10話 眠れない理由

 ――――眠れない。


 あのあと自室に戻ってベッドで休んでいたが、ヘンな時間に起きてしまいそれ以降眠れなくなってしまった。


 それもそうだ。なんたってわたしは今日、呪法被害にあったんだから。そして、もうすでに寿命が100日も削られてしまっている。

 残日数は“265日”。これを過ぎるとわたしは死ぬ。


 その前に最愛の人と真実の愛を育むか、もしくはわたしに呪法をかけた犯人を見つけて戦闘不能にするか、術者本人の気持ちを変えるか……。話によると、術者が死んでしまうのは、もっとダメなことになるらしい……。


 ――犯人は誰なの?

 あの場に居た50人に容疑があって、知り合いだってたくさん居るのに。

 どうして、わたしに呪法なんて……かけたのかな。


 掟(ルール)についてもだ。

 愛を育まないと死ぬって、これまたヘンテコなルールだ。

 呪法の勝手なイメージとしては、もっとおどろおどろしくって、怖いものを想像していた。


 それなのに、“真実の愛”ときた――。

 なんで、“死”とこんな“こっぱずかしい文言”がセットになって、呪法なのだろう。

 呪法とはみんなそういうものなのだろうか……。

 まあ……禁忌(タブー)があるから相談もできないのだけど。


 ふと、一つの禁忌(タブー)が浮かぶ。

 ――真実の愛を育むよりも前に、他者と性的接触を行うこと。

 ……流石に意味はわかるけど、そこまで淫らな女でいるつもりはないので、これについてはそこまで気にしなくても大丈夫だと思っている。


 寿命についても注意がいる。禁忌(タブー)を犯すことで、また100日、200日と寿命が削れていったらそれだけで死んじゃうよ。

 もう、これ以上は呪法のことを誰に何も言えない。


「うぅ……壮大すぎる。本当にこれわたしに起きてることなの? 真実の愛とか死ぬとかさぁ……良くわかんないよう、夢なんじゃないのぉ~!」


 くしゃくしゃと髪の毛を掻き乱しながら、窓から射す月明かりが頬にかかった。


 昨日までの婚姻の儀がイヤとか、冒険したいなとか、そういった悩みがえらく小さく思えてきた。


 でも、くよくよしているのもわたしらしくないよな……。

 三日前の冒険の日々を思い出す。


 目の前の恐怖に対して――命を賭けていたときこそ、ドキドキ、ワクワクした。



「うん。とりあえず寝れないからお外行こう」


 羽織を着て扉を開けると、横に剣を抱いたまま片膝をついているクレイが居た。


「どこいくんだ」

「まさか……ずっとそこに居たの?」

「生活圏には入らねえよ。おれはここで良い」

「そういうことじゃなくて、クレイも寝なくちゃ!」

「おれは昼間いっぱい寝てるからな」

「そういうことじゃないんだけど……でも……まぁ、わたしのせいだしなぁ……」

「おまえのせいじゃねえよ…………おまえのせいなんかじゃねえ」


 クレイが、強い瞳と声で、わたしに寄り添ってくれる。


「な、なんだよぅ……なんか優しいじゃん」


 不意に胸がキュンとしてしまう。この不思議な感覚が、まさか、恋というやつ……? やっぱり、わたしの情緒おかしくなってる気がする。


「ちょっと出かけてくるから」

「おれも行く」

「……お、おトイレだよっ!」

「…………早くしろよ」


 クレイの心配性が加速していく。でも、全部わたしが招いたことだ。

 クレイには知っていて欲しかったから。心配して、欲しかったから――。



 * * *



 ――

 ――――

 ――――――クレイに告白した直後。



「――細かいことは喋れないの。ごめんね」

「……わかった」


 わたしの表情を見て、クレイは余計なことを突っかかてくることもなく、了承。

 良かった……呪法についての細かい会話や禁忌(タブー)について口にしてしまうことで、残日数(リミット)がもっと減ってしまうかもしれないから……。


 でも、呪法被害にあっていることを“伝えるだけで”100日も寿命が短くなってしまうなんて……。ある程度覚悟していたとはいえ、大きい被害だ。


「おれは、犯人を捜す」

「えっ……」

「んでもって、ルクティー。お前、おれから離れるな」

「……クレイ」


「お前は……おれが守る」


 トクン――と、身体の中心が脈打ったのがわかった。

 心臓が産声を上げたのがわかった。


 そんな真剣な顔で、真っ直ぐな瞳で、いつものクレイの顔をして。

 そんなこと言われたら……。



 もしかしたら、わたしは……生まれて初めて、“恋”に目覚めたのかもしれない。



 だって、じゃなければこの胸のときめきは一体なんなの?

 これが噂に聞く恋の病というやつなんじゃないの?

 まさか……まさか、幼馴染みのクレイにこんな感情になるだなんて、思いもしなかった。だって、あのクレイにだ。


 どうにも恥ずかしくて、もうどうしようもなくて、わたしはクレイの胸あたりにをトン――と叩く。


「ちょっと、ソレ。やめてよ……」


 顔は伏せながら、トントンと回数を増やす。


「あ? どれだよ」

「わからないんならいいよ!」

「は? なんでちょっとキレてんだよ」

「怒ってないってば。クレイが、らしくないことを言うから!」

「……ああ。そういうことか。へえ、お前そういうので照れんだな。意外だわ」


 すっとんきょうな顔でそんなことを言いながら、クレイはあくびをした。


「ふぁ~……そろそろ眠みぃな。さっさと帰ろうぜ。飯も……クソ、食いそびれてるじゃねえか……ったくよぅ」

「ななななな……なんなのよ、アンタは!」


 わたしの叫び声が中庭中でこだました。

 クレイのことが、実は一番良くわからないのかも知れない。



 * * *



 トイレまでは流石について来れないクレイを出し抜いて、わたしは自室の窓から見えた人影を追いかけた。


「ニルギム!」

「ん? おぉ、ルクティーか」


 葉巻をふかしながら、ニルギムが気さくに手を上げる。

 格好からして、長旅に向けてのものだとわかった。


「こんな時間に旅立つの?」

「まぁな。俺は魔石の採取ついでに城に寄っただけだ。そしたら国王からなんか頼まれたから出ただけだしな。悪いが今回の婚約者バトルに真面目に取り込むつもりはねーぜ。若けぇヤツ等で楽しんどけよ」


 ニルギムだって婚約者候補の一人なのに、我関せずといった具合に言った。

 父様は気に入っているけれど、もしニルギムが選ばれたら、本当にわたしと結婚するんだろうか。全然、想像付かない……というか、城に不在の王になりそう。


「……ニルギムは、どんな過酷な冒険でも、楽しんできたの?」

「とーぜんじゃねえか。何回も死にかけてるが、辞められるもんじゃねえしな」

「どうして、そんなに冒険は楽しいの?」

「そんなもん決まってる」


 ニルギムはポカンとした顔で考えた後、葉巻を消して、懐にしまう。


「ワクワクするからに決まってんだろが」


 わたしと10コも年齢が離れている青年が、子供のような表情で笑みを浮かべる。


「ワクワク……そっか。そうだよね、流石ニルギム」

「おう。スゲーだろ、じゃな」


 手を振りながら去ろうとするニルギムが、歩みを止めた。


「そうだ。キームには気をつけとけよ」

「商人のキームさん? どうして?」


 ルフナやニルギムと同じく、婚約者候補の一人だ。


「教えないほうが面白そうだからなぁ……言わないけど」

「な、なにそれ! じゃあ言わなくてもいいじゃん!」

「お前がどうでるのか興味あってね」

「いやニルギムが一番怪しいからね? 自分で気付いているのか知らないけど」


 悪い笑みを浮かべるニルギム。この人は、昔から本当に何を考えているのか良くわからない。


「あ、そうだ。ニルギムって、聖法使えるんだっけ?」

「俺は魔法しか使えねえぞ。お前やジレッドみたいなのは本当に稀だよ。魔法について教わりたいならアイツからにしとけって。感覚も近いだろうしな」


“魔法しか使えない”。ニルギムの言っていることが本当なら、彼は“呪法を使えない”ということだ。

 ただ、そんなものはなんの証拠にもならない。聖法を実際に目の前で使って見せてくれた、ジレッド先生以外は。


 ――ニルギムが犯人だなんて、信じたくはないけど、否定することもできないのが歯がゆいんだよなぁ……。


「……にしてもなぁ。お前も婚約なんて、そんな年齢になったのか」


 まじまじとわたしの顔を見ながら、昔からやるみたいにわたしの頭に掌を乗せた。


「もう大人の女だな」

「ふふん、そうでしょ!」

「まぁ、俺はもっと大人な女が好みだけどな。ガキンチョ」


 乗っけられた掌でぺしんと軽く頭を叩かれる。


「なんだとぉ~!」

「だから俺との結婚は諦めてくれ。あばよ」

「候補者から言うのおかしくない!? それに、別にこっちだってそれでいいもーんだ! ばーかばーか! べー!」

「ジレッド……あいつ、教育間違えてねえか」


 ニルギムには憧れているけれど、不思議と胸はドキドキしなかった。

 どうやら、誰しもにときめいてしまう類いの呪いではないらしい。


 そして、ニルギムと会話をして改めて気付かされた。

 わたしも、ニルギムと同じ心持ちだったということに。


 三日前の冒険がそうだったように……。

 死地でこそ、生気を感じる。心がワクワクして、楽しくて、満たされる。


 たとえ、呪殺されそうになっている、今だって――。

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