17話 没落貴族はスラム出身

 日が落ちてきて、広場の聖火がより美しく輝くようになってきたころ。

 観光客は宿に戻り、日課のお祈りをしていた人たちは、そろそろ夕食の準備を始める頃だろう。

 わたしたちは二人で聖火の焔を見ながら、たわいない話を続けていた。


「――そういえば、ルフナの魔法ってどうして炎なの? 魔力の性質変化は凄く難しいことでしょ?」

「……オレの闇を照らしてくれたのが、炎だったからかな」

「……ナニソレ」

「ハハハ。子供の頃の話さ……興味、あるかい?」

「聞きたい! ルフナのこと、もっと知りたいよ」


 ルフナと一緒に旅をするようになって、わたしの気持ちは少なからず変化してる。

 だって、もしかしたら結婚相手になるかもしれない相手だ。

 好きかどうかは、まだわからない。

 ただ、彼のことを、もっと知りたいと思うようになった。


「オレは――没落貴族の子でね――……」



 * * *



 産まれはフレイムリードの貧困街――所謂スラム街さ。

 気が付いたときには肉親は居なくて、いつも独りぼっちだった。


 その日食べるパンを手に入れることで頭がいっぱいで、友人や知り合いも誰も居なくてね。ムリして笑顔を作ることも、きっとできなかったと思うよ。


 当時は10歳くらいだった。

 生きるためにとにかく金が必要なことだけはわかっていたから、何か仕事がしたくて街を練り歩いたんだけど、当然誰も相手になんてしてくれない。スラム街だしね、みんなひもじかったんだ。


 仕事ができなければ金が手に入らない。金が無ければ腹が減る。腹が減れば活力が無くなっていく。そうなれば……おのずと人は死ぬようになってる。


 そんな死のサイクルについて考え初めて、毎日毎日、気持ちが沈んでいたんだ。


 そんなときでも毎日欠かさずやっていたことが、聖火の焔に祈りを捧げることだった。

 薄ぼんやりと記憶に残る母親が、毎日そんなことをしていたような気がして……本当に。ただなんとなく。縋るような気持ちでやっていた。


 スラムの夜は冷えるし、明かりなんてないから本当に真っ暗闇でね。

 子供なりに恐ろしかったんだ。だから、いつもこの広場で暖を取っていたんだけど、居座りすぎて追い出されてしまったのさ。


 毎日お祈りをしていたからそれが出来なくなったショックと、冷えすぎで体調を壊して、本当に死にかけていたんだ。


 そんなとき、名前も知らないスラム街のおじさんが、オレを拾って面倒をみてくれて。

 今思えばだいぶテキトーで、本当に気まぐれだったのかもしれないけど、その人から火の付け方を教わって。「これがスラムの処世術だ!」って言ってたんだ。


 それをオレは真に受けて、真面目に練習した。自前で木材集めて、それで、一人の力で火を起こせるようになったんだ。


 チラチラと小さく灯る、その炎が――。


 本当に綺麗だと思って。


 まるで“聖火の焔”の力が、この小さな火にもあるような気がしたんだ。

 オレは持たざる者だったけど、コイツさえあれば大丈夫だって。


 おじさんも「祈るなら別にそれだっていいだろう」って。

「あんなのは所詮レプリカだ。祈りに必要な火種は、いつもお前の胸の中にあるんだよ」って言ってくれて。


 それ以降、聖火広場にわざわざ出向いて祈るのを辞めて、オレは自前で作った火を前に祈るようにしたんだ。


 そんなある日。

 急におじさんが苦しそうに倒れた。


 オレは彼を担いで色んなお医者さんを駆け回ったんだ。だけど、やっぱりお金がないと診てくれてなくてね。

 そんなとき――金持ちの人がスラムを物色しにきていて。……良くあるんだ。スラムの孤児は金持ちに買われたりすることも多いから。


 お金を貸してくれないか、って頼んでみた。そしたら坊やには払ってもいいけど、そこの老人のために金を使うのはイヤだって笑われて。


 オレ、カチンと来ちゃってさ。

 大人しく金をもらっておいて、おじさんのために使っちゃおうとか、そういう狡いことにも全然頭が働かなかった。気が付いたら殴ってたよ。


 イヤだったんだ。オレが良くて、おじさんがダメな理由に全然納得できなくて。


 当然オレは捕らえられてボコボコにされて、おじさんもそこら辺捨てられちゃって、二人で空を眺めてたんだ。


 そのとき、おじさんが言っていたよ。



「――ああ、俺ぁ金が大好きだけどよぉ……嫌いなんだよなぁ」

「……どういう意味」

「金は、決して俺たちを助けちゃくれねえからよぉ」

「アンタは、オレのことを……助けてくれたよ」

「あぁ? そうだっけかぁ? まぁ……なんでもいいけどよぉ」

「…………オレは、感謝してるよ。アンタに」

「ああ……その言葉だけで、十分さ」



 その言葉を最後に――おじさんはそのまま息を引き取ったよ。

 それで、おじさんに教えてもらった火の付け方で、彼を火葬した。


 祈ったよ。おじさんに。


 そのときかな。炎ってのは、おじさんを天国にも連れて行ってくれるのか――なんて便利なシロモノなんだって思って感動したんだ。


 それで、何を想ったのか――、

 オレは思わず目の前でゆらゆらたぎる炎をグッと握った。

 綺麗で、美しくて。消したくなかったんだ。そのときの火を、ずっと手元に残しておきたかったのかな……きっと。いや……今にして思えば、という話だよ。


 もちろん大やけどさ。そのとき初めて、火ってのは恐ろしいものでもあったんだなということに気が付いたんだ。

 人を天国に葬ることもできるし、人を傷付けることもできるんだって。


 それでバカなエピソードが一人歩きして――火掴みのルフナ、とか噂されるようになったときに、スラム街に教会からの使者が来たんだ。君には魔法使いの素質があるって。


 意味は良くわからなかったけど、質問やテストみたいなものにいくつか答えて、最後にこんなことを聞かれた。


「坊やにとって、炎とはナニかな?」

「――“命”です」


 その言葉が、明確にオレの中で、何かのトリガーになった感覚はあったな。それ以降魔力を炎に性質変化できるようになっていた。


 それを見た教会からの使者が何か大騒ぎして、トントン拍子にオレは跡継ぎの居ないフレイムリードの養子として迎え入れられることになったんだ。


 なんてことはない、オレの些細な日常さ。



 * * *



 ルフナは右手の手袋を外す。

 痛ましくただれた暗褐色のケロイドが、手のひらから手首にかけて伸びていた。


「こんな痛ましいオレも、そんなに悪くないだろう?」


 ――絶対……痛かったよね。

 それでも、当時のルフナは触らずには居られなかったのだろう。軽快な口調とその奥に隠れた純粋なその気持ちに、不思議と涙が溢れる。


「うん……そうだね」

「ルクティー、泣いてるの?」

「だって……可哀想でぇ……」

「キミは、優しいんだね……ただ、本当に悲しませるつもりはなくて。笑って聞いてもらえればそれでよかったんだけど。どうやら、失敗だったみたいだ」


 ルフナが自虐的笑みをこぼしてから、ひょいと立ち上がった。


「さぁてと――湿っぽいのは苦手だ。そろそろキミの呪法を解除に行こう」


 ――そういえば、本題はそうだった。

 ルフナとのデートやお喋りが楽しくて、すっかり忘れてしまっていた。


「……本当に、解除できるのかなぁ」

「何事もやってみようじゃないか。聖火の焔は、祈ってこそだよ」


 わたしたちは、レプリカの聖火の焔を横切って、教会へ向かった。

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