23話 聖女の慈愛

 さきほどの喧騒なんてなかったかのように、ちょろちょろと涼しげな川音が鳴る川辺の端っこで、わたしたちは腰を据えた。


 二人の怪我の具合をジレッド先生と一緒に確認する。

 お互いに素手で殴り合ったこともあって、顔は腫れあがり青紫に変色している。

 クレイは服が焼け焦げていて、剥きだしになった部分は深手の火傷が痛々しく残っていた。

 一方のルフナは、背中と手の甲を切り傷で出血している。


「オレは後で良い。彼を先に手当してあげてくれ」


 ルフナが川辺を見ながらそっけなく言う。


「あ? おれのほうがボコボコだって言いてーのか?」

「こらクレイ! めっ」


 横たわるクレイの頭部にチョップを喰らわす。「痛ぇ!」と声を上げるクレイをよそに、ルフナが言った。


「事実だ。だが……ここまでやるつもりはなかった。……すまない。熱く、なりすぎた」

「……けっ。まぁ、それはおれも同じだ。…………悪かったよ」


「…………」

「…………」


 わたしとジレット先生が目を見開いて見つめ合う。

 これが、拳で語り合ったあとの男子ってやつなの? 二人の表情は決闘前と比べて明らかに清々しいものになっていた。


 口角を上げていたジレッド先生が、クレイの具合を確認するために腰を下ろす。


「……こりゃ、俺がやったほうが良さそうだ。ルクティーはルフナ王子のほうを頼む」

「うん! わかった」

「……あんまり灼くなよー、クレイ」

「あ? 別に……なんでだよ」

「はぁーお前はもう、はぁー……あんまり俺を喜ばせるな」

「いやどういうことだよそれは!」


 ジレッド先生とクレイの楽しそうな会話が聞こえてくる中、わたしはクレイの隣に座った。


「お洋服、脱げる?」

「脱がせて……くれないか」

「……何言ってんの! ていうか、なんか言い方イヤっ」

「フフ、冗談だよ。自分で脱ぐさ」


 時々変態っぽい感じはなんなの!? 反応に困るから辞めて欲しいんだけど!

 わたしがぷりぷりしていると、ルフナは上着を脱いで上半身裸になっていた。クレイの攻撃によって刻まれた背中には傷跡が。痛々しく、鮮血に染まっている。


 わたしは傷跡に手を翳して、ゆっくりと魔力を込めた。


「……こうして、キミに聖法をかけてもらうのは初めてだな」

「だってルフナ……滅多に怪我しないじゃん」


 この二十日間の冒険でもルフナの動きはいつも完璧で、対人戦でもモンスター戦でも擦り傷一つ作っていない。一方のわたしはというと、イロイロとやらかして自分自身に聖法を使うハメになったりしていたのであった。


「そうだね。でも、こうしてキミに手当をしてもらえるなら……悪くないね」

「そお? わたしはしてほしくないけど。何が良いの?」

「キミと二人っきりの時間が作れる」

「また、そんな気取ったことを言って……! 別に、怪我なんてしないでも、わたしとはお喋りできるでしょ?」

「違うよ……こうして、優しく触れてくれるじゃないか」


 ルフナは自らの肩に触れながら、言った。

 その言葉には、なんだか含みがるような気がして。


「……ルフナは……優しくされたいの?」

「…………フフ。そうかもしれないね」


 彼の過去について大きくは知らない。昔話を少し聞いたくらいだ。なんで優しくされたいのかはわからないし、そんなことまで聞くつもりはない。ただ――。


「…………してあげるよ。わたしは、いつだって」

「……ルクティー」

「だから、こんな風に大怪我してまで喧嘩なんてもうしないで? それと、クレイとも仲良くしてね! できる限りで良いから!」

「……ああ。了解したよ」


 ルフナが微笑みながら、クレイのほうに顔を向けて、手を伸ばした。


「よろしくな、クレイ」


 クレイも、ジレッド先生に処置をしてもらいながら、目だけルフナに向ける。


「別に二人っきりの時間じゃねえと思うけどな」


 クレイは指で自分とジレッド先生を交互に指した。


「ああ……すまない。幸せ過ぎて他の存在は全部消し去ってしまっていた」

「……よくもまぁ、ぺらぺらとご冗談が言えるもんだ」

「いいから握手しなよ、クレイは!」

「何やら良くわからん二人だけの世界に行ってたみたいなんでな。握手できなかったわ」


 わたしはクレイの肩をべしん――! と叩いた。まだ治療できてなかった部分らしく、クレイが大声で悲鳴をあげた。


「おいおいルクティー、あんま言ってやんなって。恥ずかしがりなんだからよ、コイツ」


 呆れ顔のジレッド先生が、わたしに諭すように笑った。

 そんなわたしたちを見たルフナが、くすりと微笑む。


「決闘の後だというのに……なんだか眠くなってくるな」



 * * *



「ハァ!? 数日前に旅立っただと……!?」


 フレイムリード教会内で、ニルギム・ヴァインダッドの叫び声が反響した。


「……ええ。ちょうどニルギム様と入れ替わり、といった感じでしょうか」


 神父メリケルは、珍しい来客に驚きつつも応対をする。

 伝説の冒険家と名高いニルギム。数年前にかなり難解な呪法被害者を連れてきたことがあって、その際に知り合った。


「チッ! 完全に無駄骨じゃねえか。ちきしょう。まぁいいや……あー、ここに魔石置いていってもいいか?」

「はぁ……魔石を? 何故です?」

「まあ、提供ってとこかな」

「それはありがたいですが……どの程度頂けるので」

「んー……白魔石、10トンくらいかな」

「はぁ?」


 ニルギムが、担いでいる鞄をドスンと床に置いた。とてもじゃないが、魔石が10トンも入っているような鞄には到底見えない。


「面倒だからその鞄ごと置いていくわ」

「……はぁ」

「んー……俺の読みだと、もう少し出立は遅いと思ってたんだけどな」


 ニルギムが背中を向けながら、ブツブツと呟いた。


「ま、別にいっか。そのほうが面白そうだしな」


 ニルギムが去って行くのを見届けたメリケルは、彼が置いていった鞄から、魔石を取り出す。


「…………取りだしても取りだしても、終わりが見えぬな」


 それほど流通量が多くないはずの白魔石がザクザクと溢れ出てくる。

 ――不可思議な鞄だ。

 鞄には底がなく、布一杯に白い魔石が詰め込まれている。


「本当に……変わっている」


 世の中にこのような不可思議なアイテムがあるということも。

 そんな貴重なものを、無頓着に置いていってしまう人がいることも。

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