9話 幼馴染み従者

 日が沈みかける逢魔が時――空がよく見える上階の中庭に辿り着いた。

 幼いころから、ここで虫を捕まえたり花を愛でたり、ときにはただ空を眺めていたり……何か悩みごとがあると、良くここに立ち寄っていた。


「あ。やっぱり来てた」


 夕風に灰色の髪を靡かせて、寝転がっているのはわたしの幼馴染み従者だった。


「……ルクティーか」


 こちらを見ることなく、声だけが返ってくる。彼の視線はいつも空ばかりだった。

 職務としてわたしの従者をしているときはほぼ付きっきりだが、それ以外は食堂でご飯を食べているか、魔法や剣技の訓練をしているか、ここで寝ているか、クレイの生活サイクルはそれがほとんどだ。


 クレイの隣にちょこんと誰かが座っていた。

 そんな栗毛の小さな少女がわたしに気が付き、振り返る。


「ルクティー!」

「あ。メリア」

「大丈夫? 倒れたって聞いたけど」

「うん。へーきへーき」

「そっか。やっぱりお姫様は大変ね」


 ふわふわした髪型で身長はちょっぴり小さいけれど、お洒落で愛らしいメリアは、クレイやわたしと同じで幼馴染みの一人だ。


「私はもう帰るから、あとクレイの相手してやってね」

「うん」

「……クレイってばね、拗ねてるのよ」

「…………拗ねてない」


 体勢はそのままに、クレイが唇を尖らせて言った。す、拗ねている……。


「ただでさえ“婚姻の儀”でイライラしがちなのに、ルクティーが倒れたときにいの一番に駆けつけられなかったことが、相当悔しいみたい」

「おい!」

「え? でも、クレイの声は聞こえたよ」


 そうだ。確かわたしが倒れたとき、名前を呼んでくれていたような……。


「クレイが助けてくれたんじゃないの?」

「声を上げたのはクレイが一番だったけど……駆けつけたのはシンク騎士団長が一番早かったの。その後に介抱してくれたのも、部屋に連れて行ったのも彼」

「…………ちっ」

「そうだったんだ」

「ねー、ルクティーが無事ならそんなことどうでもいいのにねぇ~。一番に駆けつけるべきはおれだった、ってさっきからずーっと上の空なのよコイツ。ホントしょうもない」

「……ルクティーの従者であるおれが、対応すべきだった」


 本当に悔しそうに言う。クレイがこんなに意固地になるのも珍しい。そんな使命にかられるようなタイプじゃないだろうに。……心境の変化?


「……はぁ。ホント……昔っからアンタはルクティーのことになると……まぁ、これ以上はヤボだから言わないけどさ。でも、“特別認定試験”、アレ受けなかったのはバカだったと思うよ、私はね」

「え? クレイ、あの試験受けるつもりだったの!?」


 地獄と名高い、シンクさん開催のあの!?


「……お、おれが受けるわけねーだろ! メリアがテキトー言ってるだけだ」

「あー、またわたしをからかって! メリアのばか!」

「……うん。こっちもこっちで問題なんだよなぁ……ダメだこりゃ」


 膨れるわたしを、メリアが可哀想なやつを見るみたいな目で見てきた。


「んじゃ。もう私は行くからね。あとは若い二人でよろしくやっといて。暗くなる前には戻りなさいよ」

「同い年だろが。小っさいのに年上ぶりやがって……」

「あ? なんだって?」

「メリア、お姉さんっぽいもんね。わたしは結構憧れてるよ? 昔から!」

「……私は、アンタが羨ましいんだけどね」


 メリアが、じっーとわたしのことを見つめてくる。顔と身体を交互に行き来する。


「そう?」

「いや……まぁ。ないものねだりしてもしょうがないわ。ただルクティー。アンタも一国の王女なんだから、もう少し自覚持ちなさいよ」

「はーい」

「あんたらの親か私は」


 ぶつぶつ言いながら、メリアが去って行く。

 メリアは昔からとっても優しくて、いつもわたしたちのことを気にかけてくれる。

 やっぱり男の人は、メリアみたいな素敵で大人な女の子を好きになるのかな。


「メリア、ぷりぷりしてたね。可愛かった」

「そうかー? 口うるさいだけの間違いだろ」


 トスンと、わたしもクレイの横に座ってヒザをかかえた。

 群青が混じり始めた綺麗な空を見上げる。


「なんか……最近、機嫌悪め?」

「そんなこと……ねーよ」

「……ふうん」


 絶対何かあるじゃん。そう思ったけど、特段追求はせず、辺りは静かになった。

 クレイとは、特段会話が続かなくても、全然気にならない。二人で数時間空だけ眺めていたときだってあるくらいだ。


「あ! そういえばこの間の冒険楽しかったね!」

「お気楽でいいなぁ。お前は」

「え~でも、面白かったでしょ」

「ふざけんな、後処理が滅茶苦茶大変だったわ」

「じゃあ、もうクレイ誘わないほうがいいの……?」

「おれはお前の従者だ。付いていくさ」

「……もし、従者じゃなかったら?」

「…………さぁ。どうだろうな」


 なんでそんな質問したのか、自分でも良くわからなかった。

 何かを、試したかったのかもしれない。でも、クレイが近くにいないことは想像できない。


「……その上着は?」


 クレイが横目でこちらをチラ見しながら指差してくる。


「ああ、これ……ルフナ王子が貸してくれたの」

「……そうか」

「そうだった聞いて! あの人、やっぱりあの盗賊団の団長さんだったよ! クレイも気が付いてたでしょ!? それであの人、わたしをからかってさ――――」


 クレイはわたしの愚痴的な無駄話に相づちを打つでもなく、のんびりといつのまにか星が見え始めた空から視線を外さないまま、聞いてくれた。


「なんか、懐かしいね。こうして夜に二人でお星様を見上げるの」

「ん」

「あのときも……そうだったよね」

「あのとき?」

「うん。母様が、死んじゃったとき」

「……ああ」



 * * *



 ――――わたしが10歳のとき、母様は死んでしまった。

 重い病にかかってしまい、それからはずっとベッドを離れられない期間が続いていたのだ。だから、わたしは元気を出してもらおうと色んなものを母様に持っていたことを覚えている。


 母様が亡くなったとき、わたしは一日中この中庭で泣きわめいていた。

 朝から――夜まで。


 そんなとき、頼んでも居ないのにいつだかクレイは隣で寝転がっていて、それ以降はずっとそこから動かなかった。

 別に優しい言葉をかけてくれるわけでもなく。

 楽しいことを言って元気にしてくれるわけでもなく。

 ただ当然のように、わたしの傍に居てくれたのだ。



「――ねぇ。どうして、クレイはなんにもいわないの?」

「ん? なにか、いってほしいのか?」

「……んーん。べつに」

「なら、いいだろ」

「……さきに、おうちに帰ってもいいんだよ?」

「ルクティーが……帰るならな」

「……もしかして、まねっこしたいの?」

「なんでそうなんだよ、ちげーよ!」

「だってぇ……」

「おれは、ルクティーの元からはなれたりしねえって……きょう、決めたんだ」

「……さみしがり屋さんなの?」

「ちがう。おれが……お前の“じゅうしゃ”だからだ」

「今までだって、そうだよ?」

「そ、それはそうだけど……! こう……気持ちてきに!」

「なあにそれ、ぜんぜんわかんなーい」

「いいよ、お前はそのままで。それで……いいんだ」



 わたしを励ましたり、たくさん抱きしめてくれる人はたくさん居た。それはそれでとても嬉しかった。


 だけど、何故だか心を一番ほっこりさせてくれたのは、普段と何一つ変わらなのんびりしたクレイだった。



 * * *



「ふふ。クレイって、不器用だけど優しいよね」

「そうか? 普通だろ」

「そのフツーが、わたしは好きだよ」

「……言ってろ」


 そういえば、クレイにも呪法のことは言っちゃいけないのかな……。

 ジレッド先生は誰にも言うなっていうけど、クレイくらいは……一応従者だし。

 クレイが、犯人なわけないし……。

 でもな……味方は増えるかもしれないけど、禁忌(タブー)を犯したとき、何が起こるか見当もつかないのがな……。教えた瞬間即死! みたいのだと困るし。


 それに、もしわたしが死んじゃったら、クレイは悲しむよ。それだけはわかる。

 言ったら絶対心配するし、あんまり教えるメリットは無いかもね。

 うん。ナシナシ。やっぱ辞めとこ。


「……どうかしたか?」


 身体を起こしたクレイが、いつになく真剣な表情で言った。

 きっと、心配してくれている。顔を見ればわかる。


「あ、ううん。ちょっと、色々考えちゃって」

「……お前でも、そんなことあるんだな」

「失礼じゃない!? あるよ、そりゃ!」

「ま、なんでもいいよ」


 クレイが再び両手を後ろにやって、星空を見上げる。


「そんなときは……一緒に空でも見ながら、ぐうたらするに限る」


 クレイらしい飾らない言葉が、わたしの胸にスッ――と入り込んでくる。


 いつもそうだ。クレイの声。話し方。スピード。その全部が、わたしにすとんと落ちてくるんだ。


 癒やされる。落ち着く。懐かしい気分になる。なんだか、無性に泣きたくなる。

 わたしの――原風景。




「――――わたしね、呪法にかかっちゃたみたい」




 頭で考えるより先に、その言葉が出ていた。


「は?」


 クレイには言いたい。

 ただ、それだけだった。


 禁忌(タブー)に触れたことが感覚でわかる。

 ――なるほど。“こういうこと”か。罰の内容もわかった。


 確かにこれは痛い。だけど……危険を冒すことで得られるものだって、ある。

 わたしは、そう信じている。



 ――あと、“265”日……。

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