18話 聖火の焔

 教会の内部には燭台が地面や壁に均等に設置されていて、室内を赤々と照らしている。プリスウェールドにも教会はあるけれど、趣が全然違う。まるで遺跡の中みたいな、暗がりからモンスターでも出てきそうな不気味さがあった。


「ルクティー、ちょっとここで待っていてくれ。神父様を呼んでくる」


 ルフナが先に行ってしまったので、広場の椅子に腰掛ける。

 大きな広間の最奥には、本物の“聖火の焔”があった。


 轟々と絶え間なく燃え続ける炎は、まるで生命の根幹のよう。決して弱まることはなく、これからもこの広間を延々と照らし続けてくれるのだろう。


 ……なるほど、確かに、これは。

 初めてみたわたしが思えるくらいには、広場のものが偽物だとわかる。

 まるで、“生き物”と、“模造品”を比べているようだった。


 ――本当にわたしの呪法は解除できるのかな?

 期待半分。不安半分――だった。


 ジレッド先生も言っていたけれど、呪法というのはケースバイケース。

 掟や禁忌など、複雑な構成をしているため、例え聖法であっても簡単に解除することは難しい。


【術士A】が【呪法被害者A】にかけた【呪法A】を【聖法使いA】が解除できなくても、相性の良い【聖法使いB】ならば、あっさり解除できてしまったという話も聞く。

 その際、【聖法使いA】が未熟であるわけではない。反対に【術士A】がかけた【呪法被害者B】の【呪法A】を【聖法使いB】は解除できなくても【聖法使いA】は解除できたなど、決してパターンに収まらない。


 術者、被害者、呪法の内容、聖法使い、そのどれもが複雑に絡み合っているため、集まったパーツが偶然――上手くいけば、解除することができる……程度のもので、聖法を過信することはできないのだ。


 他の呪法を知っているわけじゃないけど、わたしのは得に意味がわからない。

 真実の愛ってなんだ。それができなきゃ死ぬってなに!? どういうこと! っとわたしは未だに叫びたい気持ちだ。


 わたしの乱雑な思考の中に、涼しげな声が混じる。


「お待たせルクティー、こちら、フレイムリードの神父、メリケル様だ」


 ルフナが連れてきた全身白服に白髭のお爺さんが、ゆっくりとわたしの前に姿を現す。


「このたびは、よろしくお願いします……!」

「おやおや可愛らしいお姫様だ。これはルフナが黙っていないわけだな」

「神父様、お話はした通りです。“さっさと”、聖法による解除をお願いします」

「ほっほっほ。ルフナが人前で……ほほほ。なるほどなるほど……ルクティー様は、相当ルフナ様に気に入られてますな」

「え。そうなんですか?」

「ええ。ルフナは基本外面を作っておりましてね、内心では何を考えているかわからないのです」

「“さっさ”と!」

「……うるさいのぉ」


 ルフナとメリケルさんもだいぶ仲良しそうだ。


「では、ルクティー様。こちらの“聖火の焔”の前まで」


 わたしは指摘された場所で立ち尽くす。


「これでいいんですか?」

「ええ。まずはお身体へのカウンセリングから始めますね」


 メリケルさんは持っていた立派な装飾の杖をそっと背中に当ててきた。

 やがて、聖火の焔から火の粉が飛び上がるみたいに、魔力の粒子がブワッと広がり――それがわたしの周りに集まってくる。


「……これは?」


 わたしは傍で立ち尽くしているルフナに質問する。


「“聖火の焔”の下部には大量の魔石が敷き詰められていて、それらを溶かして動力としている。要は聖法の効力を引き上げているんだ」

「へえ、そんなことができるんだ」

「魔力の源泉のようなものが、この地下にはあるらしくてね。ここでしかできない。だから普通の聖法じゃ解除できない呪法被害者が集まってくるのさ」


 引き続き、メリケルさんが魔力を練っているのが肌感覚でわかる。

 メリケルさんの魔石も、聖火の焔の下部に敷かれているという魔石も白色で、さっきからわたしは白い粒子のキラキラに包まれていた。


 さて……どうなのだろう。解除できるのか。ダメなのか……。

 少しドキドキしていると、メリケルさんが後ろで唸る声が聞こえた。


「んん……ぅ」

「どうかしましたか?」

「いえ……解除が……できそうで……できないですな……」

「神父様? 何をテキトーなことを?」

「本当にそうなのだ。どうにも、複数の術者の思念が混じっておるような感覚で……簡単には解けぬ複雑な呪法になっておる」


 ――複数の術者!?


「そんなことがありえるのか?」

「原理的に不可能ではない……が、前例がないからのぉ……所感で申し訳ないですが、おそらく、術者自身も意図して今の形の呪法にしたかったわけではない気がしますなぁ」

「それって、犯人はわたしに呪法をかけるつもりはなかったという意味ですか?」

 思わず口から言葉が飛び出してから――んん? これ禁忌に触れてるかも!? と思った。


 次第に冷や汗が吹き出てくる。

 コンマ数秒遅れて、


「あっ」



 ――あと、“233日”……。



 こんなことで、寿命が10日減っちゃったよ……。さ……最悪。


 今この場のにいる人は、わたしが呪法被害に遭っていることを知っている。それでも、“他者へ伝えてはならない”っていうこと……?


 いや――そうか……! 他者がわたしを呪法被害者であることを知っていたとしても、それは当人がそう感じているだけで、別に“答え”を持っているわけじゃない。

 ルフナだって、わたしが呪法にかかっていることを間接的に感じ、わたしの反応から、そうだと思っているだけ――。

 だから、知っていようが知っていまいが、わたしが初めて告白してしまうことで、それは禁忌となってしまう。

 術者、もしくは呪法のシステムが、そのように捉えているのだから。


 ……でも、クレイに告白したときの十分の一分の罰(ペナルティ)で済んだ。

 これはやっぱり伝えた他者がそもそも知っているから……?


 だったらノーカンにしてくれてもいいじゃん! とは思ったけど、まぁペナルティには大小あるみたい。呪法について一つわかった、とポジティブに捉えよう。


 うん、そうしよう!(やけくそ)

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