33話 愛の形

 ――キームさんが母様を好いていた。一方通行ならわかる。

 そういうこともあるとは思う。だってキームさんは独身だ。じゃないと婚姻の儀の候補者になる意味がわからない。

 だけど……、母様がキームさんを愛していたのは……一体、どういうこと?


「まぁ、混乱してるよな。……まずは俺が知ってるコトから話していこう。今より二十数年前、アーサム王は片手間で王政をしつつも、まだ冒険者稼業を続けていた。だから、城を空けていることが多々あった、らしい」

「自慢話で良く聞いたことはあったけど。まさか……それで?」

「……そう簡単な話じゃないさ。ただ、二人の間で関係ができたのは、おそらくそのころだろうな。ルクティーが生まれたのをきっかけに、アーサム王は冒険者を引退し、王政一本でやっていくようになった。これが十八年前」


 父様は、若い頃の話が大好きで、良く過去の自分の冒険譚を自慢してくる。おかげで今のわたしがあるんだけど……。

 今の肥えた姿からは想像も出来ないけど、父様は根っからの冒険者。実は、立場から王様をやらざるを得なかった人間なのだ。今は、わたしがちょうどその立場になっているわけだけど。


「このころの話を俺は良くは知らない……だけど、七年前、俺視点から見たキャンディス妃は、病に苦しめられつつも日々寂しそうだったな。今にして思えば……病床から窓の外を眺めながら、誰かを待っている感じだった」

「でも、……浮気だなんて」


 さっきまで亡き母に想いを馳せていたのに、急に谷底に落とされた気分だ。

 第一、二十数年前からずっと続いていたっていうこと?


「ああ。ルクティー、お前が正しいよ。浮気なんてするほうが悪いに決まってる。ただ、大人ってのは、必ずしも正しくは居られないときがある。お前に隠し事をしていた俺のようにな」

「先生を引き合いに出すのはズルいよ。……わたし、怒れなくなる」

「……そうだな。卑怯な大人の手だったな、悪かった。俺は……キャンディス妃を少しでもお前に良いように見せようと、してたのかもしれないな……」


 ジレッド先生が、苦虫をかみつぶしたように、下を向いた。

 まるで自らの罪を懺悔するかのように。


「どうして、先生がそんなに落ち込むの」

「いや……俺はいいんだ。ただ……俺が必死こいて助けようとした人が、ルクティーにとって良い母親じゃなかったんだとすると、少し複雑でな。なかなか言えずにいたんだ」


 母様はとても優しかった。わたしのことを愛してくれていた。それは嘘じゃない。

 だけど、別に大切な存在もいたんだ。


 これまでの、母様のふとした表情を想い返すと、いろいろ合点がいく。

 母様は、わたしと一緒に居るときよりも待ち人の来訪に一喜一憂していた記憶がある。

 これから人と会うからお外で遊びなさいと、追い出されることが何度かあったけど、きっとそういうことだったんだ……。


 もうすでに亡くなっているとはいえ、正直、複雑な気分だ。


「…………とても言おうか迷うんだが」

「……なに? まだなにか隠してるの?」

「別に隠してるわけじゃないが……ルクティーのことを思うとな」

「はいはい優しいジレッド先生さっさと教えて」

「……なんか怒ってないか?」


 怯えたように言った後、ジレッド先生が衝撃的なことを口にした。



「…………ディン第一王子は、キャンディス妃と、キームさんの子だ」



「………………へ?」


 頭の中が真っ白になった。

 え? ナニ? どういうこと……?


 これまで兄だと思ってた人物が、実は異父兄弟……?

 ただ、妙に納得しちゃうところはあった。

 ……通りで似てないと思ったよ。気質が違いすぎるもん。

 ああ……そういえば、遠征を尾行したとき、キームさんと兄様、仲よさそうに喋ってたな。そっか……やっぱり同じ血が流れてると、話が合うのかな……。


「……しかも、このことをディン第一王子は知らない。もちろんアーサム王もだ。知ってるのは、キームさんと、キャンディス妃と、俺と、お前だけだ」

「うそ、父様も知らないの!? ……二人が知ってるのはいいとして……先生はどこで知ったの?」

「健康診断の中で偶然知り得た。ディン第一王子に本来遺伝すべき形質が無かったんだ。それ以前にキームさんとキャンディス妃の関係をなんとなく察していた俺だからこそ気付けた。普通に診断しただけでは通り過ぎていたろうからな。その後キームさんにもさりげなく問答したが、バッチリ一致した」

「……さ、流石に、びっくり……だなぁ」

「……ああ。だろうな。……王様に……報告するか?」

「またズルいこと言ってる……。言えるわけないじゃんっ!」

「悪ぃ……俺は、もう墓まで持っていくつもりだよ」


 ジレッド先生が大きなため息をつく。場の空気がまた重くなる。

 お互い当事者ではないのが、また難しいところだ。わたしたちは、他者の出生の秘密を共有する共犯者のようになってしまったのだから。


「ただ……十八年前にルクティーが生まれたことで、王様も城に居るようになったから、二人の関係も終わったんだろうな。……そんでキャンディス妃の病を知ったキームさんが駆けつけて、久しぶりの再開のハズだ」

「十八年前なんて、先生もお城にいないじゃん。そんなこと、わかるの?」

「……わかるさ。一度愛し合った男女の間には、特有の雰囲気が漂うもんだ」

「なーんかやらしいなぁ……」

「お前には、まだ早かったな」

「ううん。わたしももう大人だから。そんなことばっか言ってられないから」


 例え肉親の恥ずかしい隠し事だって、ある程度は冷静に受け止められる。

 わたしは、もう大人だ。子供の作り方を知らない子供じゃない。


「――で、ここからは、今後の話だ」

「どゆこと?」

「キームさんは、もう一つ、調剤済みの秘薬を持ってる」

「え!? でも、母様の分を、自分で飲んだって」

「どうやら最近、新しく手に入れたようだ。あの遺跡で調剤してたんだ」


 だからあんな人気のない遺跡に居たんだ……。


「キームさんは、キャンディス妃の生き写しであるお前に、秘薬を飲ませようとしている」

「わたしに……秘薬を?」


 まるで意味がわからない。それで、なんだと言うんだ。わたしは母様とは違う。


「これはニルギムさんが言ってたんだけどな……“望めば、この世界にはなんだってある”んだと」


 ニルギムらしい。この無限にも等しい探し尽くせないほど大きな世界のどこかになら、きっと自分の理想が落ちていると、そういう類いのことを言いたいんだろう。少しの可能性も見逃さない――希望に満ちた、冒険者の素敵な言葉だ。


「俺も滑稽だと思うが……不老不死のキームさんは、今後“死者の魂を、生者の身体に入れ変える”ことができるアイテムを探し求めるつもりだ。“百年でも、千年でも……万年でも”……それこそ、膨大な時をかけてな」

「あっ不老不死だからそれができる! 隅から隅までこの世界を冒険して、そのアイテムを探し出すってこと……!?」


 なんて、なんて力業を……思いつくの。

 何千、何万年もの間、たった一つのアイテムを探し求めるだなんて――正直、聞くだけでもワクワクする冒険譚の始まりだ。

 だけど、キームさんの一方的な歪んだ愛情が、それを邪魔してる。


「それでわたしに秘薬を飲ませて、母様の魂をわたしの身体に……?」

「お前にも秘薬を飲ませないと、アイテム探してる間にぽっくり逝っちまうからな。それがキームさんの言う、“一生涯終わらない愛”なんだろう」


 ゾクリと背筋が冷たくなって、鳥肌が立つ。

 自分勝手だ。どこまでも。商人だというのに、まるで冒険者のよう。


 そして、わたしの中で、また一つ点と点が繋がった。


「……だから、“人を愛することができない呪い”なんて、かけたんだ……!」

「……? そりゃ、どういうことだ?」


 眉を顰めるジレッド先生を無視して、わたしは自分の気持ちを吐き出す。


「……きっと、わたしに芽生えるはずだった恋路が、他の人に向くのを嫌がったんだ。わたしの気持ちを犠牲にして……! そんなの、そんなの……!!」

「おいルクティー、呪法のことはあんまり……」


「――――真実の愛じゃないよ!!」


 シンクさんが、どれだけわたしのことを想い、守ってくれていたのか。

 自らを苦しめてでも、わたしのために秘密を隠したままでいてくれたジレッド先生の優しさが。

 そんな、これまで感じることのできなかった様々な愛の形に触れたわたしは、“愛”とは何か――朧気ながらにその姿が見えていた。


“恋”とはなにか――まだ知らないわたしが。


 ――あと、220日……。

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