11話 三者再会

 小鳥のさえずりとこんがり小麦の良い香りに鼻腔をくすぐられ、わたしの朝が始まった。

 ひとまず身体に異常は無い。現状の残日数(リミット)も265日のまま。

 先日呪法をかけられて倒れたのが正午前だから、おそらくその時間あたりでカウントが進むと考えて良いと思う……たぶん。


 パッパカお着替えをして、部屋の外で待ってたクレイを引き連れて中庭に出かける。

 料理長さんに用意してもらった朝食をぱくぱく。これでエネルギー満タン!

 今日も元気に、呪法をかけた犯人の特定を特定するぞ――!



 * * * 



 ジレッド先生の待つ勉強部屋へ向かう最中の廊下で、クレイが顎に手をあてながら語った。


「――おれは、あの盗賊王子様が怪しいと思うぜ」


 もちろん、呪法をかけた犯人についての話だ。

 あまり具体的なワードになってしまうと、禁忌(タブー)に触れてしまう可能性があるため、お互い注意しながらの会話になる。

 クレイも、そこのところは良くわかってくれているみたい。


「……どうして?」


 現状ではなんとも言えない。でも、可能性は0じゃない。


「考えてもみろ、あいつは小国の王子だ。プリスウェールドの第二王女を人質に取ることで、莫大な金品と交換を要求してくるかもしれねえ。それで自国が潤えば万々歳だし、なんたってあいつは裏で盗賊もやってる。なんでそんなことしてるんだ? そもそも素性がよくわからねえじゃねえか」

「素性を教えろ、って言って答えてくれたのに、結局素性がわからないって言うのはズルいんじゃない? 盗賊の顔を持つ王子様、じゃダメなの?」

「いやあいつ答えてないから。なんか団員が来て副次的に判明しただけだろ! それに盗賊の顔を持つ王子は十分怪しいだろ!」

「そうかな……あんまりイヤな感じは、あんまりしないけどなぁ」

「そういう油断が一番ヤバいんだって」


 油断……かぁ。

 でもたしかに婚姻の儀のとき、ルフナがウインクしてきた。

 あれ以降わたしの具合が悪くなったような気もする。

 あれが呪法による攻撃サインだったりするとか……? ううん、わからないな。

 良い人そうではあるけど、怪しいことは怪しいんだよね……。

 そんなことを思った矢先だった。


「――誰が怪しいって?」

 廊下に立ち並ぶ柱からスッ――と姿を現したのは、ルフナだった。


「あ。てめえ、何しに来やがった……!」

「やあ。おはよう、ルクティー……あと“ブレイ”……だっけ」

「クレイだよ。ワザと間違えてるなお前」

「ふふ、上手だね。クレイが“無礼”だって。ふふ!」


 ついつい笑っちゃう。クレイが本気の顔してるのも面白い。


「こんなしょうもないネタで笑うなよ!」

「こらこら、嫉妬するなって。それに、あんまりヒソヒソ話は良くないぜ? ルクティーは、そういうことしない子だと思っていたんだけどな……」

「え。わたし普通にするよ? ナイショ話大好き」


 まあ、人の陰口とか悪口は言わないようにしてるけど……。


「おっと……これはまたキミの新たな一面を知ってしまったようだッ!」

「なんなんだコイツは。何言っても肯定する変態か?」


 なんでも喜んでくれるルフナは、いつも楽しそうだ。クレイはそれを呆れた目で見ていた。あ、こら人を指差さない!

 ――って思ったけど、わたしも婚約の儀でルフナを指差していた。指刺されがちなのかな? 特殊な人……。


「あ、ルフナ。昨日は上着ありがとう。あとで返すよ」

「……呼び捨てで呼んでくれるんだね。感激だ……上着はいつでも構わないさ。なんならもらってくれても良いッ」

「ルクティー絶対返せよ。今日中な。なんかコイツ気持ち悪りぃから」

「おーっとそんなこと言って良いのかい? クレイとやら」

「誰がとやらだ! てめえ何様で――」

「王子様だが?」

「コノヤロウ……! 殴りてぇ!」


 端から見ていると、軽快なお話をする仲良しに見えなくもないんだけど、本人たちはなんか煽り散らかし合っていた。


「実は数日後、遠征に参加するんだ。本当は少数精鋭の部隊で遺跡探索に行くつもりだったんだけど、王様が軍を付けてくれることになってね」

「父様が? そんなサービスしてくれるんだ」

「サービスて」

「その遠征で成果を出したら、婚約者候補としてオレは一歩抜きん出るかもしれないぜ? クレイ君。おっと……キミは候補者でもなんでもなかったか」


 煽る煽るルフナ。だけど、一方のクレイはこれにはあまり乗り気ではないようだった。


「まぁ、そうなんじゃないか? ルフナ王子君とやら。おれには関係ねえ」

「……なるほど。キミ、そういう強情な感じか……というか王子君とやらってなんだよ」


 クレイは急に話を断ち切り、そそくさと先に行こうとする。

 ルフナは、そんなクレイの背中にたきつけるように言った。


「もしルクティーの伴侶にオレがなったとしても、キミは引き続き従者で居続けるが良い! ルクティーの“永遠のお友達”として、好待遇を約束しよう!」

「もしそうなったら、おれは……辞めるよ。従者なんて」


 クレイのその投げやりな言葉を聞いた瞬間。

 急に――胸に冷たい刃が刺さったような感覚があった。


「だ、ダメだよそんなの!」


 予想だにしなかった一言に、わたしの心臓が動揺していた。

 気が付くと、わたしはクレイを引き留めるみたいに抱きついていた。


「お、おい……ルクティー、お前っ」

「冗談だよね? 今のは。……ね?」

「…………あ、ああ、冗談だよ。心配すんな。あと離れろって」

「…………やだ」


 クレイの洋服に顔を埋める。懐かしい匂いが鼻腔を刺激される。


「おいおい泣くなよ。悪かったって……あ? てめ、鼻水付けてんじゃねえよ!」

「だってぇ……クレイがイヤなことを言うから~!」

「冗談だって言ってんだろ! おい、お前ヨダレもクソほど付いてるじゃねえか! お前は大きい赤ちゃんかよ、このっ!」


 クレイの洋服を汚してしまったのは申し訳なかった。

 でも、急にそんなことを言われて、わたしは自分でも想像していなかったくらい悲しかった。


「……これは、なかなか手強そうなライバルだ。フム……。わたしも是非ルクティーに同じことをされたいところだが……」

「お前……正気か? じゃあほら、これやるよ」


 クレイが自分の服に付いたわたしのヨダレや鼻水を見せつける。オイ。


「いや、キミの衣服に付着したモノは遠慮しておく」

「付着とか言うな! てかルクティーからなら欲しいのかよ!?」

「もちろんだ。ルクティーの――“ナマ”が欲しい」

「うわやっぱこいつクソ気持ち悪ぃぞ……!? なあ、ルクティー、こいつだけは絶対に辞めておけよ? いいな? 幼馴染みからの忠告だ」

「クレイがずっとわたしの従者で居続けてくれるんなら、辞めておく……」

「おっとっと、まさかの展開だね! それは聞き捨てならないな。オレのアピールはまだまだこれからで――――」

「もうこれ以上お前の変態アピールはいらねえんだって――」

「アハハハハハハ、もうお腹痛い――」


 再び再会したわたしたちは、それからもおかしな話をしばらく続けた。

 笑ったり、泣いたり、凄く忙しかったけど、この三人でお喋りをするのは凄く楽しい。


 それからはルフナとは別れ、再び勉強部屋へ向かおうとしたところで、

 わたしの残日数が、265日から――264日へと変化したのがわかった。


「あっ」

「どうした?」

「ううん、なんでもないよ」


 やっぱり……きっちり24時間だ。11時……少し前くらい。

 これがヒントになるのかどうかもわからないけど、自分にかかっている呪法について、細かな点でも知っておくことが大事かもしれない。

 誰にも相談できないんだから、今後もできる限りで自己検証や分析はしていかないと……。


 それと、歩きながらとあることを思いついた。

 クレイの脇腹を小突く。


「ねぇクレイ」

「ん?」

「ひそひそ……」

「――お前、本気か?」

「どう? 面白そうでしょう」

「自分は大変なことになってるってのに……楽しそうだな」

「わたしはね、どんなときでも自分らしく、頑張っていくって決めたからね!」

「……そうか。でも、そうだな。何かヒントが収穫できるかもしれないしな」

「やったぁ!」


 ――あと、264日……。

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