22話 決闘

「――えぇ~……このたびルフナ・フレイムリード殿とクレイ・アーロンド殿の決闘を執り行います。司会はみんなの心のお医者さんこと、ジレッド・クラインです!」

「……ちょっと!」

「ああ、スマンスマン」


 わたしがジレッド先生の脇を小突くと、ヘラヘラ笑いながら謝ってきた。この人はなにをウキウキしてるの……!


 フレイムリードから少し離れた場所に、開けた川辺があった。そこなら暴れても問題ないとルフナが場所を決め、クレイも賛成した。


「男通しの決闘ということで、何も無いわけがありません。手にしたいものがあるのか……それとも弱い自分を変えたいのかもしれない……! 存分にやって頂きたいところでございます!」

「こら!」と再度小突くわたし。

 まぁ俺に任せとけよ、みたいな顔してるけど! 煽ってるじゃん! 腹立つぅ!


「――と言っても、無法というわけにもいかないので、俺のほうで少しルールを設定した。決闘をする上で、これだけは守ってくれよ。……えー、まず第一、殺しはナシ。トーゼンだな。第二に、四肢の欠損もナシ。お前等二人とも触媒が刃物だからな、聖法での治療も必ず成功するとは限らん。だからコレもダメ。この二つさえ守ってくれれば、たとえ怪我をしても俺とルクティーが治してやる。あとは魔法を自由に使って、思う存分に互いの想いをぶつけ合ってくれ。以上!」


 互いの想いをぶつけ合う……ってさぁ、ケンカなんだよ!? 本当にジレッド先生はわかってるのかなぁ……。

 唯一男じゃないわたしには、このケンカ自体が不安でしかたない。クレイも、ルフナもみんなで仲良く冒険……! がなんでできないんだろうか。

 そんな思いの丈が顔に出ていたのか、横のジレッド先生が笑いかけてくる。


「大丈夫だよ。ルクティー」

「どうして? 二人は絶対に仲良くなれると思うんだけどなぁ……」

「男には、“タイミング”ってのがあるのさ。大人になっちまうとな、そういうわけにもいかなくなる。俺は若いアイツらが羨ましいよ。まぁ……お前には、わからねえだろうけど」

「全然わかんないよ!」

「ワハハ! 報われねぇなあ青年たち! 頑張れよー!」

「本当に危なくなったら、先生止めてね」

「わかってる。安心しろって」


 決闘前――二人は互いに距離を空けて、それぞれの時間を過ごしていた。

 クレイは幅広の剣に手の甲を当てて精神集中し、ルフナは余裕な表情で、短剣を宙で回転させながらキャッチ――を繰り返している。


「……終わったかい?」

 集中状態を解除したクレイに、ルフナが訊ねた。


「ふん……王者のつもりかよ」

「まあね。一応王子様だから」

「じゃあ――どっちが挑戦者(チャレンジャー)か……教えてやるよッ!!」


 先手を打ったのはクレイ。

 ダッシュ――ルフナとの距離を一気に詰める。

 そして、少ない予備動作から考えられないような渾身の大振り――。


「――うぉらぁッ!!」


 遠目に見ていても、空気が割れたのがわかる。

 遅れて、びゅん――――と避けた空圧がわたしの頬に届いた。


 しかし、ルフナは身を屈めて剣筋を見切っていた。


「……殺す気かい?」

「いや? 当たると思ってねえから」

「信用してもらっているようで嬉しいよ」


 遅れて――ルフナの背中から鮮血が飛び跳ねる。


「……ッ!!」


 ルフナはすぐに後退し、短剣を構える。

 赤い煌めきが、ごうっ――と炎となり燃え上がる。


「ルフナ――!」


 つい叫んでしまったわたしを、ジレッド先生は手のひらで制してくる。


「肩入れは禁止だ。これ以降、あの二人に声をかけるなよ」

「で、でも……」

「クレイの一振り、物理攻撃と一緒に魔法も飛ばしてるな。しかも直進するんじゃなくて、くるっと戻ってくるブーメランのような形で飛ばしてやがる。それも魔力の形状を限りなく薄くして、目に見えにくくさせてる。器用になったもんだな」


 確かに、いつもの緑色のキラキラが見えなかった。魔力を隠す技術と、魔力をカーブさせる魔法……だからルフナも不意を突かれた。

 クレイ……いつの間にそんなことができるようになったんだろう。わたしには教えてくれても良かったのに……必殺技って言うこと?

 でも、思えばクリグリー・ベアと戦ったときもわたしをふわりと持ち上げてくれていた。あの応用的な技なのかもしれない。


「先手を取られたのはショックだね。でも、やる気は出たかな」


 ルフナの短剣から火炎が伸び、燃え続ける刀身を後追いするように黒煙が引っ付いてくる。

 轟々と、地獄の底から滾る熱さが、数十匹の蛇のようにうねり始める。


「変態の魔法は変態って感じだな。どーやってんだよ、それ……」

「火は、人間にとって生活源だけど、同時にすべての生物にとっても弱点だ。くらったら火傷じゃ済まないぞ。降参するなら、今だよ」

「言ってろ――!」

「キミがどう出るか楽しみにしとく」


 ルフナが短剣に溜めていた炎をブワッ――と飛び散らせる。

 粒となった大量の火炎がクレイに襲いかかる――。


「うぉりゃ――!」


 自らの身に降り注ぐ火の粉には目もくれず、連続で斬撃を飛ばしていくクレイ。

 衣服が着火し、めらめらと服が燃えていく中でも、クレイは攻撃の手を止めない。


 緑の輝線が一、二、三、四――すべての飛ぶ斬撃が、炎をくぐり抜けて直接ルフナに向かう――!


 それを流麗に短剣ではじき落としていくルフナ。

 しかし――四回目の斬撃を取りこぼし、手の甲にダメージ。


「――チッ!」

 ルフナが持っていた短剣が、彼方へ吹き飛ぶ。


「あちちちちちち!!」

 一方のクレイは付近の川辺に飛び込み、身体を転がして消火。びしょ濡れの状態で立ち上がり、再びルフナに向かっていく。


「オイオイあんなちっこい剣で、おれの剣を受けるつもりだったのか? じゃあ丸腰のときはどーすんだ!?」

「――くっ」


 完全に丸腰となったルフナに――クレイの剣が届く――。


「――魔法使いにとって触媒は生命線だ。ゆえに、魔法使い同士の戦闘ではいかに相手の触媒を破壊、もしくは使用不可能にするかに注力したほうが良い。今回はクレイのほうが一枚上手だったかな」


 勝負を悟ったジレッド先生が、声を出そうと前に踏み出たところで――先生の足が止まる。

「おっ」



 なんと、クレイの喉先に、短剣の切っ先が当たっていた。


「――ちっこい剣が、なんだって?」


「――クッ。もう一本持ってやがったか……!」

「油断。冒険者が一番しちゃいけないことじゃないのかい?」

「るせぇ!」


 クレイは短剣を弾いて、突然その場で宙に浮く。

 おそらく、例のふんわり斬撃を床に飛ばして、自分は飛び上がったのだろう。


「ほぉ……そんなこともできるのか」

「デケーの一発食らわしてやる!」


「じゃあ、こちらも……」


 ルフナが再び短剣に魔力を込める。赤い煌めきが短剣を覆う。

 そしてなんと、その短剣を宙に飛んでいるクレイに投げつけた。


「自分から宙に飛ぶなんて、狙ってくれと言っているようなものだ」


 まるで火球のようになった短剣がクレイにぶつかって、爆発する。

 やがて爆風からクレイが落下し、砂利に身体を打ち付ける。


「おや。死んでしまったかな」

「んなわけねーだろ!」


 クレイは素手のまま立ち上がり、ルフナに向かっていく。一方のルフナもう武器は持っていない。


「うぉらぁ――!」


 クレイの鍛えた右腕が、ルフナの左頬を撃つ。


「――いいね。……こういうのも……嫌いじゃない」


 次はルフナの右拳が、クレイの腹部を殴打する。


「お前も……ただのインテリ野郎じゃねえみたいだな」


 二人はお互いの拳の突き合いを続ける。

 痛々しい肉と肉のぶつかり合う音が、とっても耳障りだ。

 ジレッド先生が何故か「ホォ」と眩しそうに感心していたけど、もう知るか。

 わたしの右拳からは、白いキラキラが溢れ出している。


「もう……いい」


 わたしは――動く!



「二人ともッ――いい加減にッ――――――!!」



「「!?」」



「しなさぁ――――――――――いッ!!」



 ぶつかり合うクレイとルフナ目がけて、わたしは渾身の一撃を解き放つ。

 ボグゥン――!! という衝撃。

 二人は面白い具合に吹き飛んでいって、川辺に転がっていく。


 しばらくして川辺から顔を出す二人。


「まさか……キミが乱入してくるとはな。想定外だった」

「ルクティー……いつのまに魔力を練りながら移動できるようになったんだ」


 目を丸くさせる二人には、すでに戦意がなくなっていた。

 わたしはホッとしつつも、えっへんと胸を張る。


「わたしだって、成長してるんだから。クレイや先生が居なくたって、毎日魔法の修練は積んでいたんだよ」


 遅れてやってきたジレッド先生が、頭をかきながら、言った。


「お前な……これから治療するんだぜ。なのになんで攻撃……」

「それはこの間もそうだったぜ。こいつ、クリグリー・ベアをおもいっきしブン殴ってから、治そうとすんだ。おかしいよな」

「あー! そんなこと言うなら、治してあげないよ!!」

「ハッハッハ!! やっぱり面白いコだ!」


 とりあえず、わたしが乱入したことで、クレイとルフナのマジギレのケンカはなぁなぁな感じで終わることになった。


 これで良かったの? だったらやらなくても良かったじゃない!

 とりあえず良かったけれど、わたしは憤慨した。

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