38話 愛する人
「――ずいぶん遊んでくれたようですね」
「あ? またお堅てぇこと言ってんな」
プリスウェールド城門にて、二人の男が会話している。
ニルギムと、シンクであった。
「別に良いじゃねーかよ。最終的にはなんとかなったんだから」
「ルクティー様の呪法はそのままです。貴方が遺跡から持っていった頼みの白魔石十トンは消え去り――解ける目途もない。一体、何がしたいんです」
「俺は、ただ人と人とが起こす化学反応ってやつを楽しみたいだけさ」
「結果、ルクティー様が死ぬことになろうとも構わないと?」
「……そうはならねぇさ」
ニルギムは自信に満ち足りた表情で、ニィ――と笑みを浮かべる。
「口の減らない。アーサム王のお気に入りだからといって、城の人間を好き勝手されても困ります。第一、婚姻の儀への参加だって――」
「ああ、悪かった悪かったよ。ちょっとイジりすぎたってのは認める。ただ、呪いは完全にお前とキームの落ち度だろ。俺に擦り付けんな」
「…………」
「しかしやっぱあいつは面白くなったな。今度、冒険に連れてっても良いか?」
「私が、許可するとでも……?」
「ったく、お前はいつまで経ってもつまらねえ男だな……そんなにルクティーのことが大事か? 過保護も行き過ぎるとキメェだけだぞ」
「私を過保護と言うなら貴方のは利敵行為だ! ……キーム殿に、万病に効く薬草を渡しましたね?」
「違げえよ、俺はただわかりやすい位置に置いただけだ。そしたらアイツが勝手に秘薬を作ったんだろ」
「キーム殿のルクティー様への想いを知っていたのでしょう!?」
「いや? 知らんが?」
シンクは、奇妙な珍獣でも見ているかのような形相で、ニルギムを見つめる。
「俺はただ、キームが秘薬を探しているコトだけ知ってたから、ちょうど持ってたし、置いてやっただけだ。なんか企んでたし、面白そうだから」
「もしルクティー様が飲んでいたら……」
「飲んだら飲んだだな」
「貴方は――!」
「でも、それが普通だからな。冒険者は」
「…………っ」
「何があるかもわからない世界に飛び込むってのは、すべてを許容出来なくちゃいけねえ。……あいつが本当に冒険者になりてえんだったら、俺は師としてアイツの面倒を見るよ。それだけのモンをアイツ見せてくれた」
「言ってることが無茶苦茶です。今は婚姻の儀の最中で、ルクティー様は幸せになる準備をしているところです。ヘンな茶々を入れないで頂きたい」
「呪法かけた張本人に言われたくねえなぁ……」
「…………」
「正論言われてすぐ黙っちゃうのが、お前の悪いところだな。もっと気概を見せてみろよ。間違っても良い、整理されてなくても良い。そこに人としての面白さみたいなモンが滲み出る。今回はルクティーとキーム、あとは大穴でディンがソレを見せてくれた。俺は大満足だよ」
「……私は、貴方が嫌いだ」
シンクが珍しく、感情を露わに素直な想いをニルギムにぶつける。
「おっ……なんだやればできんじゃねーか。俺は今少しだけお前のことが好きになったぜ」
嬉しそうに受け止めるニルギム。
ニルギムは、シンクを諭すように言った。
「それと……自分の幸せを、決めるのはアイツだぜ。俺でも、お前でも、ましてや絶賛選定中の婚約者でもない。そこんとこ、見誤るなよ」
「……言われずとも」
「ならいい」
満足そうにニルギムは立ち上がって、辺りを見渡す。
「ところで……そのルクティーは?」
「キャンディス妃の墓参です」
「そっか。じゃあよろしく言っといてくれ」
冒険者ニルギム、宛てもない旅に出る。
その後、ルクティーと壮大な大冒険をすることになるのだが――また別のお話。
* * *
あれから――キームさんは姿を消した。
実子である兄様には本当に何も告げずに。
それでよかったの? と――それで良いのかも……。が一緒くたになる不思議な気持ちだ。
当の兄様は新しい玩具に夢中で、なんでわたしが真面目に考えてなくちゃいけないの。なんかムカついたからもう辞める!
キームさんが探していた死者の魂を入れ込むアイテムが、もし見つかったとしたら、あの人コロッと心変わりしちゃって、またわたしに襲いかかってくるとか……しないだろうか……いや、もう流石に大丈夫……だよね。
はぁ……なんだか。もう、本当に……。
――疲れた。
「――母様、わたし、母様のことちょっと嫌いになりそうだよ」
持ってきた花を墓石に添える。
すでに新しい花が置かれていた。
「……母様は、愛されてるね」
母様のことを考えると、自然と視界が涙で歪む。
なんだか、懐かしい感じだ。
母様が亡くなったとき、ずっと泣いていた日のことを思い出す。
「生きていて、欲しかったなぁ……」
自然と、そんな言葉が出ていた。
嫌いになりそうになっても、結局は愛しているのかもしれない。
子供は、親に無償の愛を育み続けるんだ。
亡くなっても――、尚。
「……母様、聞いてよ。わたし、これからプリスウェールドのお飾りになるんだよ!? わたしは冒険者としてやっていきたいのに……! なのに兄様は相変わらずで新しい玩具を手に入れてそりゃあもう楽しそうでさ――あ。渡したのわたしなんだけどね?」
墓石に向かって独り言を続けていたら、気が付いたことがあった。
「……わたしが王妃になったって、冒険はできるよね。だって父様はやってたんだから……っていうか王政は結婚相手に任せるとして……わたしは好き勝手に生きてもいいのかな……あれ。でもこれって結婚相手を母様と同じような状況にさせちゃうのかな……? 自分勝手すぎ? というか城空けて皆で冒険でちゃダメかな。どう思う? 母様」
――わたしにかかっている呪法は未だ解けていない。
シンクさんにも確認してみたけど、やっぱりキームさんの呪法の上に上書きしているからなのか、解除するのは難しいらしく、最も簡単な解除法は、“真実の愛を育むこと”――になってしまうらしい。
頼みの綱だった大量の白魔石も、偶然兄様が入手してきたものの、(なんと十トン程度)魔砲によりすべて使用不能になっていた。
少しくらい使えないもんかなぁ……と思っていたら、見事にすべて魔力が通わない状態になっていた。兄様、はやく改良版を造って……!
まぁ、解除の希望は断たれたけど、実は焦ってない。
それは……なんとなくだけど……近いうちに解ける気がしているから。
母様への愚痴もほどほどにして立ち上がったわたしに、声がかかる。
「ルクティー、授業の時間だ」
「クレイ」
そして、クレイの後ろにもう一人。
「オレを忘れてもらっても困る。今日は、オレもルクティーの授業に混ざらせてもらうのだからな」
「あ? 何勝手言ってんだよ、ジレッド先生がそんなの許すわけないだろ」
「普通に許可されたが? ジレッド殿は喜んでくれていたよ。優秀な人材を教え導くことに喜びを感じるのは、至極当然のことのように思うが」
「まったテメェはクソ腹が立つ言い回しで……」
「そうだよ、クレイも久しぶりに一緒に授業受けようよ!」
「…………しかたねえな」
「えっ!?」
「コイツが受けて、おれが受けないってのも……おもしろくないってだけだ」
クレイが授業を受けるのは久しぶりだ。やっぱり、ルフナが居ると張り合いが出るんだろうか。だとしたら、良いことのように思う。
「やったー! きっとみんなで受けたほうが楽しいよ!」
嬉しい勢いのまま、わたしは二人の背中に抱きつこうとした。
けど、――すんでのところで足を止める。
「――おっとと……」
「…………どうした?」
クレイが振り返りながら聞いてくる。
「……あっ。えっと。ううん、なんでもないよ」
気恥ずかしくなって、俯く。
少し前のわたしだったら、気にもせず二人の首に肩を回していたよ。
でも、できなかった。
途中で辞めようって心と身体にブレーキがかかった。
“人を愛することができない”呪法が解除されたこともあるだろうけれど――。
「……ルクティーの体調不良は見過ごせないな……おぶろうか?」
「またテメェは! 隙あらばルクティーに触ろうとすんな」
「二人とも、ケンカしないで」
熱を持ち始めた顔を二人から見えないように隠して――――、
わたしには、今――気になる人が二人いる。
灰色の髪で、ぶっきらぼうだけどわたしのことをいつも考えてくれている従者兼幼なじみのクレイ・アーロンド。
金色の髪で、ちょっと変わった好色家だけど、心には熱い炎を燃やしている王子様ルフナ・フレイムリード。
二人からは、わたしを大切に想ってくれているのを感じる。
細かな気付きが。優しさが。わたしに“愛”を気付かせてくれる。
二人のことを考えていると。
二人の顔を見ていると。
優しい声を聞くと。
心臓が――トクン、とのぼせちゃう。
つい、身体に触りたくなっちゃう。でも、恥ずかしくって……。
きっと――、これが恋なんだよね――。
シンクさんは、“真実の愛”を――わたしに成就してほしかったんだ。
呪法を解くために、恋をするんじゃない。
何よりも一番は、わたしが、恋をしてみたいから――!
気になっている人と一緒に――!
これから……波乱の予感かも!?
――わたしは、愛する人と幸せになりたいと思います!
――あと、***日……。
絶賛呪殺されそうな私ですが、愛する人(未定)と幸せになりたいと思います! 織星伊吹 @oriboshiibuki
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