不穏な動き
ロレットの秘密
「それじゃあこの度、わがパーティーに新たなメンバーが加わると共に、FランクからEランクへの昇格を祝って、乾杯!」
リストの声が馴染みの店に響く。周りでもちらほらと私たちのことを知っている客がいるのか、それともその場のノリでやってくれるのか、ぱちぱちと拍手が送られ、私は小さく頭を下げた。
このパーティーに加入してひと月弱。
最初の依頼からさらに数件の依頼をパーティーの一員としてこなした私はギルドの試験をパスしてFランクからEランクへ昇格することになった。
「いやー、それにしても一ヶ月かからなかったか」
リストが改めて言った。
「よほどのことがなければ平均でも半年、ロレットなんてさらにもう三ヶ月昇格にかかったってのに、それが一ヶ月かからないなんてな。稀に見るスピード出世だよ」
「そんな、私は事務さんたちにもよくしてもらっていたので、おまけがあったんじゃないのかと……」
「いや、事務も事務で責任あるからな。よほど上層部とのコネがない限りそういったおまけはないと思うぜ。実際、筆記も実技も特に手心があったようには思わなかっただろう?」
「それは、まぁ……」
「いや、本当うちらはすげー仲間を見つけたのかもな」
しみじみとした様子で言ったが、それは単に喜んでいるだけのものには見えなかった。
「どうしたんです?」
問うと、
「マジでこのパーティーの中で続けるのか?」
改めて私はそう問われた。
「正直、最初は本当にラッキーって気分だったさ。運よくマルチウィザードなんていう好い人材が見つかった。そんなだけでさ。けど……」
頭をかりかりとかく。
「こう言うとあれだけどよ、あんたみたいな人材を俺らの中で眠らせていて本当に良いんだろうか、って気もするんだ」
「と言うと?」
「マルチウィザードであり、一ヶ月もかからないでの昇格。おまけにすでにDランクの試験日程までギルドは考えてる節がある。正直百人に一人もいない人材だ。そういう冒険者はもっとデカいところに所属して、こう、伸びしろをちゃんと伸ばした方が良いんじゃねえんかって思うんだ。こんな弱小パーティーにいたって上手く成長出来るかわからない。いや、もしかしたら逆に俺たちが足を引っ張っちまって、その才能を腐らせちまうかもしれねぇ。そう考えるとな……」
それに私は思わずといったようにクスっと笑ってみせた。
「リストさん、そんなことを考えていたんですか?」
「そんなことって……」
「こういう考えは冒険者として間違っているのかもしれないですけど……別に私は冒険者として大成したいって思ってるわけじゃないんです」
「キョウカ……」
「たまたま私には魔法の才能があった。そして、それでご飯をお腹いっぱいに食べられるようになる。正直に言っちゃえば、それだけで満足なんです」
グラスに入ったドリンクを飲み、ふぅ、と一息つく。冒険者はただの仮初めでの姿。それを真面目に考えられるとどこかむずがゆいものを覚える。
「確かに大きなパーティーにいたら冒険者として上を目指せるのかもしれません。けど、そこで何が何でもがむしゃらにやってやる、なんて私には向かないです。……それより、そういう私じゃパーティにいるのはダメですか?」
そう問うと、リストはふっと笑った。
「俺の負けだ、負け。そんなことを言われたら何も言えねぇよ」
「あー、二人してなに真剣な顔してるのよ。祝いの席なのにそんな顔は厳禁でしょ」
そんな会話をしていた私たちの間にロレットが割って入る。
「キョウカ、改めて昇格おめでと」
もう何回目になるかわからないが、グラスを差し出してくるので合わせてやる。キンっとグラス同士が鳴いた。
「ありがとうございます、ロレットさん」
「もう、呼び捨てで良いってずっと言ってるのに」
言いながら彼女はぐいぐいとジュースを喉に流し込んでいく。
「正直、最初は才能比べたりとかしちゃったらヤダなって思ってたし、実際それが原因でダメになっちゃった人もいたんだけど、相手がキョウカで本当に良かった」
「どういうことです?」
「これだけ圧倒的な差を見せつけられたら否が応でも諦められるし、それに何よりキョウカが全然憎めないから。今じゃ心の底から同じパーティーメンバーになれて……友達になれて、良かったって思えてる」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「お礼を言うのはこっちだよ。あたしなんかと仲良くしてくれてさ」
ロレットとは最初に会った時から考えれば随分と親しくなったと思う。
*
パーティーで三度目の任務を受け、それが思ったより早く、午後も早い時間に解放された時だった。私はロレットに改めて町の案内を頼んだのだ。
「それで、こっちの方をずっと進んだところに教会なんかがあって、あっちの方が住宅街になってる。で、私のおすすめの小物屋さんがここ」
「ロレットちゃん、いらっしゃい。任務の帰りかい?」
小物屋と言っても、店と言うよりかは露店の出店のような感じだった。向かいには初老にかかった女性が座っており、店頭には大きなものでも手のひら程度の大きさの装飾品がずらりと並んでいる。手作り感があるが安っぽい感じはせず、それでいて値段は手頃なものが多い。
「ええ、そうなんです」
「そっちの子は? 見ない顔だけど……」
「この子はキョウカ。最近私たちのパーティーに入ってくれたの」
私がペコリと頭を下げると、ロレットがこちらを向いた。
「キョウカ、杖に装飾品とか全然つけてないでしょう?」
「杖にですか?」
「そう。ここは杖とかにつける装飾品の専門店」
てっきりここにあるのは自分を着飾るための装飾品かと思っていたから少し意外だった。
「あたしなんかはこんな感じでしょう?」
ロレットが自身の杖を見せる。持ち手の方にはいくつかの装飾品がつけられ、軽く振るとカチャカチャと装飾品同士が音を立てた。
「それって装飾品だったんですか? てっきり元からそういう形状の杖かと……」
「ううん、これは全部……じゃないけど、ほとんどがこのお店で買った装飾品。女の子だもん、そういうところのおしゃれだってしたいじゃん?」
「まぁ……そうですね」
確かに、言われてみれば彼女の杖は私の杖よりも随分とあか抜けた雰囲気を持っている。
「どう? ここのお店、加工もやってくれるから、気に入ったのがあたしがおごってあげる」
「そんな、悪いですよ。お金、多少は持ってますし」
「ううん、キョウカにはパーティを組んでからずっとお世話になっちゃってるし、プレゼントさせて」
そう笑う彼女の表情には素直に好感が持てた。
城の女中たちはそもそも私が姫という立場があってからこそ当然のように好くしてくれる部分があると思っていた。そんな中、本当に何も知らない彼女から寄せられる好意は決して嫌なものではない。人間とは言え、外見が好みの相手にはやはり甘くなるものだとなんとなく思う。
結局、それからまた少し「遠慮する」「贈らせて」のやり取りがあったが、私は一つの装飾品を彼女から贈ってもらうことにした。
少し悩み、店主さんともちょっと相談した後に一つの装飾品を選んだが、その時に彼女は「え?」と少し戸惑いの声を上げた。
見やると、「あ、いや」と慌てて手を振ってから「それでも別に良いんだけど、それだとあたしとお揃いになっちゃうから……」と言った。
「ええ、ロレットさんのそれ、とても綺麗だったんで良いかと思ったんですが……迷惑だったでしょうか?」
「う、ううん、迷惑なんて全然思ってない! 思ってないけど、キョウカは良いの?」
「どういう意味でしょう?」
私は彼女の瞳の奥にあるちらりとした色を見逃さなかった。
人間だった時に気づけたかどうかはわからない。けれど、今の私はその感覚に間違いがあるようには思えなかった。
「ほ、ほら、お揃いってさ、色々と思う人もいるだろうし……」
「仲が良ければ同じ小物を持つというのはそんなに珍しいことでもないと思うんですが」
「あ、ああ……うん、そうだよね。……そうだね」
杖を少し加工することになるから杖を店主さんに預け、私と彼女は近くの露店で売っていたちょっとした菓子を近くのベンチで頬張った。
とは言ってもあまり彼女の食は進んでいない。
「あの」
黙々と食べていき、半分ほどになったところで私は口火を切った。
「こう言っては何ですが、同じ物を選んでしまって迷惑だったのは本当はロレットさんではなかったのですか?」
その問いかけに彼女がばっと反応して「う、うん! 迷惑とか、そういうのは本当にないの」と慌てたように言った。しかし、その後に「ただ……」と言葉を濁らせてしまう。
うつむかせる視線に少しだけ赤くなった頬。その表情には複雑なものが入り組んでいて、思春期の少女らしいどうにも割り切れない感情があるように見えた。
黙って彼女の言葉を待っていると、
「ただ……あたしとお揃いの持ってると、町の人から変に風に思われるかもしれないよ……?」
おずおずとした視線。
瞳は僅かに揺れ、恐怖の色がまざまざと見受けられる。それは拒絶や疎外を受け、孤立というものを知った人のもののように思う。
「それはロレットさんが女性を好きになる人、ということと関係があるのでしょうか?」
瞬間、彼女は正に目を丸くして私を見た。ぐりぐりのネコ目が開いてきゅっときつく唇が結ばれる。
少しの沈黙があってから、「お兄ちゃんから何か聞いたの?」と彼女は静かに言った。
「リストさんは何もしゃべっていませんよ」
「それじゃあメレデリックさんから?」
私は苦笑しながら「別に誰からか何かを聞いたわけじゃありません」と言った。
「じゃあ、どうして……?」
そう言って彼女が私に今までに見せたことのない視線を向けてくる。怯えや恐怖の色で染まったそこに少し嗜虐心が刺激されるが、今は特にそうやって遊ぶつもりじゃない。
「なんとなくなんですけど、わかるんです、そういうの」
「………………」
「同じ、だからかもしれません」
そう呟くと彼女の視線がうかがうようなものに変わる。
「同じ、って?」
「私も、生憎今まで女性しか好きになったことがないんです。だから、ロレットさんには似たようなものを感じたんです」
その言葉に彼女は再び目を大きくした。そこには今までなかった色があるように思えた。
それから杖に装飾がつけられるまで彼女はポツポツと事情を説明してくれた。
自分が女性しか好きになれないこと。
昔それで少し痛い目を見て、この町の出身でも友達らしい友達はいないこと。
本当は冒険者に向いている才能じゃないのに、兄であるリストが見るに見かねて冒険者に誘ってくれたこと。
そうして、今もこうして一人でうじうじしていて……そんな自分が嫌でたまらないこと。
とつとつとしたしゃべり方だったが、そこには紛れもなく彼女の本心があっただろう。
この子は、人間の時の私がたどったかもしれないもう一人の私なんだとなんとなく思う。
あの時、私はただ先輩が好きで、それしか見えていなくて、その結果として痛い目では済まされない目に遭ったけれど、もうちょっと穏便に済まされていたら私もこうなっていたのかもしれない。
装飾品を付け終わったという店主の声に立ち上がった私に、ロレットは今まさに捨てられようとしているかのような子ネコの目をした。
「こんなあたしでも、キョウカは今まで通り友達でいてくれる?」
それに私は苦笑をもらして、当たり前じゃないですか、と答えた。
あの時から私と彼女の距離は一気に近くなったと思う。
*
「キョウカって今も村から通いでこの町に来てるんだよね?」
私の昇格祝いだった席は少し経てばただの宴会に変わり、未成年の私とロレットは結局二人でジュースを飲んでいた。そんな時に彼女が言った。
「ええ。この町に泊まることもそう珍しくはないですけれど」
町に泊まらない時は私は転移の魔法で城へと戻っていた。姫が長期に城を開けるのもどうかと思ってのこともあったし、私自身まだまだ勉学が足りない部分があった。それを補うためだった。
「で、ものは提案なんだけど、あたしと一緒に暮らさない?」
「ロレットさんとですか?」
「お兄ちゃんはもう家を出て一人で住んでるけど、あたしは未だに実家暮らしなんだよね。だけど冒険者になったこの一年でお金もちょっとはたまったし、ギルドの依頼もキョウカのおかげで最近は安定するようになった。だから、そろそろ独り立ちも良いかな、って思って」
まぁ、独り立ちって言ってもルームシェアでキョウカを誘ってるんだけどさ、と苦笑を浮かべる。
「そうですね……」
考えるが、すぐに答えが出そうなものには思えない。ルームシェアで共に住むとなれば城に頻繁に帰ることは出来なくなるし、弊害も少なくはないだろう。
が、ここで相手の懐に潜り込んでしまえば人間社会に深く食い込むきっかけになる。
「返事は少し後でも良いですか?」
「もちろん、全然かまわないよ。あたしと違って村を出るってことになるから、大きな問題だもん。焦らせたりはしないから、じっくりと考えてよ」
そうロレットは笑った。
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