32話 医師の秘密
ジレッド先生に抱きしめられながら、わたしはわんわん泣いた。
十七歳でもう大人だと威張っていたけど、まったくそんなことはなくて……。
いや……年齢じゃないよね。きっと……わたしは、ジレッド先生を前にすると子供になっちゃうんだ。
ひとしきり泣き終えたとき――なんだか恥ずかしくなったわたしは、ジレッド先生から離れた。
「……もういい」
「そうか。続きの話……聞くか?」
「……うん」
ボンボンに晴れ上がった瞼を見られないように隠しながら、頷く。
「キャンディス妃が亡くなってから、俺はプリスウェールドの専属医師になった。殴られたってしかたねえのに……俺のことを気に入ったと……最愛の人を失ったばかりの王様が、言ってくれたんだ」
父様がジレッド先生のどこを気に入ったかは知らないけど、わたしが王様だったら、ジレッド先生が母様に優しい言葉をかけてくれたことは忘れない。
「絶対に尽くそうと想った。……で、幸い勉強、魔法、聖法をそつなくできた俺は、“魔法適性診断”で話題になったお前の家庭教師になったわけだ」
十歳になると、魔法適性診断ができる。そこでは、魔法に適性があるのか。聖法は。呪法は。といった具合に色々な適性試験をする。
聖法使いは稀なので、わたしのときは城中で結構話題になっていたみたい……。当人があんまり覚えてないんだけど。
――父様が、ジレッド先生をわたしの家庭教師とすると言い始めたんだ。
あの頃は、わたしも気持ちが落ち込んでいたし、今にして思えばジレッド先生も凄く気遣ってくれていた気がする。
お互いに今みたいな気楽に話せる距離感じゃなかったし、思えば、長く一緒に居るんだなと、感慨深い気持ちになる。
「……先生、この頃はまだ調子乗り期?」
「失礼な! いや……まぁ、ちょっとは乗ってたよ。辺鄙の町医者がプリスウェールドの専属医師だぞ。町医者なんて未来がねえって、若い頃は思ってたしな……」
ジレッド先生は焦ったように言い直す。重く淀んでいた空気が一気に吹き飛んで、発散したように軽快なわたしたちのノリに戻っていた。
「だけどな、俺は変わったよ。知ってるかルクティー。人ってな、たった数年で変われるもんなんだぜ。お前に出逢って、先生としてやっていく中で……俺は、お前に誇れるような先生になりたいと、本気で思うようになったんだよ」
「……先生は、立派な人だよ。わたしが保証する!」
「嬉しいこと言ってくれるね。やってきたかいがあるってもんだ。……まあ、もう少しこっちのほうも頑張ってもらいたいもんだけどな」
わたしの頭をツンツンしてくる。そこを言われると弱い……!
「……もちろん、キャンディス妃への負い目もある。だけど、それ以上に人として生きようという選択をした彼女の意思を汲み取りたかった……のかもな。当時の俺はな。――今の俺は……金のためにお前の教師をしてるわけじゃねえ。本気でお前を指導したいと思ってる。魔法や聖法はもちろん、一般常識から何まで……恋愛相談にだって乗ってやる。何でもいい……俺は、お前の力になりたいんだ」
真っ直ぐなジレッド先生の熱い想いが、わたしを優しく包んでくれる。
「信じてるよ。わたし、先生にはなんだって相談できるよ。だから呪法のことも相談したでしょ? だから、先生は自分も呪法をかけた術者だと想定しろとか言ってたけど、わたしはあり得ないって切り捨てたもん」
「危ういんだよなぁ。そういうところが……ホント、目が離せねえよ」
ジレッド先生がいつもみたいに頭を抱えてうーん、うーんと唸る。
授業の内容が理解できないわたしに、どうやって伝えようか、必死に考えてくれているときのジレッド先生だ。
少しの間ができて、お話の区切りが付いたことを悟る。
わたしは、話の中でどうしても気になっていたことを確認することにした。
「…………キームさんが、母様のことを好きだったって……本当?」
シンクさんが言っていた。それ以上のことは、話してくれなかったけど。
だからこそ、キームさんは母様のためにジレッド先生を連れてきたし、秘薬の提案をしてくれた。それどころじゃない。キームさんは万病に効く薬草を見つけて来てくれた。……じゃないとそこまでしてくれる理由が、わからない。
七年前、キームさんはわたしに“人を愛することができない”呪法をかけていた。
シンクさんによると、“自分だけを愛してほしいから”。
これが何を意味するのか。なんでそんなことをしたのか、わたしはまだ知らない。
シンクさんに真相を聞こうとしたところでクレイとルフナが来て中断されちゃったから。
「……ああ。やっぱその話をしないわけにはいかないよな……きっとこれからの行動にも十分関わってくる」
「……どゆこと? もったいぶらないで教えてよ」
「……俺は“当事者”じゃないから憶測も混じっていると思うし、ルクティー……、お前が傷付くこともあるだろう。それでも……聞くか?」
「だいじょうぶだよ。わたしは、きっと聞かなきゃいけないと思う」
「……そうか。ルクティーの質問についてだが、その通りだ。キームさんは、キャンディス妃を好いていた。そして――」
一息置いて、
「――キャンディス妃もまた、キームさんを愛していたんだ」
「ええええ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――!?」
大きな声が城中に響き渡っ……ちゃったかもしれない。
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