16話 デート
丘から道なりに坂を下っていくと、石造りの街並みが見えてきた。
遠くから見ても美しかった教会が、近づいてみるとより立派に見える。
「キミの城と比べると、だいぶ小さいだろう」
「比べたら小さいね!」
「ハハハ。気持ちの良い返事だ。でも、気に入っているんだ。この小さな故郷を」
帰郷したルフナが嬉しそうに語る。
この小さな街に、ルフナの幼いころからの想い出が、たくさん詰まっているのかと思うと、不思議と愛着が湧く。
街の中を進んでくと、いつの間にやらルフナの周囲に人だかりが出来ていた。若い女性から、元気なご老人、子供まで。
「きゃ~、ルフナ様~! こっちむいて~」
「こんなところに素敵なレディが居たなんて全然気付きませんでした。今度行きつけのカフェでご一緒に紅茶でもどうですか?」
「ルフナ王子ぃ、この間手伝ってもらった野菜の収穫が――」
「またお手伝いしますよ。そして頂きましょう。ご老人、いつまでもお元気で」
「ルフナ王子ー、また一緒に駆けっこやろうよー」
「おっと少年。この私に勝てるかな?」
秒でナンパを吹っかけるルフナにも驚いたけど、完璧な王子様っぽい振る舞いをしていても、わたしはこの人の酒場での一面を知っている。それが、なんだか可愛らしく思えた。
「……ルフナって慕われているんだね」
「ありがたいことに。だから、みんなの想いはいつか必ず返したい。そう思ってるんだ」
「プリスウェールドの王様になったら、何をしたいの?」
自分で言って、それってわたしと結婚したら……ってことじゃんと気付く。
「キミの伴侶になれるのなら、まずはキミを幸せにしてみせるよ」
「……そういうこと、聞いてないんだけど」
「……オレは、貧しい人たちを無くしたい。より良い国をつくりたい。みんながルクティーみたいに笑ってくれれば、オレはそれで良いんだ」
「…………そっか」
途中通りがかった路地裏で、ボロボロの服を着た子供や老人がいた。
道行く人は誰も助けたりしなかった。そこまでの余裕が無いのかも知れない。そんな中、ルフナは第一に声をかけ、水や食料を提供していた。
中には怪我をして放っている人もいたので、わたしが聖法で怪我を治してあげると、ルフナは大きな瞳で驚いて、「ありがとう」と素直な気持ちで応えてくれた。
ルフナは本当に良い人だ。盗賊稼業のことは、ここでもナイショなのかな……。
人混みをかき分けて進んでいると、ルフナが人差し指を立てる。
「あ。そうだルクティー」
「ん?」
「せっかく来たんだ。フレイムリードを案内しよう」
「それって、デートってこと?」
「フフ。そんな約束していたね。では、満を持して、エスコートさせて頂こうじゃないか」
まるで演劇の主人公みたいに大袈裟に跪くルフナの手を取って、わたしは微笑んだ。
「……よろこんで!」
* * *
わたしたちは色々な食べ物を売っている市場で、ルフナオススメの塩辛い魚の干物を食べたり、甘いミルク菓子を頬張った。
「ルクティー、ほっぺに食べかすがついてるよ」
「やだ恥ずかしい!」
ゴシゴシするわたしを見て、ルフナが笑った。
「ハハハ。キミと居ると退屈しないな」
「わたしも、ルフナと居ると楽しいよ」
また――、ときには露店のアクセサリー屋さんにも顔を出す。
「んーこれかわいいなあ」
「ルクティーなら、こっちのほうが似合いそうだけどね」
真鍮色のペンダントで、トップには愛らしい花とお月様のマークが下がっている。
「素敵!」
「せっかくだ、プレゼントするよ」
「えぇー、そんな! 悪いよ」
「キミは金なんて腐るほど持っているだろう? 小さな露店で出逢った素敵な想い出くらい、持って帰って欲しいんだ」
「……そう言われちゃうと、何も言い返せないなぁ」
「そういう作戦だからね」
「あー! なんかズルい! ワル!! 狡猾だ!」
「アッハッハッハ――」
* * *
買い物を終えたわたしたちは、聖火広場という場所にやって来ていた。
広大な石畳が広がる場所で、中心には巨大な燭台と炎が燃えさかっている。
ここが――この街がフレイムリードと言われる由縁でもあるのだという。
「これはレプリカさ。まぁシンボルみたいなものだね。本当の“聖火の焔”は教会にあるんだ」
ルフナが教会のほうを指差す。
授業で聞いたことがある。フレイムリードの教会には、全国から呪法被害者が集まり、特別な“聖火の焔”の力を持って、呪法を解除しているのだと。
その功績が世界的にも認められ、フレイムリードは近年存在感を示している。
また、聖法使い憧れの地とも言われており、ジレッド先生も前々から言ってみたいと愚痴をこぼしていた。わたしの教育があるから行けねーよオイどうしてくれんだよとかなんとか……。知らないよ、そんなの。
「へぇー……みんな、お祈りをしているんだね」
先ほどから、広場に入ってくる人たちが、両手を合わせて祈っている。苦しそうだったり、楽しそうだったり、人々の表情は様々だ。
「日課の願掛けみたいなものさ。この街の住民にとって、炎は特別な意味を持ってる。あとは観光地としても機能してるから、旅先の人たちが安全祈願していったりね。この街で一番人が集まる、賑やかな場所だよ」
「ふーん……それで、ルフナはいつもナンパしたりするんだ?」
広場にはわたしくらいの若い女性もたくさん居る。街の入り口でも普通にナンパしてたし、もはや生活の一部的な感じになっているのでは……。
でもジレッド先生と違って成功率高そうだな……。
「素敵な女性を見かけてしまうとついね。声をかけないのは失礼かと思ってね」
「やっぱり……色んな人に言ってるんだ。最低」
「おっと……すまない、あまりキミを怒らせたくはない。だけどオレにもオレの信念というものが――」
ルフナの表情が少し怯み、焦っていた。それが、なんだかとっても面白い。
「なに焦ってるの? ふふ、おもしろ」
「……ま、まさかキミにからかわれるときがくるとはね」
「いつかの仕返しです~」
「これは参った。キミの前ではもう他の女性をナンパしたりしないよ」
「居なかったらするんだっ!!」
思っていた以上に大きな声が出て、わたしたちは笑った。
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