8話 王子と騎士団長

 夕刻に差し掛かるころ――、わたしは羽織を引っかけて、中庭を目指していた。

 ジレッド先生には大人しくしてろと言われたけど、こういうときだからこそ風に当たって考えを整理したかった。


 部屋を出てしばらく進んだ廊下で、窓から差し込む夕日も相俟って素敵な絵のようになっている人物が、目に入った。


「あ!」

「やぁ。お姫様」


 白い手袋をスッとあげて笑ったのは、フレイムリード小国のルフナ王子。

 そして――、わたしは知っている。この人は盗賊団の団長でもあるのだ。


「ちょっと! どういうこと? あなた、王子様だったの……!?」

「フフ。驚くかと思って。指差されたときは流石にヒヤッとしたけれどね」

「どーりで綺麗な髪だと思った! 全然盗賊さんっぽくは見えなかったもん。でも……あれ、そういえばお髭は……? 剃ったの?」

「あれは付け髭さ」

「ふぅーん…………」


 わたしは、ジロジロとルフナ王子の均整の取れた綺麗な顔や、身形の良い洋服を見つめる。そういえば、盗賊さんの姿で出逢ったときに、同じことをされたことを思い出す。


「な、なんだい」

「どっちも似合ってるね!」

「…………本当にキミは、想像外のコトばかり言ってくるな」

「そう? 思ったこと言ってるだけだよ」


 本当にどっちも似合ってる。盗賊も王子も。正反対のイメージなのに凄いな。

 顔が、格好良いからなのかな……?


「それで……大丈夫なのかい? 急に倒れてしまっていたけど」

「あ、ああ!! 大丈夫大丈夫! ほら、元気元気っ」


 わたしは精一杯の笑顔を作って、飛び跳ねたり、力こぶを作ったりなどした。


 ――もちろん、俺や婚約者候補のルフナ王子だって犯人に含まれる。


 ジレッド先生の言葉が引っかかる。呪法にかかっていることは言えない。もしかしたら、目の前の彼が犯人なのかもしれないのだから。


 わたしが思いを巡らせていると、先ほどからバツが悪そうなルフナ王子が、チラチラとわたしのことを見てくる。


「……今更だけど、そんな薄着でオレの前に出て良かったのかい?」

「……えっ?」


 自分の姿を見る。白いナイトドレスに、簡素な羽織というラフなスタイルだった。

 胸元も大胆に開いていて、布地もだいぶ薄い。動きやすく、寝やすいから普段の堅苦しいドレスなんかよりずっと好きだった。


「…………っ」


 わたしは、ついはだけている胸元をそっと隠してしまう。

 同い年くらいの王子様に、はしたない自分の姿を見られるのが、どうしようもなく恥ずかしかった。


 いつもだったら気にしない。なんなら良くこの姿で城を歩き回っては、シンク騎士団長に良く怒られていた。

 なのに――どうして……。


「……良かったらコレを」


 ルフナ王子は自分が着ていた上着のマントを外し、わたしにかけてくれる。


「……あ、ありがとう」

「いいや。自分のためだから」

「自分の……?」

「これ以上は……その、キミがセクシー過ぎて、オレの目がやられてしまうッ!」

「…………せ、せくしー……わたしが?」


 なんだかとっても照れくさくなって、全身が急激に燃えるように熱くなる。

 そんなこと……初めて言われた。


 わたしの反応を不思議そうに見ていたルフナ王子が、つぶやく。


「……あれ。こういうの、あんまり効かないタイプじゃなかったっけ?」

「え。どうだろ……良くわかんな――」


「……顔が、赤いよ」


「ひぇっ……!」

 急に顔を近づけられて、わたしは奇声を上げて後ずさってしまった。

 ナニイマノ……! ぞわっとした!

 ごしごしと痒くなった耳を擦って、頬を膨らませる。


「び、びっくりするなあ! もうっ!」

「フフ。面白い。やっぱりオレ好みの女性だ」

「それ、誰にでも言ってない?」

「そんなことないさ。女性はみな美しい。だけれど、キミは一際輝いて見えるよ」

「どうだか……」


 本気なんだか、からかっているんだか、いまいち本音の見えない人だ。

 だけど、わたしの反応を見て楽しんでいるのは間違いなさそうだった。

 怪しいといえば、怪しいんだよな……ルフナ王子は。ウラの顔もあるし。

 悶々と考えていると――、


「ところでルクティー様」


 ――ヌッ。


「ぎゃあ!」

「うおっ」


 どこからともなくシンク騎士団長が現れた。一体いつからそこに……。

 わたしとルフナ王子が同時に声を上げたことなどの一切を無視して、シンクさんは表情一つ変えずに喋り始めた。


「またそのような格好で、それもルフナ殿の前で。あなたは、本当に……」


 シンクさんが頭を抱えながら困ったように瞼を閉じる。わたしのせいでクマと皺が日に日に増えていっている気がする。申し訳ない……です。


「それに……三日前、また城を抜け出したようですね。そういった行動が、今回の体調不良に繋がったのでは? そもそも、ジレッド殿から安静にするよう言われませんでしたか? あなたは、なぜ今ここに居るのです」

「う、うぅ……」


 正論だらけで何も言い返せない。

 昔から、シンクさんはだいぶ苦手だ。厳しいばかりで全然褒めてくれないし、今日だってまず倒れたことに対して心配してくれてもいいのに。開口一番が城を抜け出したことだもんなぁ……。


「婚姻の儀の主役はルクティー様です。もっと自覚を――」

「はい。はい。はい。本当に、ごめんなさい……」


 チラリとルフナ王子を一瞥する。彼はニヤニヤと笑っており、わたしの怒られている姿を楽しんでいるようだった。

 失礼! この人……イヤな人かも! 命の恩人だけども!

 そんなムカムカした感情が表に出ていたのか、ルフナ王子は横目で視線をそらす。それを見たシンクさんが、今度は攻撃対象をルフナ王子に変えた。


「ルフナ殿も婚約者候補なのだ。気楽にルクティー様に面会されては困りますな。貴公がアピールする相手は、あくまでも王なのですぞ」

「ええ。承知しております。ただ、彼女の体調が心配だったもので。未来の……伴侶となるかもしれない相手ですから」

「ずいぶんと……自信がお有りのようだ」

「実は近日中にこの近くの遺跡へ探索に行く予定でして。そこでは珍しい魔石が採掘できるという話で……。実はその件を王に進言しておりまして――――」


 つらつらと流麗な口調で喋り続けるルフナ王子。

 これで盗賊活動をしているだなんて、まったく思えない。まるで別の人を演じ別けているようだった。


 シンクさんと長々しい会話を広げていくルフナ王子と一瞬目が合う。

 パチリと長い睫毛を瞬かせて、わたしにサインを送ってきた。


 ――行きなよ、ってこと?


 それはありがたいんだけど……わたしのこと見て笑ってたしなぁー!

 優しいんだか、優しくないんだか、良くわからない人だ……。


 まあ、ひとまずシンクさんのクドクド攻撃はルフナ王子に向いたようなので、わたしはこれにて退散することにしよう!

 途中で一回振り返って、ルフナ王子にあっかんべー!

 それに気付いたルフナ王子が、また嬉しそうにウインクしてきた。


 ――なんなのこの人! ヘン! 絶対ヘンな人だよ~!


 ……あ。そういえば名前何て呼べば良いのか、聞くの忘れちゃったな。

 まぁ、王子の格好しているときはルフナでいいか。呼び捨てにしたらなんか喜びそうだし。ヘンな人。


 バレないようにそそくさと、わたしはこの場を離れた。

 今――心臓がドキドキしているのは、走っているから……でいいんだよね。

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