12話 遠征

 数日後――ルフナとシンク団長率いるプリスウェールド国軍の小隊が遠征に出向くことになった。


 遠征隊に参加することになったのは、ルフナ、シンクさん、キームさん、兄様、ジレッド先生。

 そして、クレイとわたしは冒険者に分した姿で、遠征隊を尾行するのだった。


「――はぁ、はぁ。どこ……行っちゃったんだろうね」

「ああ。おれたちは大バカだ。なぜヤツ等が馬移動だと当日になって気づくんだろうな。行き当たりばったりで、基本何も考えてないからか」


 幹が蔓延る森の中を、クレイと一緒に駆け抜ける。


「だ、だって……冒険者活動はいつも徒歩だったから……」

「いや、お前は悪くない。事前におれが気づくべきだった。……それに、小回りは利くし、隠密行動もしやすい。結果オーライと思うことにしよう。まぁ、疲れるのと、遠征隊には置いてかれたけどな」

「ジレッド先生に見つかったら、怒られちゃうもんね」

「そもそもお前の冒険者活動を知ってんのか?」

「い、言ってないけど……」

「……見透かされてるような気はするな」


 クレイがジト目でわたしのことを睨めつけてくる。わたし、そんなに隠し事下手なのかな……?


「先生、わたしのために遠征隊への参加を表明してくれたんだもんね。医療班って扱いで。……でも、わたしは大人しく待ってるなんて、できないよ」

「適した良い魔石でも採れれば、“解除”できるかもしれないらしいしな」


 魔石というのは、色や形、その大きさによっても、放出する魔法や聖法に少なからず影響が出るらしい。

 例えば、わたしやジレッド先生は白色の魔石を触媒に嵌めている。

 白色は、主に魔力を聖法に変換する際に効力が向上することが多いらしい。

 だから聖法使いは白い魔石を嵌めていることが多い。自分が使う魔法や聖法によって付け替える人も居るくらいだから、絶対じゃないのだけど。


 だから、ジレッド先生はわたしの呪法に上手い具合に反応する魔石を探してくれているのだ。


「ジレッド先生とはお話したの?」

「ああ。遠回しにな」


 わたしが呪われていることを知ったクレイは、同じく状況をしるジレッド先生と時折会ったりして、情報交換をしているらしい。

 何をするにおいても、わたしの呪法の禁忌(タブー)に触れる可能性が無いとは言えないため、リスク回避も兼ねて基本的には筆談で遠回しなやりとりしているみたいだけど。


 わたしの禁忌(タブー)を二人に共有することができれば、無駄なやりとりはなくせるかもしれないけど、“伝えること”自体が禁忌(タブー)なので、そこができなくて常に歯がゆい思いをしている。

 普段の会話も、呪法とか、そういったワードは避けているのはそのためだ。


 残り日数――259日。

 クレイに呪法被害にあっていることを告白して100日削れた。

 禁忌(タブー)の大小によって削れる日数に違いがあるのか、ないのか、そのへんは試せていないけど、やっぱり大事なわたしの命だ。大切にしていきたい。

 でも、100日削ってでもクレイに告げれたのは、良かったと思ってる。


 この遠征についていくことで、わたしの呪法について、何かわかれば良いんだけど……。


「まあ、なんにせよ、わからねえことだらけだ。何事も油断せずに、慎重に――」

「あ! クレイ!」

「声がデケーんだよ」


 わたしが指差す方向には、開けた広場が広がっていた。

 そこに、たくさんの馬が止まっている。


 どうやら遠征隊は休憩中のようだった。大所帯だと休むときも大変そうだ。でもそのお陰で追い付けた。


 わたしたちはお互いにアイコンタクトを取ってから、草陰に隠れつつ遠征隊に近づく。


 立ち話をしているルフナとシンクさんを発見。


「――――しっかり評価頼みますよ。私がルクティー様と結婚できますように」

「……ルフナ殿、残念だが私は貴公を評価する立場にない」

「そんなことは無いはずです。王様が国王軍をわざわざ付けてくださったのは、私の命を尊重してのことではなく、“監視”と“評価”のためでは?」


 本当に、数日前わたしの鼻水をナマで欲しいとか気持ちの悪いことを言っていた人と同じと思えない。佇まいも王子そのもので、とても聡明そうだ。


「……そう思うのは自由ですとも。ですが一点、ルクティー様にちょっかいをかけるのはいかがなものかと。私は、現状貴方をあまり良くは思っていない」

「伴侶となった後の円満な結婚生活のための、事前コミュニケーションだと思って頂ければ」

「本当に自信家ですな。一体どこからくるものなのか」

「能力ある者、爪を隠す――とは言いますが、王となる者は、まず自分を認めていなければ。民の道しるべになるためならば、私はどのような業も背負っていく所存です。国を変えることができるのは、唯一王だけなのだから」

「貴公の小国か……フレイムリードか」

「私は、己の力に過信も、謙遜も致しません。故に、そのように見えてしまうこともあるでしょう」

「では刮目することとしよう。貴公が、どのような業を背負っていくのかを」


 ルフナのことはまだ良く知らないけれど、彼が王様になったら良い国になるような気がする。だって慈善活動で義賊をやるような人だ。きっと使命感に燃えているはず。政治なんてまったくわからないわたしは、お飾りの妃となることだろう。


「なんか怖くて難しい話してるね」

「ああいうインテリ野郎にロクな奴はいねーよ」

「……それ、どっちのこと?」

「変態王子のほうに決まってんだろ!」

「しっ――声大きいから!」


 そそくさとその場を退去すると、途中でジレッド先生を見つける。

 怪我をしてしまったらしい兵士の介抱をしているようだった。

 優しい言葉をかけながら聖法を活用し、弱気な言葉を吐く患者に向かって、ジレッド先生が自虐的な冗談を交える。

 すると、いつの間にか兵士にも笑顔が。


「ジレッド先生って、本当に心の温かい人だよね……」

「ああ。なんで結婚できねえんだろうな」

「…………ちょっと、エッチだからじゃない?」

「……間違いねえな。それだ」


 せっかく胸がほっこりしたのに、なんだか残念な気持ちになった。


 そのまま進むと、今度は兄様であるディン第一王子と、婚約候補者の一人でもある商人キームさんが立ち話をしていた。

 しかし、距離が遠くて声までは聞こえない。


「あの二人って何か接点あったっけ」

「さあ。ただ気質が似てるよな。性格もお互いちょっと変わってるというか、話が合うタイプなのかもな。城で話してるの見たことあるぜ」


 兄様はわたしと同じ髪色で、キームさんは綺麗な黒。確かに二人とも長髪だし、整った中性的な綺麗な顔をしている。


 兄様はプリスウェールド始まって依頼の才子と言われていた。しかし性格がすこぶる悪い上に政治や世間に一切興味がない魔石大好き! な引き籠もりだった。

 故にわたしが王位継承権を獲得するに至ったのである……なんでなの……兄様。


「兄様は魔石鑑定のために参加したのかな?」

「それくらいしか思い浮かばねえな……お前のアニキが出張る理由は」

「相当大物なんだろうな……じゃないと部屋から出ないもん」


 キームさんと会話をしていた兄様がくくくくと上品に笑った。

 なーにを笑ってるか。このダメ兄様め! メラメラとストレスが溜まる。


「……そういや……キームさんって、なんで認定試験受けたんだろうな」


 クレイが腕組みをしながら、訝しげに言った。

 それには、一つ心当たりがあった。


「もしかして、わたしのこと好きなのかな」

「……お前も相当な自信家だな。王族ってのはみんなそういうもんなのか?」

「そんなつもりないけど、婚姻の儀でわたしをみて、驚いた顔をしてたんだよ」


 そう、あれだけは、明確に違和感があった。

 強い想いがある――とか父様に言っていたような……。わたしへの強い想いってこと!? 愛してるって……!? ずっと片思いしてたって!?

 なんだか勝手にテンションが上がってきたけれど、クレイの一言で吹き飛ぶ。


「ルクティーのアホ面と立派なドレスがミスマッチ過ぎて驚いたんじゃねえか?」

「……ぶつよ」

「冗談だよ。怒るなって。痛い痛い。……でもなぁ、ただ好きだからってのはねえと思うんだよな」

「なに? わたしがモテないって言いたいの?」


 手を構えて、ぶつ準備!


「い、いや……そうは言ってねえよっ!? でも……ほら、商人だしさ。なんか政略結婚的な感じな空気もするんだよ。商売広がりそうじゃねえか、プリスウェールドの血族になったら」

「……たしかに。父様も似たようなこと考えてるし、お互いメリットあるかも」

「…………その、お前は……さっ……」

「ん?」


 突然、クレイの様子がおかしくなった。なんだか頬をポリポリしながら、気まずそうだ。なんだなんだ。


「…………い、いや、やっぱなんでもないわ」

「…………ヘンなの」


 あ……。そういえば、ニルギムがキームには気をつけろって言ってた。

 まさか……呪いの犯人とか? でもそれで一体彼になんのメリットがあるというのか。わたしを呪殺したとしたら結婚できないし、何も広がらないのでは……。


 ――うーん、結局全然わかんない。

 みんなの中の誰かが犯人だなんて思いたくないし、そもそも思えない。

 ジレッド先生はすべてを疑えって言ってたけどさ……。


「なんか難しいこと考えてんな?」

「……良くわかるね」

「顔に書いてある。ルクティーの表情は、本当に読みやすいからな」

「なんか恥ずかしいな、それ」

「今更何言ってんだよ」


 ケラケラと笑うクレイ。これでもしクレイが日々溜め込んだわたしへのストレスを発散するために呪法をかけてきたのだとしたら、わたしの目玉は飛び出ると思う。

 あーもう! ダメダメ、疑いすぎも良くないって!


「そういやこの遠征の情報元も、キームさんらしいぞ。あの変態王子はそれを掴まされて王に進言したって話だ。なんか上手いように使われてんじゃねえの? だったら笑えるし、見物だぜ」

「……クレイって、ルフナのこと嫌いなの?」

「……別に? 気にくわないってだけだよ」

「クレイこそ、“別に?” とか、口癖だよね。でも実はめちゃ気にしてるの丸わかりだから。ねえ、なんで嫌いなの? どうして?」

「うるせえなほっとけ」


 男の子ってなんでこう……ヘンな見栄を張っちゃうんだろう?

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