34話 タイムアップ
静寂に包まれる謁見の間にて――わたしは玉座についていた。
本来であれば許されない行為。だけどわたしは今、この城の最高責任者だった。
ジレッド先生の看病をする傍ら、行方不明となった兄様、シンクさん、キームさんの捜索を父様に依頼した。
軍隊のほぼすべてを取り仕切っていたシンクさん自身が行方不明なため、混乱しきった父様は難色を示していたけど、救世主がやって来た。
「捜索隊は俺が取り仕切るよ」
この発言にはわたしも驚いたけど、父様はビックリするくらい喜んでいた。
その上で、ニルギムは予想外なこと言いかけてきた。
「王様、一緒に付いてきてくれ」
凄腕の冒険者から誘われたことに父様は感激して、同行することになった。奇しくも冒険の誘いではなく捜索隊として、ではあったけど。
父様は、ニルギムと一緒に冒険をするのがかねてよりの夢だった。
たとえ冒険でなくとも、共に一つの目的を持って任務遂行のために背中を合わせる関係になることが、嬉しいのだろう。
そうなると、父様不在の間の城はどうするのか――という話になり、わたしに白羽の矢を立った。
婚姻の儀の最中でもあるし、候補者のルフナの名誉挽回も兼ねて二人で留守番をする、これはわたしたちの使命なんだ――! と力説し、なんとか事なきを得た。(実際の政は遠地のシンクさんと連絡を取り合って、代行に代行を重ねてなんとかなっている)
なぜ、ここまで面倒なことをしているのか……。
すべては……謁見の間にキームさんを呼び出すためだ。
わたしたちが探しにいくんじゃダメ。きっと見つけられないし、他にも……諸々の理由がある。
キームさんは、わたしに秘薬を飲ませようとしている。だから、わたしと二人きりになるのはやぶさかではないはずだ。
大きな窓から――、月明かりが差し込む。
やがて、コツ、コツ――と床を叩く革靴の音が聞こえてきた。
婚約の儀で会ったときのように綺麗な装いで、美しい黒髪を靡かせた彼は、わたしの前に姿を現す。
「…………あからさまな挑発と受け取りましたが……合っていますか?」
「そんな。わたしは、ただキームさんとお話がしたかっただけです」
「話……ですか」
挑発とわかりつつも、キームさんは現れた。
本当に、わたしに秘薬を飲ませたいんだ。
そして、不老不死になったわたしと一緒に、何年かけてでも母様の魂を入れ込むためのアイテムを探し続ける……。
そんなの……おかしいよ。
母様が生き返るなら、わたしだって嬉しい。
父様以外の男性に浮気してたのはショックだった。でも、わたしにとって肉親であることは変わらないから。
もう一度だけで良い。お話をしたい。
それが叶うなら、わたしはなんだって協力するつもりだ。
ただ、わたしの人格が死んでしまうなら、それは違う。母様だってきっと喜ばない。
人間のまま死ぬことを選んだ母様だ。きっとそう思うはず。
「僕の願いはただひとつ。“こちらの薬品”を、あなたに飲んで頂きたい」
キームさんは、懐から小瓶を取りだしながら言った。
「それが……秘薬ですね」
「話が早くて助かりますね。こちらをあなたが飲んで頂けるなら、僕はあなたの言うことを何でも聞きます」
つまり――、人間を辞めろということだ。
「……できないです。ごめんなさい」
「交渉決裂……ですか。ならば、あなたを再起不能にして、無理矢理飲ませるという、少々乱暴なやり方に――」
「キームさん。一つだけ聞かせて」
わたしはキームさんの言葉を遮って、玉座から降りる。
「キームさんにとって、真実の愛ってなに?」
「面白いことを言いますね……いつまでも変わらない、強い想いでしょうか」
良い言葉だ。
母様のことをずっと、一途に深く想い続けているのを感じる。
きっと、嘘ではないんだろう。
「二人だけの世界なら……それもいいと思います。でも、実際は違う。母様に瓜二つのわたしの身体が必要なんでしょ? わたしの身体に母様の魂を入れられる方法があったとして、娘の身体で復活した母様はどう思うかな」
「もちろん喜ぶでしょう。僕と……再び愛し合えるのだから」
「本当にそうかな。だったら、なんで秘薬を飲んでくれなかったの?」
「……何が言いたいんですか? キャンディスは僕のことを愛していないと?」
「母様が、本当にキームさんとずっと一緒に生きていたいって思ったなら、飲んだと思う。……でも、そうしなかった」
「…………貴方になにがわかるのです」
「わからないよ。“人を愛することができない呪い”なんてものをあなたにかけられたんだから! 今となっては、わたしが大好きだと“感じていた”母様への想いが本物だったのか、偽物だったのかすらわからない。わたし……そんな可哀想な生き方をしてきたんだよ。あなたに呪法をかけられてからこれまで。七年間ずっと……!」
つい声が荒げてしまう。
わたしは、少なからずこの人にムカついていた。
七年間も呪いに晒し続けた上に、今は人間じゃなくしようとしてるんだから、当然だ。殴りかかってもいいくらいじゃない?
「母様は……優しくて、良くも悪くも凄く普通な人だった。だから、人に迷惑をかけることを何より嫌ってたの。あなたみたいに自分の要求を通すために他人を利用するような人……心の底から好きだったとは思えない」
「キャンディスは言ってくれましたよ。僕に……愛していると」
「きっと、母様は寂しかったんだ。冒険ばかりに現を抜かす父様の影で泣いていた母様を……あなたは見てきたんでしょう? そんな母様の寂しさをキームさんが埋めてくれてたって言うなら……! わたしは納得する。母様に、一時の幸せをあげてくれてありがとう。でも――そこから先は、絶対に違う! 母様は、人間になるのを辞めてまで生きたくなかったし、人間じゃなくなった娘の身体でまた生きたいなんて、絶対思わない!」
「…………」
わたしが言い切ると、キームさんは深くため息をついて、玉座に歩みを続ける。
「……今でも後悔してますよ。あのとき、キャンディスは秘薬を飲むべきだった。無理矢理にでも、僕が飲ませるべきだったと」
「……お願いキームさん。もう一度自分自信に聞いてみて。あなたが好きだったキャンディス妃は……本当にそれで喜ぶと思ってるの……?」
「…………」
「キームさんは、絶対にわかってるはずだよ」
赤い絨毯にキームさんの靴が乗る。目前には玉座に続く階段がある。
「一時でも両思いだったことがあるのなら、通じ合っていたことがあるのなら――母様の優しさに触れたことがある人なんだって言うなら……! 母様の気持ちに気付かないわけない!」
「…………喉越し柔らかに、果実の香りに調合してあります。決して飲みにくいなんていうことはないでしょう」
「キームさん!」
キームさんの足が、階段の一段目に触れたとき。
玉座の裏から、人影が移ろう。
「「タイムアップだ。ルクティー」」
クレイとルフナが、触媒を構えながらわたしの前に出てくる。二人には、もしものときのために玉座裏で待機してもらっていた。
ぎりぎりまで粘ったけど……上手くいかなかった。
やっぱり、キームさんを言葉で説得させることはできない。
それなら――――!
「ごめんねキームさん。荒事はイヤだったけど……しょうがないよね」
触媒のグローブをグッパグッパしてから、キームさんに指を指す。
「わたし、少なからずあなたには怒ってるの。ボコボコになっちゃっても、知らないからね!」
――あと、210日……。
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