15話 旅路

「――アレは私の兵隊だ」


 雨が降るどこかの森林で、騎士団長のシンクは、婚約者候補のキームの背に――、自身の触媒である“刀”を突き立てながら言った。


「……どういうことですか?」

「悪い虫を追い払っただけのこと。おてんばな姫もこちらでコントロールせねばなるまい」


 これで、盗賊の肩書きを持った小国の王子は婚姻の儀から実質脱落となるだろう。残るはこの男と、ニルギムのみ――。


「……違いますよ。この今の現状について、訊ねているのです」

「貴公と少し話したかったのでな。このような不躾、失礼する」

「随分と乱暴なお方ですね」

「貴公は……ルクティー様に惚れておいでか?」

「…………ええ。もちろん」


 キームの表情は見えない。しかし、シンクにはわかっていた。

 その気持ちが、偽りにも似た酷くねじ曲がった、歪んだ“愛”なのだと。


「そうか……」

「まさか、貴方も惚れているとか……?」

「…………」

「……殺しますか? この僕を」


 静寂の中、ドヒュ――と、何かを切り捨てる音と共に、濡れる森が鳴いた。



 * * *



 酒場から20日ほど北東に進んだところで野営の準備をしていると、丘の下に小さな町々が見下ろすことができた。


 大きな教会を中心に、小さな民家が連なっている。プリスウェールドとは規模も雰囲気も全く違う。

 わたしにとっては、まさに異国! という感じだった。


「わぁ……あそこが、フレイムリード……!」

「ここまで辛くなかったかい? 旅慣れはしていないんだろう」

「ううん。むしろ、イロイロ夢が叶っちゃった」


 ルフナと二人旅はとても刺激的なものだった。

 途中で山賊に襲われたり、道中で困っている人を助けたり、たまたま見つけた洞窟の攻略など、まさにわたしが想い描いていたような冒険の日々だった。


 クレイと二人だとこうはいかない。絶対にプリスウェールドの付近じゃないと冒険させてくれないもの。


「山賊との戦いも、わらしべ人助けも、洞窟でイロイロなアイテムを見つけたり、とっても楽しい毎日だったよ!」

「キミが洞窟で手にするアイテムのすべてを持ち帰ろうとするのには笑ったよ」

「だって、どれもこれも魅力的だったんだもん」


 わたしは、想い出と称して鞄一杯に様々な効力を持つ調剤の元となる薬草、武器や防具の元となる鉱石や魔石の欠片などを持ち帰ろうとした。そしたらルフナに「もう少し吟味してはどうだい?」と笑われたのだ。


「冒険は楽しむのが一番だ。キミの気の向くままで良いと思うよ」

「それ、わたしが尊敬する冒険者も言ってた!」

「ニルギム殿かい? 彼、有名人だよな。……一度、彼の冒険パーティーに入れてもらいたいものだな」

「えーいいじゃんそれ! 楽しそう! いつかみんなで一緒に冒険の旅に行けたらきっと楽しいね!」

「それは……とても楽しそうだね」

「クレイは文句言ってくるだろうけど……」

「大丈夫さ。彼はキミが行くなら付いてくるよ。絶対」

「……クレイ、どうしてるかなぁ……平気だと、いいなぁ」


 盗賊に襲われてから以来会えていない。

 こんなに長い間クレイと離れることがあまりないので、不安だし、心配だ。


「彼には……悪いことをしたな。オレの仲間が……」

「ルフナが命令したわけじゃないよ。それに、クレイは強いから絶対平気!」

「……そうだな。キミが認める男だ。信用しよう」

「あとは、もっとルフナと仲良くなってくれると良いんだけど」

「どうかな。あちらにもイロイロ事情はあるだろうしね」

「事情……?」

「ああ、こちらの話だ。気にしないでくれ」


 ルフナはくすりと笑って、焚き火の準備を始める。


「それにしても、ルクティーはこの旅でだいぶ成長できてんじゃないか?」

「もうクリグリー・ベアにビビっちゃうようなわたしじゃないかも!」

「……まったく、パワフルなお姫様だ」

「そっちこそ。冒険慣れした王子様」


 わたしたちは互いに笑いあった。近隣の森林に仕掛けたトラップに引っ掛かった動物を調理して、自然界に感謝しつつも胃袋に収める。


 城の中で暮らしていたんじゃ絶対に経験できないことばかりだ。そんな日常に、わたしも少しずつ順応し始めていた。


 夜も遅くなったので火を消し、外套に身をくるんで眠りにつく。

 きっと、明日にはフレイムリード小国に到着するだろう。



 そこで――わたしの呪法が解けるかもしれない。

 わたしは、ルフナとの酒場での出来事を想い返す。



 ――あと、243日……。




 ――

 ――――

 ――――――20日前、酒場にて。


「ルクティー、キミはもしかしたら呪法にかかっているかもしれない」

「えっ――! んぐっ」


 突然の告白に驚く。どうして知っているの? まで聞いてしまいそうになって、わたしは慌てて両手で口を塞いだ。


「どうやら……勘違いじゃなさそうだな」

「……ごめんなさい。あまり、話せなくて」

「国柄的に、呪法特有の薄い霧のような魔力にはワリと敏感でね。婚姻の儀――あの場において、何者かが呪法を発動したことはハッキリとわかったよ」


 ジレッド先生から聞いたことがある。呪法は魔法や聖法と違って魔力の放出量が極端に少なく、魔石から光の粒子も現象としてほぼ出現しないって。

 だから、大抵の人は気付くことができない。でもルフナはそれを肌で感じることができるらしい。


「呪法そのものの作法についてもわかってるつもりだ。だから、キミから何か発言したりはしなくてかまわない。しかし、そうか……自覚があったか」


 ルフナがとんとんと机を叩きながら、しばらく考える。


「……犯人の目星は付いてはいるが……今この場では言えないかな」

「それは……どうして?」

「確証がないまま、キミに変な先入観を植え付けたくない」


 ルフナは再び長考に入る。そして、わたしの目をみてこう言った。


「……ルクティー、オレの故郷へ行こう。二人で」

「ええっ!?」


 そして――彼はこう言ったのだ。


「もしかしたら、キミにかかっている呪法が解除できるかもしれない」

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