14話 酒場にて

 ルフナに攫われ、馬でしばらく進んだ場所に、彼行きつけの酒場があった。


 冒険者の姿でクレイと少しだけ入ったことがあるけど、「やっぱりお前にはまだ早い」と、目隠しされてすぐ出てしまったから、こうして改めて訪れることができてわたしはとても嬉しかった。


 店内はお酒と香ばしい料理の匂いで充満していて、何やら賭け事をしている老人から屈強な冒険者、艶っぽい女性まで、様々な人が楽しそうにお話をしていた。


「悪いね。付き合ってもらっちゃって」

「ううん全然。こういう場所、来てみたかったの!」


 二人で端っこのカウンター席について、飲み物を注文。


 少し待つと、すぐに小樽にたんまり注がれた液体が運ばれてくる。


「ルフナ、まさかそれお酒!?」

「……そんなに驚くことかい?」

「未成年じゃなかったっけ?」

「ハハハ。そうか、キミはお行儀が良いんだね。やっぱり、お姫様だ」

「そういうつもりもないけど……わあっ。刺激的なお味!」


 注文した果汁をグビッとひと飲み。城で出される味と全然違っていて、喉に引っかかるような感じで、なんだか味が濃い。


「そんなに目をキラキラさせて、口元に泡つけて……小さな子供みたいだね」


 ルフナがお酒を飲みながら頬杖をつき、横のわたしをニタニタ見つめる。


「……良く言われるよ。みんなわたしをバカにしてるんだ」

「というより……可愛いらしいってイミだったんだけどね」


 ルフナの綺麗な顔が近くにあった。

 白い頬は、少しだけ赤みが差している。いつもより少しだけ――ウットリしているような……。


「だから、子供っぽいってことでしょ?」

「違うよ。一人の女性としての愛らしさからくる、“可愛い”……かな」

「…………ふ、ふぅん。よくわからない」


 口ではそう言ったけど、なんだか顔が熱くなる感覚があった。

 一人の女性として、可愛い……あまり言われ慣れていないけれど、なんだか恥ずかしくなってくる。


「……これからどうするの? 遠征、ダメになっちゃったじゃん」

「……というより、婚姻の儀のほうも怪しいな。オレの盗賊活動も城側にはバレているだろうしね」

「え、どうして?」

「……さきほど襲撃してきた奴らは、オレが纏める盗賊団の団員たちだ。十中八九、遠征隊の中の誰かが仕向けてきたものだろう」

「ええっ、なおさらどうして!?」

「さぁ。候補者を蹴落とすためじゃないか? ごくありふれた手法だと思うがね。これでオレの評価は駄々下がりだ。最悪候補者から降ろされる」

「そ、そんなことをしてまで、みんな……わたしと結婚したいんだ……」


 まぁ、政略結婚的な感じなのかもしれないけれど……。


「ハッハッハッ! やっぱりキミは楽しいな」

「ごめんね、ルフナ。わたしを助けるために」

「なーに。愛しのレディには代えられんさ。オレはこれで良かったと思ってる」

「……お仲間さんのことも?」

「…………」


 なんとなく、ルフナがこの酒場にわたしを連れてきたのは、話を聞いて欲しかったからなんじゃないかと思っていた。


「……ショックではあったさ。オレの知らない場所で、金持ちからの依頼で悪事を働いていやがった。アイツらのような奴には、金のためにああいうことを……させたくなかったんだが」


 ルフナはぐびっとお酒で喉を潤して、大きなため息をつく。


「オレたちの活動に金銭は発生してない。だから、仲間としての絆が出来上がっているものだと信じていた。でも、結局は…………いや、その絆を断ち切ったのはオレか……。立場から、振り払ってしまったのだから」


 ついにはテーブルにうなだれてしまうルフナ。

 彼らの間にどれほどの友情があったのかは知らない。だけど、少なくともルフナは悲しい思いをしているようだった。


「……アイツらの生活まで、担保してやれば良かったのかな」


 わたしは、顎に手を置きながら、真剣に考える。


「……うーん。どうだろう……でも、少し違ったかもね」


 ルフナは丸くなった目で、わたしを見つめる。それから、瞼を細めた。


「…………そう思うかい?」

「だって、生活に困っていたから、今回の依頼も引き受けたんでしょう? 盗賊さんたち」

「まあ……ね。依頼者との間で利害が一致したからこそ、実行したんだろう。その上で、オレが団長であることを知っている何者かが、婚約者候補から除外するために、盗賊(アイツら)を利用したってところだろうな。オレの正体を知ってたら、襲撃なんてしないよ……アイツらは」


 そういえば、盗賊の襲撃直前に視線を感じた。あれは遠征隊のほうからだったような気がする。本当に、遠征隊の中の誰かが……?


「……結成したときに、金銭のやり取りはナシというので、みんな結託したんだけどな……やはり金回りの問題は難しいなぁ……」


 ルフナがぶつぶつ反省している中で、わたしは考える。

 でも、誰なんだろう。ルフナのことを面白くないと思っている人……。


 え……。もしかしてクレイじゃないよね?

 でもクレイならルフナが団長であることも知っているし……。え、嘘。


「……どうかしたかい」

「あ。いや……」


 クレイがルフナをハメたところで、何か得をすることってあるのかな……。

 あっ、でもなんか、婚姻の儀そのものに不本意そうだったなぁ……。

 んもぉ~わからん! そもそもクレイだって襲われてたし! いやでも演技だったりしたら……。ん~、そんなことするかなぁ……。


「……優しく慰めてくれるモノかと勝手に思っていたけど、キミは本当に予想外のことを言ってくれるね」


 テーブルに突っ伏したまま、指先で小樽を突くルフナ。

 だいぶ酔いが回ってきたのかな?


「たらればだけどね。生活が困らなくなったからって、盗賊さんたちが今回のことをしなかったかどうかまではわからないよ」

「……キミは、わりとしたたかなんだな」

「ふふん。そう?」


 褒められた。わたし大満足。


「あ。というかお礼言っていなかったかも、わたしってば! 助けてくれて、本当にありがとう! ルフナ」

「礼には及ばないさ」

「…………」


 少し寂しそうな背中が目に入る。

 ルフナにとって余程のことだったんだ。

 小国の王子様が盗賊団を立ち上げたとき、彼らとの間には一体どんな物語があったのだろう。

 何も知らないわたしは、彼に答えのようなものを差し出してあげることはできない。だけど、少しでもルフナには元気になって欲しかった。


 わたしは、ルフナの形の良い後頭部に、そっと手を当てる。


「なでなで。ルフナ、頑張ったよ。元気だしてね」


 何度でも触っていたいくらい、本当につやつやの金髪。

 ルフナはこちらを振り返ることも無く、ただ受け入れてくれた。


「……気持ちが、いいな」

「……え?」

「あまり……女性に、こういうことを……されたことが………ない……から……好きなの――か――――――」

「な、なんか恥ずかしくなってきたから、辞める」


 そっと手を引っ込めて隣のルフナを見ると、小樽を掴んだまま寝息を立ててしまっていた。

 わたしの手のひら、癒やし効果あったりする? 聖法ナシでも。


「ふふ、お疲れ……盗賊の王子様」


 眠ってしまったルフナの頭を、もう一度なで始めるわたしだった。

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