本気を出すまでもない存在だった。

 たった二本の指で柔らかくとらえた剣に男はかなりの力を注いでいるようで、剣はカタカタと細かく震えているものの、私の方に動く気配はない。

 彼が脆弱すぎたというわけじゃない。このくらいの力があれば私が生まれた時に城に押し入ってきたデブの一体二体くらいは容易に始末出来ただろう。言うなれば私が強すぎたということだ。


「残念だったわね」

「くっ……!」


 つまんでいた指に少しの力を込めると、パキッと音が走って男の剣がひび割れ、そこから亀裂が走って次の瞬間に刀身は砕け散った。


「あら、ごめんなさい。剣があまりにも脆かったみたい」

「てめぇ……」


 柄の部分しかなくなってしまった剣にもう使い道はないだろう。打つ手はなし。降参するだろうか? ともすれば、捕らえて人間社会の情報を聞き出してみる、というのも一つの使い道に思える。気狐はそういったことも得手のようだったし、尋問すれば多少なりとも情報が得られるかもしれない。

 そう思ったが、男は柄しか残されていない剣をきっちりと構えた。

 この際何をするのか最後まで見てみようと様子をうかがっていると、先ほどまで刀身があった部分に微かな光で剣が生成される。


「まさかあんたみたいなお嬢ちゃんにこれを使うことになるとは思わなかったぜ」


 何かしらの妖術……魔法だろうか?

 男の様子からしてただの子供だまし、というわけじゃないだろう。


「必殺の剣だ。痛みを感じる暇もないぜ?」


 と、男が再び目前から消える。

 僅かばかりだがスピードが上がっただろうか?

 なるほど、先ほどは多少手心を加えていたらしい。攻撃自体は急所を狙ったものだったように思うが、相手は相手で私を生かしたまま何か情報を聞き出すつもりだったのかもしれない。

 まぁ、どちらにしろ構わない。

 今度は死角になる位置から斬り上げるような一撃を放ってくる。

 殺気も十分。殺す気でいる。

 しかし、


―― キィィィン! ――


 私の体に薄く光る剣が触れた瞬間、それは大きく弾かれ、男は態勢を崩した。

 必殺の剣というから皮膚の一枚は切れるかもしれないと思ったが、どうやら私の体に傷を与えるのは無理だったらしい。

 何が起こったのか?

 おそらく今の技を繰り出して負けたことが彼はなかったのだろう。

 だからこそ、目の前で起こっていることの理解が追いつかず、顔は呆然としたものになる。


「あ、あんた、一体なにも――っ」


 言葉が終わらない内に私は彼を軽くいなして手刀を出す。

 サクリという感触。

 肉と骨も私の手にかかれば脆い菓子のように分断される。

 男の首が剣の柄と共に地面に落ち、ゴロンゴロンと転がった。

 努力賞。

 頑張ったご褒美ということで、尋問や拷問にかけてから殺すのではなく、あっさりと殺してあげた。

 しんと静まり返った空間に、遠巻きに見ていた村人たちもは何が起こったのか理解出来ていないようだった。


「まぁ、人間なんて所詮はこの程度なんでしょうね」


 あえて動きを止めさせていた泥の傀儡たちを再び動かし始めると、村は正に蹂躙される以外に選択肢は与えられなかった。

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