7話 呪法について
――天気の良い昼下がり、中庭で捕まえた虫を、良く母様に見せに行った。
母様はイヤな顔一つせずに、虫を受け取ってくれた。
だけど、そんな母様の表情に、わたしは子供ながらに少しの違和感を覚えていた。
そんなあるとき――、誰かが母様の部屋を訊ねてきて。
コンコン――、***です。
ふと母様の顔をみたとき――。
凄く嬉しそうな顔をしていたのが、印象に残っている――――。
……もしかして、母様は、わたしと一緒に居るよりも――――――。
* * *
「――――はっ」
「おおっ。起きたな」
見慣れた自室のベッドだった。
着ている服も、婚姻の儀で着ていた煌びやかなドレスから、ナイトドレスに変わっていた。どうやらずっと眠っていたようだった。
「……ジレッド先生」
「まずは水でも飲め」
差し出された水を一口飲んで、少し落ち着く。
「婚姻の儀の最中に、突然倒れたんだ。覚えてるか? 具合は?」
「……はい。覚えてます。元気です」
「無表情で言われてもな……ほら、口の中見せてみろ」
先生の手袋の先に白い光が集まり、キラキラ輝きつつわたしの口内を灯す。
「大丈夫そうだな。次、胸をちょっと触るぞ」
「…………」
ジレッド先生がわたしの胸に優しく手を置く。瞳を閉じて、魔力の流れを感知してくれている。魔力は、心臓から溢れ出すから。
定期検診で良くやられている行為だ。それなのに……なぜだか。
「あ、あの……」
「ん? なんだ」
「……なんか、その、恥ずかしいんですけど」
「突然どうした」
「いや、なんか良く、わからないんですけど……ドキドキするというか」
「まあ……、異性に対する反応としては至極自然だが……」
ジレッド先生が本当に心配そうな顔でわたしを見る。
わたしだって良くわからない。婚姻の儀を境におかしくなってしまったのかもしれない。そうだ。結婚なんてよくわからないものに悩みすぎた結果だ。
恋愛しなくちゃいけない呪いにでもかかったか。
……呪い。
それだ。……それで、わたしは気分が優れずに倒れてしまった。
倒れる前に――脳裏にあの情報が……。
「……呪法」
不思議な感覚だ。気を失う前にあの文言が頭に入ってきて、メモを取ったわけでもないのに、ずっと覚えている。脳に刻み込まれたような、そんな感覚。
わたしは、おそらく呪法をかけられている。何者かに。
――あなたが愛する人と両思いになり、真実の愛を育むこと。
――そして、これより365日以内に達成できない場合、あなたは命を失う。
いくつかあったうちの一つ、その禁忌(タブー)が思い浮かぶ。
――呪法(じゅほう)被害にあっていることや、掟(ルール)などの情報を、他者へ伝えてはならない。
つまり、残り日数の間に、わたしは愛した人と両思いにならなければいけない。
それができないと――わたしは死ぬ……ということ?
しかも、それを誰にも相談できないと……。
――とんでもないことに……なってしまった。
「…………のことを、教えてもらう予定でした、よねっ」
隣で座っているジレッド先生に瞳で訴えかける。
先生はしばらく考えた末、口を開いた。
「……呪法ってのは、魔法とも、聖法とも違う第三の理と言われている。扱える人間は一割にも満たない」
「たしか……聖法を使える人は、呪法が使えなくて、逆もまた然りなんですよね」
「そうだ。魔法が基本属性だとしたら、ごく稀に呪法が使える魔法使いや、聖法が使える魔法使いが居るってところだ。まさに俺とお前が聖法を扱える魔法使いだ」
ジレッド先生が、テーブルにあった紙とペンを引き寄せて、簡単なイラストを描いてくれた。重なる二つの円。中心が魔法で、左右の端っこが聖法と呪法だ。
「呪法は攻撃に成功すると、呪法被害者に掟(ルール)を定めることがある。それが守られなかった場合に、なんらかの罰を与える――ってのが定石だ」
ジレッド先生が、再び何かを書き込みながら話を続ける。
「攻撃対象は基本的に単体で、術者と対象者の物理的距離、もしくは精神的距離が近いほど効力は上がる。また、様々な条件を設けることも通例で、設定した禁忌(タブー)を破ると、程度にもよるが呪法被害にあっている者にとって不利益なことが起こる、というのがほとんどだ」
話を止めることなく、スッ――と小さな紙が差し出される。
――返事はいらない。“呪法関連の話題に返事をする”ことが、なんらかの禁忌(タブー)に触れる可能性がある。
「……っ!」
気付いて――くれた!
ジレッド先生は、わたしが呪法にかかっていること気付いてる!
それだけで、嬉しくて、救われた気持ちになった。
――これから、重要なことをこっちの紙に書く。口頭説明については過去の授業の復讐+αだ。聞き流して良い。
……先生がやっているように、わたしが筆談で掟(ルール)や禁忌(タブー)について先生に教えてしまうのはどうだろう。
それだと禁忌(タブー)に触れてしまうのだろうか。文言が“他者へ伝えてはならない”だから、ちょっと微妙かな……。
そもそも、口頭だろうと筆談だろうと、わたしが“伝えようとしている時点”で、アウトなのかもしれない。
すべてはやってみないとわからない。だけど、不必要なリスクは摘むべきかも。だからきっと、先生も筆談でやってくれているんだ。
少しでもわたしへの危険を最小限に抑えてくれるために。
「呪法の解除方法としては、主に聖法による解除がある。……だが、これはケースバイケースだ。呪法ってのは、複雑に絡んだ紐みたいなもので、同一のものは存在しない。オンリーワンなだけに、聖法による解除も、術者本人の相性が大きく絡んでくる。だから絶対はない。あとは術者を戦闘不能にしたり、術者本人の気持ちを変えることで解けることもあるが、死に至らしめると、かえって呪いが強くなっちまうこともある」
――聖法による解除はさっき試してみたが、ムリそうだ。他に解除方法がないか探ってみる。とりあえず、お前は安心しろ。
いつもと何も変わらないジレッド先生の温かい言葉に、目頭が熱くなる。
――俺以外の人間には、呪法被害にあっていることを絶対言うな。
わたしはこくこくと頭を上下に振った。
――現場に居た人数は約50人。今現状、あの空間内の誰にでも、呪法をかけた容疑はある。そのことを忘れるな。
……50人、そんなに参加していたんだ。流石に犯人捜しできる人数じゃないな。
――中でも、お前に距離の近い人物ほど怪しいと思ってくれ。
距離の近さだったら、三人の婚約者候補と父様、シンク騎士団長に、クレイ、メリア、ジレッド先生に、あと兄様なんかも近くにいたような気がするけど……その中に犯人がいるかも知れないってこと? 知人ばかりで、流石に信じたくない。
――もちろん、俺や婚約者候補のルフナ王子だって犯人候補には含まれる。
「え。でも、ジレッド先生は聖法使えるじゃん」
「……おまっ、せっかく筆談――まぁ、そうだが……俺が言いたいのはな、考えられるすべてを疑えってことだよ!」
「……大丈夫! わたし、ジレッド先生のことは信じてるから!」
「いや、まあそれは嬉しいんだが……そういうことを言いたいんじゃなくてだな…………はぁ。お前には敵わねぇよ」
「ふふ。実はちょっと元気なかったんだけど、ジレッド先生の優しさで勇気出てきたから、わたしも頑張るよ」
ジレッド先生は、少し照れくさそうに眼鏡を上げた。
「……そうか。“立派”な女になったな」
「あ。おっぱいの話じゃないよね? そういえば……なんかさっき……」
「さっきのは立派な医療行為だからな! なんだよ、恥ずかしがったりおちゃらけたり、さっきから調子狂うぜ。呪法の影響かと思うだろが。今まで通りフツーにしてろフツーに!」
「えへへっ、ごめんなさーい」
いつもするみたいに、甘えた声で謝る。
――フツーに……か。
自分の中にある違和感を、払拭するために、わたしは先生との応対をいつも通りにしようとする。
…………なんだか、目が覚めてから、ヘンな感じ。
やけにジレッド先生が格好良く見える気がして。
なんでだろう……優しくしてくれたから?
「先生……わたし、もしかして発情してるのかな」
「はぁ!? 突然なんだ」
「……先生って、そんなカッコイイ顔してたかなって」
「あ? なんだ老けたって言いてぇのか 一応俺はまだ20代半ばだぞ」
「うーん……やっぱ勘違いか」
「勘弁してくれよ。調子狂うぜ」
「さっきから調子狂いまくってるね。ちょーし、くるくるくる~」
「……立派な女は撤回だ。お前はいつまでもション便臭えガキんちょだよ」
「ひ、ひどい!」
「今から婚約者が可哀想でならない」
「もっとひどい!」
呪法の影響によるものなのかはわからない。掟(ルール)の中にも、異性に惚れっぽくなる、なんてことは述べられていなかった。
だけど、実感として婚姻の儀の前と後で、ジレッド先生に対する認識……想いのようなものが、なんだか明確に違っているように思う。
まるで――雲が晴れたみたいに。
これが果たして良い方に傾いているのか、悪い方に傾いているのか、今はわからない。全然……わからないことだらけだ。
でも、わたしは自分にかかっている呪法を解除する! それを今は一つの目標としよう。
――それに、解除せずともわたしが助かる方法が一つだけある。
それは、わたしが愛する人と幸せになることだ。
掟(ルール)によると、それを達成することで、呪いは術者に跳ね返るらしい。
……愛する人。わたしが好きな人…………誰、なんだろう。
だいぶ不安になってきた。
だって、恋とか良くわからないんだもんー!
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