絶賛呪殺されそうな私ですが、愛する人(未定)と幸せになりたいと思います!
織星伊吹
1話 呪われたんですけど!?
「あぁぁぁぁぁぁ~!!」
真鍮の細工で鮮やかに彩られた謁見の間にて――不釣り合いな大声が響き渡った。
わたしはあんぐりと開けた口のまま、目の前の王子様に無礼な人差し指を向けている。それは、間違ってもこの国の第二王女がやってはならないことだ。
周囲の人間が一様に痴態を晒すわたしに注目する。
視界の端で、従者で幼馴染みのクレイ・アーロンドが、身振り手振りでわたしに“落ち着け”と伝えてくれている。
――クレイなら、わかってくれるはずだ。わたしが大声を上げた理由を。
だってこの人! この前会った! しかも、王子様とは“正反対な裏の顔”をわたしは知っている。
ただ、“今この場において”、そんなことはどうでもよかった。
「…………ンオホン。ルクティーよ。ルフナ殿が……どうかしたのか?」
「あ……。な、なんでもありません。父様」
指した指をスッ――と降ろして、わたしは笑顔で誤魔化す。
……これ、イケてる? ダメダメ?
娘のやらかしに、冷や汗だらだらのプリスウェールド国王は、気を取り直して言葉を続ける。
「娘が失礼した。このようなおてんばのため、日夜苦労している。が、プリスウェールドの血族であることは保証しよう」
「……いえ。きっと知人にでも似ていたのでしょう。元気な王女様で実に可愛らしい。是非とも、私の大きな愛で……! フワっと――挟み込みたい次第です」
隣国、フレイムリード小国の王子であるルフナ・フレイムリードが、わたしに向かって薄く笑いかけた。大きな愛で……なんて???
「あなたの伴侶となるため、精一杯尽くします。どうか、見ていてください」
「ななななな……っ」
綺麗な顔でヘンなこと言い始めたのもそうだけど、それ以前に驚き過ぎて、口が上手く回らない。一方のルフナ王子は余裕の表情だ。
さっき指差した瞬間なんて、少し焦ったような顔をしていたのだけど……。
ルフナ王子は片膝を着いた姿勢から立ち上がり、後ろに下がった。
絹糸のように綺麗な金髪が、陽の光を浴びてきらきらと揺れる。その碧色の瞳も――まるで本の中の王子様みたい。
「シンク騎士団長、続けてくれ」
「はい。ルフナ・フレイムリード殿は――――」
過労で倒れそうなほど顔色が悪く、くまがヒドい男――シンク・ワヨゥ騎士団長が、訝しげにわたしを一瞥してから、ルフナ王子の経歴や実績についてつらつらと語っていく。
なんとか誤魔化せたようで、わたしはほっと一息をついた。
そういえば、シンクさんじゃないけどわたしも今日体調が万全じゃない気がする。
なんか……イヤなことが起こりそうな“勘”だけがある。
なんだろう。まあ……それもそうか、こんな儀式やってるからだよ、きっと。
――――婚姻の儀。
我がプリスウェールドには、婚約候補者を集めて、これより一年間の間に人生の伴侶を決める、という古くからのしきたりがある。
プリスウェールドの血筋というのは代々膨大な魔力を秘めており、その血筋を途絶えさせるわけにはいかない、という先代からの教えらしい。
婚姻の儀に出席できる者は限られていて、他国の王族や、冒険者としてめざましい実績を残してきたものや、比類無き強さを持つ者などに限定され、王が自ら招待するか、特別な認定試験を突破した者に限られる――らしい。
……正直、わたしはこんなものに興味はなくて、今すぐにでもこの場所から逃げ出して冒険の旅に出たい。
だけど、第一王子の兄様がいつまでも自室に引きこもり続けてくれたおかげで、プリスウェールドの王位継承権はわたしに移ってしまったのだ。
父様も複雑な気持ちだろう。でも兄様を王様にするよりは、優秀な婿に色々やらせるか……という考えに変わったらしい。わたしもそう思う。兄様に王様はムリだよ。今日もなんかヘンなアイテム作って喜んでたよ。あの人一体どうするの?
つまり――これより一年間の間に、わたしの前で片膝をついている三人のうち、父様が“最も良い”と思った“誰か”と、わたしは結婚するということだ。
兄様がダメダメな以上、わたしがなんとかするしかないのはわかっているけど、それでもなぁ……イヤなものはイヤなんだよなぁ。
「……はぁ~」
ついため息が出る。だって、結婚どころか、“恋”というものがなんなのかすら、わたしはわかっていない。
しかし、そんなもやもやした想いとは裏腹に、婚約の儀はどんどん進んで行く。
「――続いて、ニルギム・ヴァインダッド殿」
「へいへい」
気だるそうに前に出て、頭をぼりぼりとかきながら男性が膝をついた。
「おぉ……ニルギム、来てくれたか」
「近くに用があったからな。まさか婚姻の儀に呼ばれるとは思いもしなかったが」
「あとでまた話を聞かせてくれ。絶品の食事も用意しよう」
ニルギム。凄腕の冒険者。世界中をあちこち旅している風来坊で、その功績は現在の年齢からするとあり得ないようなものらしく、父様のお気に入りだ。
時折プリスウェールドに寄っては土産話を聞かせてくれる。最近は数千年前から続くとされていた遺跡の発掘、保守保全を達成したばかりである。
チラリとこちらを一瞥したニルギムと目が合う。グッパグッパと手のひらで気さくに挨拶してくれたので、わたしも笑顔で返す。
ニルギムはとっても格好よくて、わたしの憧れの冒険者の姿だ。
王女らしい振る舞いを求められ籠の鳥のような生活を強要されるわたしに、分け隔てなく冒険話を聞かせて、楽しませてくれた。
踏み入ることもはばかられる魔境の底で入手した貴重なアイテムの話や、誰も訪れたことのない秘境で出逢った未知の生命体との対話、天災が随時巻き起こり続ける大陸での過酷な生活など――胸躍るエピソードが湧き水のように溢れ出てくる。
彼からもらったアイテムの数々は、今もわたしの宝物だ。
わたしは、美しい調度品じゃない。
ニルギムみたいな、自由な冒険者に――なりたい。
父様は……怒るだろけど……。
「――続いて、キーム・マーラク殿」
「はい」
シンク騎士団長の声に返事をした三人目の男性は、女性のような出で立ちで、美しい黒髪を翻し、わたしの前にやってきた。
女のわたしが見ても、目を引くような――とても綺麗な人。
「特別認定試験を合格し、出席させていただいておりますものです」
「よいよい、お前のことはよく知っている。だが、まさか試験に参加していたとは驚いた。商人のお前が」
「……強い、想いがありまして」
キームさんと目が合った瞬間――。
彼は本当に驚いたような表情をしていた。それがどういうことなのか、聞き返すこともできず、わたしはぎこちない笑顔で答える。
――今のは、どういう意味なんだろう。
見惚れていた、なんて簡単な言葉じゃなかった。何か、もっと複雑な――。
わたしの想いなどつゆ知らず、キームさんは魅惑的な唇をにまりとさせて頭を下げた。
彼は城に珍しい品物を献上してくれる商人だ。わたしが十歳のとき、初めて会った気がする。
ちなみに昔っから容姿が全然変わらない。あまり記憶が定かではないけど、わたしが初めて会ったときから変わっていないような……。
彼は凡人ながら婚姻の儀の参加券を勝ち取った実力の持ち主ということになる。
司会進行役を勤めている強面のシンク騎士団長が面倒をみている認定試験は、噂によると地獄らしい。それは想像に難くない。だってシンクさん怖いもん。
あれ、ていうか……候補者三名、全員わたしの知り合いじゃん。うわ……。なんかイヤだな。このうちの誰かと結婚するなんて。
もっと、知らない街で運命的に出逢って、不意に恋に落ちるものだと思っていた。
別に憧れていたわけじゃない。
わたしは恋を知らないし、そもそも知ろうとも思っていなかった。
そうだよ。そんな真剣に考えていなかったのなら、別にいいじゃん。
心のどこかで、自分にそう問いかける。
そうだよね……別に恋に恋をしているわけでもないし、良くわからないまま誰かと結婚してみたら、それはそれで楽しいかもしれないし。
わたしの人生は――これで決まってしまうのだろうか。
でもよく考えたら一人いるか。偶然出逢ったばかりの人……。
チラリと王子様に視線を向けると、小さくウインクしてきた。なんか女慣れしてそうだな……と、そんなことを思ったときだった。
――誰かの冷たい視線を感じる。
「…………え?」
次の瞬間には――どんよりした重たい空気が、両肩に乗っかっていた。
どろっ――としたイヤな重みで、黒い靄のようなものが一瞬視界に移った。
――ナニ、これ。
背筋がゾワゾワする。……金縛り?
両肩をはたいてみるが、当然何も乗っていない。
周囲の人たちを見ても、別におかしな状況にはなっていない。
――わたし、だけ?
なんで? ドレスから露出した腕を見てみると、鳥肌がぶつぶつ立っていた。
部屋の温度が、急激に下がったように感じる。
自分の胸に手を当ててみる。危険を感じている心臓が、不安そうに振動していた。
圧倒的な、不安感――。
一時的なストレス……? 本格的に具合悪くなってきたな……お腹痛い? 頭痛い? どの部位がどう悪いのか良くわからない。でも吐きそう……ナニコレ。
ああ、遂には耳鳴りまでしてきたよ。
なんだか、視界まで、霞んで――――。
――――掟(ルール)――――
あなたが愛する人と両思いになり、真実の愛を育むこと。
そして、これより365日以内に達成できない場合、あなたは命を失う。
真実の愛を育むことができれば、術者に呪いが跳ね返る。
――――禁忌(タブー)――――
・呪法(じゅほう)被害にあっていることや、掟(ルール)、禁忌(タブー)の情報を、他者へ伝えてはならない。
・真実の愛を育むよりも前に、他者と性的接触を行うこと。
・偽りの愛を育むこと。
――――――は?
急にわたしの脳裏に何かの文字列が浮かんだ。……いや、実際に目に見えているわけじゃない。だけど、なんだかそのように感じる――といった奇妙な感覚。
ナニコレナニコレナニコレ! ちょっと何がどうなってんの!?
具合が悪い上に情緒までおかしくなってきた。日々のストレスで、色々おかしくなってしまったのかもしれない。
身体が思うように動かない。わたしは座っていた椅子からドサリと崩れ落ち、王族としてあるまじき姿を大衆の面前に晒す。
……晒しまくってるなぁ、今日。
「ルクティー!!」
「ルクティー様!」
わたしを呼ぶ声。
誰かがわたしの身体を起こしてくれた。でも、視界が霞んでよくわからない。
ああ、もうダメだ。……なんかもう、とにかく疲れちゃった。
このまま、死んじゃったり……するんだろうか。
それは、きっとみんなが悲しむなぁ……。
――“あと、365日”……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます