37話 強い想い

「……本当に良かったのですか?」

「わたしも聞きたかったから。母様とキームさんの関係」

「今、護衛の居ないあなたを……殺すかもしれませんよ?」

「……聞き耳立ててるシンクさんに本当にやられちゃうよ? ……それに、触媒を持たないキームさんがわたしにかかってきたところで、返りうちだよ。わたし、けっこー強いもん」

「……刃物を忍ばせていたとして、刺されたらどうするのです?」

「持ってるの……?」

「……いえ。ありませんが」

「なら意味のない話じゃない? そーゆー駆け引きは余所でやって」

「……貴方を心配する皆さんの気持ちが……少しわかった気がしますね」

「そう? まあ、キームがナイフ持って襲いかかってきたら、またそのとき考えるよ。そっちは性に合ってるから」

「まんま冒険者の思考ですね……」


 キームさんが諦めたような顔で、もう一度わたしを見つめる。


「…………やはり、あなたはキャンディス妃とは似ていません」

「見た目は母様で、中身は父様って、良く言われる」

「ハハハ、違いない」


 屈託無く笑ったキームさんを初めて見た。こんな風に、笑うんだ……。


「僕は世界中を旅する商人で、道中アーサム王と意気投合しました。以降珍しい品が手に入ったときはプリスウェールド城に献上していたのです。そのとき、キャンディス妃と出逢いました」

「……一目惚れ?」

「……ええ。最初は。お恥ずかしながら」

「わぁ~!」


 まさか、こんな形でキームさんと恋バナをするようになるだなんて、思いもしなかった。だって、母様の不倫相手だ。わたしにも酷いことをしようとしていたし。

 十歳からかかっていた呪法の反動もあるのかな……。今、目の前で繰り広げられそうな恋の話が猛烈にしたい気分だ。

 恋に恋する病ってやつ……?


「キャンディス妃は……愛というものを知らなかった僕にとって、聖母のような人でした。王族でありながら、腰は低く、誰にでも分け隔てなく接し、弱者には救いを与えてくれる……しかし、同時に儚げで。毎日、アーサム王の帰りを待つ彼女は寂しそうで……僕は、そんな彼女のことが気になっていました」


 現役の冒険者として活躍していた父様の姿も見てみたけど、母様は毎日傷付いていたのかな……。もう知るよしもないのだけど。


「何度か会っていく中で……次第にどうしようもなく恋い焦がれていることに気が付き――あるとき僕は……キャンディス妃の唇を奪ってしまった」

「わぁー!」


 顔が熱くなってしまうくらい、何故だか恥ずかしくなる。自分の話でもないのに。

 手を扇の代わりにしてパタパタと仰ぐ。


「そのままなし崩し的にキャンディス妃はディン第一王子をお腹に宿しました。が――罪悪感から、わたしたちは次第に会わなくなっていき、ルクティーが産まれたのを機に、完全に関係を断っていました」

「うんうん」

「それから十年ほど経ったころ。プリスウェールド領には立ち入らないようにしていたのですが、風の噂でキャンディス妃の病を耳にしまして……ジレッドさんを引き連れ城に窺いましたが、治療をすることは難しく……そこで秘薬の話を思い出した。幸い、腕の立つ医師もいましたので」


 プリスウェールドに近寄らないようにしていたなんて……健気なところもあったんだ……。

 人づてに聞いていた話と、本人からの話だと、たとえ内容が同じでも印象が大きく変わってくる。


「時間が短い中で、永久のように長く感じる旅のなか、僕は奇跡的に秘薬に辿り着いた。ジレッドさんの努力も相俟って、秘薬は完成したのです。ですが――」

「母様に、断られた」

「…………正直に言えば、理解できませんでした。たしかに効果は未知数でしたが……飲めば、良くなるかもしれなかった。1%でも希望があるのなら……縋るべきだとは思いませんか……?」

「……キームさん、無理矢理にでも飲ませるべきだったって言ってたよね。ジレッド先生も同じことを言ってたよ」

「……そうですか」

「同じ想いの人が二人も一緒に居たのに、本人が拒んじゃったんだから、しょうがないよね。答えは、母様にしかわからない……」

「僕は……今でも後悔しています」

「わたしは……どうかな。生きていたら嬉しいかもしれないし、今のままで良いような気もしてる……かな」

「もしルクティー様がキャンディス妃の立場だったら、飲みますか?」

「わたしが母様の立場だったら……もしかしたら飲んでるかもしれない」


 あくまでも仮定の話だ。わたしは当時の空気感も知らないし、母様がどういう心理状態だったのかもわからない。

 ただ、わたし自信としては、不老不死――この世の理から外れること自体に関しては特段イヤではない。寧ろ、いつまでも冒険の旅ができるのであれば、魅力的ですらあると思ってる。


「なら今からでも遅くないです。ディン第一王子から秘薬を取り戻して、飲んで頂きましょうか」

「……怒るよ」

「冗談ですよ、ハハハ」


 何笑ってんのこの人。ブッ飛ばしたくなってきた……!

 母様の依り代としてわたしの身体が使われるのがイヤなのであって、わたしは不老不死自体に何かネガティブな気持ちを持ってるわけじゃない。

 ああでも……周りの人たちがどんどん老いて居なくなってっちゃったら、やっぱり寂しいかな……。


 うん。わたし、考えが浅いだけかも……。おかげで寿命減ったことだって一度や二度じゃないしね……。


「……ショックでした。秘薬を飲んでくれないこと以上に、僕が必キャンディス妃のためだけに探し求めた努力の結晶を、否定されたような気がして……。ただ、それは今にして思うと……ただ、独りよがりの片思いだったのかもしれない」


 “愛”は――片道通行だけじゃ成立しない。

 何よりも大切に想う往路の気持ちと、幸せいっぱいで返してくれる復路の相手が居てこそだって――色んな愛の形に触れてきたわたしは、そう思うことができた。


「残念だけど、キームさんの愛に、母様は応えられなかった」

「辛辣ですね……ただ、僕はきっと、本当は気付いていたんでしょう。ただ、認めたくはなかった……ただの子供じみた、悪あがきだったんです。本当に、しょうもない」

「そんなことないよ! キームさんが母様のことを好きだった気持ち自体が、しょうもないだなんて、わたしは思わない! 恋をしていたこと自体は、とっても素敵なことだったと思う! 実らなくて、残念ではあったと思うけど……!」

「貴方のストレートな想いは、清々しい気持ちにさせてくれますね。ときに残酷ではありますが……」


 キームさんが胸を押さえながら、ニヒルに口角を上げる。


「……キャンディス妃が亡くなって、葬儀で貴方と初めて対面して……本当に、驚きました。今はもっと似ていますが、十歳のころからキャンディス妃の生き写しだと、思いました。だから……僕は自分のものにしたいと願うようになってしまった」


 過去の過ちを再確認していきながら、キームさんが話してくれる。


「僕の強い想いが怨念となり、呪法が完成しました。あくまでも小さな子供に施すものなので……結果的に微弱な呪いになったことで、“人を愛することができない”類いのものになったのだと推察されます。自分の物になるまでは……無垢で居てもらう必要がありましたから」

「……正直そこはまったく許せないけど、一つ聞かせて。それだと、キームさんのことも恋愛対象にはならないよね。今回みたいに、無理矢理にでも自分のものにしようと思ってたってこと?」

「ルクティー様がもっと大きくなられて、少し強めの呪法にも耐えられるようになったら、呪法を上書きすることで、ルクティー様の恋心は掌握するつもりではいました。そこで僕に夢中になってもらい、ドラマチックに締める予定でしたが、シンク殿によって阻まれたようです」

「いや全然ドラマチックじゃないから! 何つらつら説明してんの! シンクさんに拒まれて、どうしようとしたの?」

「シンク殿に妨害されたあとでも、僕はまったく焦ってませんでした。正当な手順でも、ルクティー様にはいずれ振り向いてもらえるものだと考えていました」

「自信家なんだね……」


 まあ……顔、良いもんなぁ……。

 何? さっきの愛というものを知らなかった僕――っていうのは、モテすぎて本気の恋愛をしてこなかったってだけ?


「……なんか、殴りたくなってきた」

「あなたに“人を愛することができない”呪法をかけたのは、あなたの貞操を守るためでしたが、そのせいで実の母親への“愛情”までもが薄まってしまったのは、僕の予期するものではありませんでした。その点は申し訳なく思っています」

「いやどの点も申し訳なく思ってよ」

「ですね。一度、本気で殴られたほうが良さそうだ……」


 そろそろ、魔力込めておこうかな……。

 わたしはグローブをグッパグッパして、準備を整える。


「今にして思えば……薬を拒んだキャンディスは、きっと自らを不老不死にした場合の僕のことを慮ってくれたのでしょうか……? もし判明すれば、僕は城を追放……いえ、処刑も免れなかったかもしれません……そこで、気付くべきだった。その選択をしてくれた優しさこそが――僕の愛したキャンディス妃であったのだと。僕は……本当の意味で彼女のことを理解できていなかったのかもしれません。こんな、何年も後になって……」


 なぜ拒んだのか。わたしたちが話し合っても答えはでない。当人が居なければ、永遠の謎だ。

 だけど、キームさんが最終的に母様の優しい人柄に気付くことができて、わたしは嬉しい。そこだけは、きっと間違っていないと思うから。


「キャンディスは……僕のことを恨んでいるでしょうか?」

「恨んでないと思うよ。母様、優しいから」


 わたしがキームさんに笑いかけると、彼も鼻息と一緒に笑みを浮かべた。


「……兄様のこと、本当にいいの?」

「ルクティー様が言いふらしたいというのであれば、拒みません」

「キームさんがいいならいいけど……」

「血の繋がらない兄との距離は……難しいですか」

「ううん。変わらないよ。半分血が繋がってなくたって、わたしにとって兄様は兄様だし……キームさんと同じでちょっとニガテだけどね。そこも変わんない」

「おや。僕はルクティー様もディン第一王子も大好きですけどね」


 冗談っぽく笑うキームさんの顔が、研究中の兄様と重なる。

 瞬間的に、兄様の被検体としてわたしが酷い目にあってきた数々の想い出が浮かび上がった。


「……キームさん、これまでのことを“たった一発”で許す予定だけど……どうする?」


「ええ。是非喜んで」


 城中に、ドゴォォォォォン――――! と途轍もない振動が轟いた。

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