36話 二人きり

 兄様がずかずかと乗り込んできて、玉座の前で横たわっているキームさんの元にやってくる。


「キーム殿! やむにやまれない呪法というのは解除できましたかな……!?」

「………………ルクティー様……これは…………一体」


 ルフナの魔法から解放されたキームさんが、ポカンとした顔でわたしを見上げる。


「さっきの光の柱は……兄様がやったの」

「その通り! 魔力を媒体に物質を透過するビームに憧れがありまして~魔砲というカラクリを開発中だったのです! ちょうど大量の白魔石も入手したところだったのと、キーム殿が厄介な呪法にかかっているとの話を聞きましたのでボクに白羽の矢が立ったというわけですな。いやあ今回の実験大変有意義なものなりましてキーム殿の呪法も解除されたようだし、あ! このあと少しお話を聞かせて頂いても? ぜひ被検体としての意見――――」

「ごめん兄様、もう大丈夫だから」


 早口でぺらぺらペラペラいつもの兄様のペースに持って行かれるまえに、わたしはテキトーに話を遮って、続ける。


「玉座の下、兄様の研究室なの。合図して放射してもらったの」


 魔砲は見せてもらったことがあるけど、とても動かせるようなモノじゃない。だから、キームさんを玉座まで誘導する必要があった。

 最初はわたしが秘薬を飲むフリをして近くまで来てもらって、すぐに放射してもらう作戦を建てたけど、それはわたしを巻き込んでしまうため危ないと二人に反対された。


「……大量の……白魔石……遠征の魔石を使ったということですか」

「そこは本当に偶然で。兄様がなんかフレイムリードから貰ってきたんだって。大量の魔石をどうやって持ち運んだのか、全然わからないんだけど」


 遠征で魔石がもぬけの殻になっていたのを確認した兄様は、ニルギムが犯人だと決めつけて、痕跡を追ってフレイムリードに向かっていたらしい。

 だけどニルギムは居なくて、代わりに十トンの白魔石を手に入れたみたい。……なんで?


「シンクさんが間に入ってくれたおかげで、制御の効かない兄様をコントロールしつつ、キームさんにかかった呪法を解除してあげたいって流れのお話になった」


 ……まぁ、兄様はただ魔砲を使いたかっただけだと思うけど。人様のために使う大義名分ができて、さぞ嬉しかっただろうなぁ……。


「あ……兄様、それ。言ってたヤツ。あげる」


 わたしは、キームさんの横で転がっていた小瓶を兄様に拾わせる。


「おぉ……! これが秘薬……! ありがたく受け取らせて頂こう……! ではボクは……フフフ……研究に戻らせて頂きます!」


 早口で何やら言いながら、兄様はそそくさと退散していく。

 兄様の煌めく瞳が、魔砲の結果から、秘薬へと移り変わった。

 ……まぁ、兄様らしいけど。


「兄様に……言わなくてもいいの? 本人、知らないんでしょう?」

「…………良いんです」

「……そう」


 クレイとルフナにもナイショの話だ。二人も良くわかってないだろう。


 キームさんが、血の繋がった実の息子の兄様に、どんな感情を持っているのかはわからない。二人は気の置けない友人で、それでよいのかも。


 実際、兄様にキームさんの呪法の話を出したとき、兄様らしからぬ心配の仕方をしていた。実験をしたい想いも強かったと思うけど、やっぱり兄様も人の子だ。そして、それはキームさんも……。



「……というわけで、キームさんにかかっていた呪法は消えたよ。不老不死のほうは治せないけれど、これで貴方は触媒も無いし、魔法も使えない。秘薬も無いし……もう降参してね」

「…………最期に質問しても良いですか?」


 婚姻の儀のときにわたしを見たときのような目で、キームさんが言った。


「……なぜ、あなた自身の、呪法を解除しなかったのですか……?」

「…………あっ」


 今更気が付いた。

 あの光の柱の中にわたしも入れば、わたしの呪法は解除されてたのかも。

 なんたって、白魔石が十トン分くらいあったらしいから。


「ええ~! そうじゃん。キームさんを無力化することだけを考えてたから、他のことに頭回らなかった~! 二人も気付かなかったよね!?」


 今更焦るわたしは、同意を求めるようにクレイとルフナを振り返る。


「いや……気付いてたよ。ただ……お前のアニキのよくわからん研究が、成功する確証もなかったし、そもそもキームさんと一緒にそのビームとやらを浴びせるって、正気の沙汰じゃないだろ作戦として。今回のだって、行き当たりばったり過ぎて成功したのはほとんど奇跡だしな。おれは未だに納得言ってねえよ」

「そういった意味では、キーム殿はディン第一王子の都合良い実験台にされたということだな」

「被検体とか言ってたしね……」


 実の息子にビーム浴びせられるのは、どういう気持ちなんだろう。


「ククク……そうですか」


 頬が緩むキームさん。兄様同様、良くわからない人だ。


「ちなみにルクティー様、残りの寿命は……あといかほどですか……?」

「えーと……残り、210日…………あっ」


 ――あと、“195日”……。

 緊張状態が一気にほぐれた反動か、油断していた。

 命のカウントがまた進む。またもやしょうもないことで寿命が削れた。


「キームさん……“知ってたの”!?」

「いえ? “知ってるのは”貴方とシンク殿だけです。カマをかけただけですよ。フフフ……今の僕にできる、ささやかな、抵抗です」


 キームさんは嫌らしい笑みを浮かべて、ニタニタしていた。

 うっわ……この人……やっぱり兄様の父親だ! わたしニガテ!


「寿命!? おいルクティーそりゃいったい」

「なんとなく勘づいてはいたが……やはり、そうか――」

「ああ~……えっと~……その~……」


 聞き捨てならないワードに過敏になるクレイと、何やらぶつぶつ言い始めたルフナに何をどう説明しようか迷っていると――、キームさんが身を起こした。


「ルクティー様……二人だけで、お話をさせてもらえませんか?」


 そんなとき、謁見の間の扉が開いた。やってきたのはシンクさんだった。


「……シンクさん」

「上手く行ったようですね。ディン様より聞きました。……込み入った話もあるでしょう。クレイ殿、ルフナ殿、席を外したまえ」

「待てよシンクさん、おれは全然納得してな――」

「……ルクティー、あとで二人きりでティーパーティだなっ」

「いやお前は何をナチュラルに誘ってんだよふざけんな」

「ふざけてなどいないが? オレはいつだって真剣だ。第一キミには一切関係ないだろう。負け犬クンめ」

「あぁ!? 今ここで受けて立ってやろうか!? エセ変態王子が!!」


 いつものようなケンカを繰り広げる二人をシンクさんは引きずりながら、一度足を止めて振り返る。


「キーム殿、これ以上ルクティー様を苦しめたら……そのときは――」

「……殺しますか?」

「ええ」


 少しの間も置かずに、ハッキリと明言するシンクさん。怖い顔も相俟って、物騒極まりない。


「やめてやめて、もう大丈夫だって!」

「私は……何があっても、ルクティー様の騎士ですので。貴方の幸せを……一番に考えている。害するものは……消します」

「わかったよありがとう! でも怖いからもう行って!」

「…………むう」


 シンクさんは口をへの字にしたまま、二人を連れて謁見の間を出て行った。

 謁見の間には、わたしとキームさんだけが残った。

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