35話 合わせ

「良いですね、単純明快で。勝てば貴方は僕のものになる! ……それだけで良い――!」


 キームさんが、わたしを目がめて真っ直ぐ突撃してくる。


「おいおい、キームさんよ、おれたちのこと見えてねーのか?」


 クレイがすかさずキームさんの突進を受け止める。

 キームさんは触媒を出すこともなく、クレイの刃に触れた。


「邪魔です」

「んなっ――!?」


 クレイが、投げ飛ばされるように、横方向に激しく吹き飛んでいく。


 ――今のは……魔法? 触媒ナシで……?

 おそらく、魔力を飛ばしただけの単純なもの。特殊な技なんて使わなくても、問題無いということ!?


「……ルクティー! オレの後ろに!」


 続いてルフナが、大量の黒煙とともに炎の壁を創りだした。

 突撃してきたキームさんが、炎の壁に直接ぶつかり、声を上げる。肉が焦げる匂いと、酸素を燃焼し続ける炎に、目を反らしたくなる。

 だけど、そうも言っていられない。

 攻防一体の火炎に、キームさんの着ていた服が焼け焦げ、肌が露わになる。


「ククク、酷いですね……すぐには止まれませんよ。ああ……服を新調したばかりだったのですが」


 上半身裸にになったキームさんの肌は、ルフナの炎で大火傷を伴っていた。ボコボコと変形、変色する肌の下には、幾何学模様が至るところに刻まれている。

 手。腕。腹。胸。背中。すべてに文字や模様が施されている。

 それ自体が何かの呪術であるような、不思議な魅力を持っていて、禍々しい。


「……表面を焼いてもダメか」


 ルフナがぼやく。

 事前に聞かされた通り、キームさんは自分の身体に何かしらの術式を刻んでいる。それは切断しても、表面を焼いても、結局は元の幾何学模様に戻っていく。

 つまり……攻撃をしても、結局回復してしまう。


「おらっ!」


 吹き飛ばされたクレイが遠くから緑の輝線――飛ぶ斬撃を繰り出す。

 キームさんの首元を狙う――が、すんでのところで避けられて、キームさんはクレイの方向に首を回す。


「あなたの攻撃はもう当たらないと言ったでしょう。邪魔しないで――」

「――うおりゃ!」


 その隙を見て、わたしはキームさんのお腹に思い切り拳を叩き込む。


「んぐっ……!?」


 ボグンッ――と吹き飛ぶキームさん。地に転がってから、腹部を押さえる。

 腹部に印字されていた模様が、少しだけ薄くなっていた。


 ジレッド先生が――言ってた通りだ。


 キームさんは、秘薬を飲んでるから怪我をしても復活するんじゃない。

 彼の身体の中で不老不死は働いているけれど、事故的なものにおいて機能を発揮するものじゃない。ジレッド先生の見解だった。


 だから、キームさんは無敵の身体をさらに補強している――。

 “自分自身にも呪法をかけている”。

 その結果が、“呪印”。狙ったのか副次的なものなのかはわからないけど、キームさん自身が触媒になっていて、魔力をそのまま自分の身から放出できるようになっているんだ。身体が負傷しても元に戻ろうとするのは、きっと呪印の形を崩さないように創造(デザイン)されているから……。


 呪印が呪法の結果の一つであるのなら――聖法による攻撃が通るのもわかる。

 わたしたちの見立ては間違ってない……勝機は――ある。


 ――ありがとうジレッド先生。先生がキームさんに立ち向かったこと、無駄にはならなかったよ! あとはわたしたちに任せて!

「バカ死んでねーよ!!」というツッコミが本人から入りそうだけど、突破口を見つけ出せて、少し気が楽になる。


「……なるほど。聖法なら、僕に対抗できると……ジレッドさんから助言をもらい、実行しましたか……。この放出量! 常人では考えられない……魔法のほうはからきしだと聞きましたが、素晴らしい才をお持ちだ」


 ポンポンと腹部を払って、キームさんが両手を翳す。


「キャンディスの依り代になるルクティー様の身体を傷付けることは鼻から考えていませんが……他はどうなっても良いのですよ」


「――ぐっ!」

「――なにっ」


 クレイとルフナが突然中に浮き、苦しみ始める。


「えっ、二人とも!?」


 目を懲らすと、キームさんの腕から、紫色の粒子が鈍く光っていた。


「クレイ殿が得意な、魔力を極力見えにくくさせる技術です」


 キームさんの腕から、粒子は距離の離れた二人のところまで向かっている。まるで、透明な圧力に締め付けられているみたいな。


「魔力の……手?」

「ご名答。流石はルクティー様。愛らしい容姿とは別に、戦闘思考力までお持ちなのですね」


 キームさんの両腕から伸びた魔力が、大きく肥大化した手のひらの形になっていて、直接二人を握りしめている。


「僕はこのまま二人を握りつぶしても構いませんし、ルクティー様が秘薬を飲んでくださるのなら、すぐにでも解放しますよ」

「…………っ!」


 どうする。どうする。どうする。どうする。

 わたしの頭の中で、幾度となくいろんな考えが過ぎる。

 こねくり回しても、最終的には無意味な文字列で脳が埋め尽くされた。


 結局何も思いつかなくて――。


「…………わかった。飲む」

「バカ野郎やめろルクティー!」

 クレイが叫ぶ。


「いいでしょう。あなたが飲んだのを確認したら、二人は離します」


 キームさんが、懐から取りだした小瓶をわたしに手渡す。


「キームさん……秘薬って、コレ一つだけなんですか?」

「ええ」

「……そうですか」


 わたしは、小瓶を口に持っていくフリをしつつ、思い切り地面に投げつける。


 ――結局!

 わたしはあれこれ難しく考えて最善の行動を取るよりも、思いつきで行動するほうが性に合ってる!! その場その場でなんとかしてみせる! どうにでもなれ!


「おやおや困りますね……勝手にそんなことしてもらっちゃ」


 キームさんの魔法の手――その“三本目”が出現し、わたしの投げた秘薬をキャッチしていた。


「……っ!」


 別に魔法の手が二本でなくちゃいけない理由はない。“手”だから、二本までだろうと、勝手なイメージを持ってしまってた。失敗した……!


「あなたにあまり乱暴なことはしたくないですが……秘薬は飲んでもらいたいので。少々強引ですが――」

「…………んんっ!?」


 突然、わたしの頬がぐっ――と何かに“掴まれる”。

 それは、キームさんの“四つ目”の魔法の手だった。


 顎を掴まれたまま、わたしは宙に持ち上げられていく。


「すいません。すぐに終わりますので」


 “五つ目”の魔法の手がポンと現れる。そして、無理矢理に口の中をこじ開けられる。


「いやあぁぁー! あぁぁあぁー!」

「拷問してるわけではないので、悲痛の叫びは辞めて欲しいのですが」


 “六つ目”の魔法の手が秘薬の小瓶を摘まみ――わたしの顔の前まで運んできた。

 口の中に魔法の指を奥まで突っ込まれて、口を閉じられなくなった。

 苦しさと悔しさで、自然と瞳から涙が流れる。


 これを飲んだら、わたしは人間じゃなくなっちゃう。

“人を愛することができない呪い”なんてものをかけられた上に、人としての生き方すら、この人に決められちゃうのか……。


 ――そんなの。

 ――そんなのって。


 冗談じゃない――!


 震える両手で、水を掬うように器をつくる。

 わたしは最後の望みをかけて“魔法”を放つ。


 全然形になってない。不得意なものだけど。最後の足掻きだ。


 目下のキームさんに、“ソレ”は注がれる。

 わたしの身体に無尽蔵に貯蓄してある魔力を。それはもうすべてを。滝のように。


 魔力は、自分の生命エネルギーだ。皆等しく持っていて、個人差がある。

 だから、他人の魔力というものは基本的に不快なものだ。

 もし、他人に唾を吐きかけられたら、誰だってイヤだし、腹が立つ。例えばそれを飲み込んでしまったら、体調が悪くなるかもしれないし、精神的な苦痛が伴う。


 魔力においても、それは一緒。


 わたしは魔力を自分の身体から離す――飛ばす技術が下手くそだ。

 だから、クレイやルフナのように魔力を放ってキームさんを攻撃できない。

 でも――、高い場所から、ただ、“垂れ流し続ける”ことならできる。


 そのうえ、わたしの魔力は特別に濃い。ジレッド先生も言ってたけど、プリスウェールドの家系は代々魔力が濃くて、一日の間に生み出せる量も常人の十五倍程度。

 魔力切れをすると立てなくなるって聞いたことがあるけど、そんな経験したことがないし、しそうな気配すらない。わたしのタンクは人より大きいから。


 そんな特濃の無尽蔵魔力を、キームさんは顔面から直に喰らっている。

 決して肉体的なダメージにはならない。でも、とんでもない精神的な苦痛を与えられる。


「うっ――ぐわっ!?」


 一瞬――、キームさんが出現させていた魔法の手がすべて消失する。

 その隙を二人は見逃さなかった。


 ルフナは瞬時に炎の蛇を展開させて、それでキームさんをグルグル巻きにして、動きを制限し、クレイは――幅広の剣を思い切り振りかぶった。

 部屋中に大きな風が巻き起こったかと思うと――“キームさんだけ”を思い切り吹き飛ばして、玉座に叩きつける。


「……ったく。いつもながらヒヤヒヤするわ。行き当たりばったりなお前との“合わせ”はよ」

「流石に今回はオレも焦った。……クレイ、キミも結構苦労してそうだな」

「いっつもだよ。何年幼馴染みやってきてると思ってる」


 炎の蛇に身を締め上げられて焼かれながらも、キームさんは笑顔を浮かべていた。

 身体への痛みは、キームさんにとってそれほど苦痛にはならないらしい。


「王女だというのに……大変お下品ですね。キャンディスは――」

「わたしは母様じゃない! ルクティー・プリスウェールド第二王女です!」


 キームさんの言葉を遮って、わたしは大きく息を吸った。



「兄様―――――――――!! おねがぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃ!」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――。

 わたしの叫びと共に城が大きく揺れて――わたしたちの目の前に、光の柱が現れる。


 光の柱は、玉座とキームさんをまるごと飲み込んで、しばらく照射され続ける。


「……な、なんだこれは!?」


 当然なから驚くキームさん。


「安心して。わたしたちは、あなたを倒したいんじゃない」


 やがて光の柱が先細っていき、光線による攻撃は終わりを迎える。

 キームさんの上半身の呪印が消え去っていることを確認すると、わたしたち三人はハイタッチをした。


 大量の白魔石を活用した――、“魔砲(まほう)”。

 魔砲とは、言ってしまえば巨大な触媒のことだ。ただし、魔法の放出は一人ではなく複数人で行う。フレイムリードで見てきた、“複合聖法”のように。

 そして、魔法を放出すると、通した魔石はすべてその効力を失う。

 本来魔石とは、効力が無くなるまでに何度も魔力を通さなければいけない。けどそんなのお構いなしに中身の成分を一発ですべて吸い尽くしてしまう欠陥品のような触媒である。

 そして、今回は白魔石を活用したので、聖法の効力を伴った魔砲になったことで、キームさんの呪印が消え去ったというわけだ。


 ちなみにわたしは詳しく知らない。

 だって、この洒落っぽい造語を創りだしたのは他でもない――――。


 謁見の間の扉がバン――と乱雑に開いて、突然誰かが乗り込んでくる。


「どうだった!? ちゃんとビームは出たか!? ボクのビームは!」

「大成功だよ。兄様」


 キームさんと瓜二つのプリスウェールド第一王子その人だ。

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