13話 襲撃

 引き続きクレイと二人で草木に隠れながら遠征隊の状況を観察する。


 特段変化はなく、わたしに呪法をかけた犯人に関するめぼしい情報もなく、暇になってきていた。




「……尾行って大変だね。わたし、なんか眠くなってきちゃった」


「尾行ってか張り込みって感じだけどな。……まぁ、暇なのは良いことだ」


「なんだか、おトイレに行きたくなってきたよ」


「遠征隊の仮説トイレでも借りてこいよ」


「一応尾行してるんですけど!?」




 小さな声で、クレイとやいのやいのする。


 こうでもしてないと、本当に寝てしまいそうだ。




 しかし突然――どこかから視線を感じた。


 背筋がゾワっとする。この感じも……なんだか既視感のあるような。




 もしかして、尾行がバレた?




「クレ――」




 眠気も吹き飛んだわたしが、クレイに呼びかけようとしたとき――、


 背後から――突然、黒装束の手。




「んむぐぅ――!!」


「ルクティー!」




 クレイも同様に襲撃に遭っていた。黒装束の剣を受け止めている。


 わたしは口元を布で縛られ、黒装束に担がれたまま馬に乗せられる。


 わたしを乗せた馬が遠征隊の横を突っ切り――何処かへ向かっていく。




 ――どういうこと? わたしが王女だって知っているの?


 冒険者に変装してるから、こんなことになるだなんて思いもしなかった。




 身動きが取れないままの状態で、遠征隊のほうに目を向ける。


 ルフナと一瞬だけ目が合った。




 彼は、シンクさんとの会話を打ち切り、近くの馬に跨がって、こちらを追従する。




「ルクティー!」




 いつもの爽やかさとは全く違う怒号が飛んでくる。


 信じられない速さで、ルフナが突撃してくる。




「んー! んんー!」




 布を巻かれているから、こんな声しか出せなくて情けない。


 それに、なんだか身体に力が入らない。さきほど口を塞がれたとき、痺れ薬でも仕込まれたのかもしれない。




「待ってろ、もうすぐさ!」




 ルフナはいつもの自信満々な声色で、短剣を取りだした。


 真紅の粒子がチラチラと舞って、やがてそれらは鮮やかな赤い炎に成り代わる。


 短剣から燃え上がる火は、まるで鞭のようで、しなやかに――だけど恐ろしく。




 こちらに伸びてきた。




「うぉぉ!」




 黒装束が叫び声を上げて、馬がバランスを崩す。


 わたしもそのまま地面に落下した。




 同じく馬を下りたルフナが、赤いキラキラと炎のメラメラを短剣から放ちつつ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。




 ――何度見ても、綺麗だな。




 おそらくルフナは、魔石を通して魔力を炎に変換し、それを操っている。


 魔力を“別の性質に変化”させることはとても難しい。しかも、その上でその炎を“自在に操作”しているんだ。


 これがどれほど高度な魔法なのか、見ただけでわかる。




 魔力というのは、基本的に“そのまま放出”が一般的だ。魔石を通して放出された魔力は、粒子のような光を発しながら一緒に飛び出る。これが実際に魔力が流れているというサインで、“透明な圧”のようなものを飛ばしている感覚に近い。




 魔力は、自分にとっては生命の源と言うべき大切なものだけど、これが他者からの魔力になると、途端に害のあるものになる。


 ただ魔力を飛ばして相手にぶつけるだけで、怪我をしたり、体調が悪くなったりすることがある。これが“魔法による攻撃”だ。




 当然わたしは性質変化なんて高度なことはできない。その上操作も上手じゃないため、手のひらに溜めた魔力を花瓶にかける、みたいな単純なことしかできない。




 ちなみにクレイは魔法が凄く上手で、魔力を剣のような鋭利なモノに性質変化させて飛ばしたり、幅広の剣を扇のようにして緩やかに魔力を流すことで、わたしを空に浮かび上がらせたりしてくれた。




 クレイのやっていることでも凄いのに、ルフナは“性質変化”をした上でそれを“自由自在に操作する”という難しい二段階の行程をどちらも上手にこなしている。す、凄すぎる……。




「さて……そのコを返してもらおうか」




 燃え上がりながら、炎が蛇みたいに黒装束の前まで伸びていく。




「オイオイ……嘘だろ?」


「……?」


「……その魔法、もしかして……団長か?」




 言いながら、黒装束がフードを外した。




 その姿に、見覚えがあった。盗賊団のアジトにお邪魔したときだ。


 わたしと同じように、ルフナも驚いている表情をしている。




「…………なんのことだ」


「おいおい嘘だろ、そんな高等な魔法、あの人以外に考えられねえ! なあ、アンタ……その格好、まさか王族だったてえのか!?」


「…………」




 盗賊団のみんなにも、自分の素性を明かしていなかったんだ……。


 ルフナの表情は変わらない。だけど、苦しそうな表情をしている気がする。




「おいおい団長だってんなら俺らが戦う義理はねぇだろ! なぁ!」


「……なんで、その子を攫うようなことをした」


「そ、それは、仕事で……へへ。団長に黙ってやってたのは謝ります。でも、それはお互い様ですよね? 団長だって隠し事してたんだから……なんだよ、王族だってんなら言ってくれれば、へへ。俺らもウハウハじゃないっすか。ならこんなチンケな仕事は――」


「…………そうか。もういい。それ以上、喋るな」




 ごうっ――と、吹き返したように一層、炎が燃え上がる。


 炎に照らされたルフナの横顔が、まるで真紅色の竜のように見える。




「消えろ! 二度と目の前に現れるな!」


「そんな……! 団長……俺たちはっ……!」


「燃やされたいか? 火傷程度で済めばいいかもな?」


「ひぃぃ!」




 黒装束の男が、腰を抜かしながら逃げ去っていく。


 ルフナの短剣から燃え上がっていた炎も、徐々に静かになっていく。


 やがて、燃やされた酸素が赤色のキラキラへと変換されていく。




 懐に短剣を収めたルフナが、一息入れてから地面に転がるわたしに目をやった。


 口を塞いでいた布を取り外してくれる。




「すまない。怖い思いをさせたね。怪我はないかい?」


「ううん、大丈夫。それより、……ルフナは良かったの?」


「……ああ」


「仲間、だったのに?」




 わたしの言葉に、少し苦い表情をするルフナ。


 そして彼は言った。




「――ルクティー、キミを、このまま攫ってもいいかい?」




 苦みの奥には、少しの憂いを感じる。


 盗賊らしい言葉だったけれど、どこか儚くて――。




 その声は、まるで助けを求めているようだった。




「その前にね……おトイレに行きたいの」


「…………そ、そうか」


「身体がね……なんか動かなくて。ごめんね、持ち上げてもらってもいい?」


「……キミの前だと、いつも格好が付かない気がするんだが、オレが悪いのか?」


「わたし、間が悪い女なのかな……」


「ああ……なんかそれはわかる気がするよ」




 励ましてほしいのはこっちなのかもしれない。

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