21話 男の意地

 クレイに案内してもらった宿で一夜を明かしたわたしは、朝食を胃袋に詰め込んで、身だしなみを整える。

 昨日ルフナに買ってもらった可愛いペンダントも首から下げてみる。アクセサリーを自分からすることなんて本当に久しぶりで、なんだか気分が良くなった。

 他にもランタンや食料に水分、装備品なんかも鞄に放り込んで旅の準備は万端だ。


 せっかくの旅先フレイムリード。もう少し観光をしてみたいところではあるけれど、自分の命がかかっていると思うとそうもしていられない。


 待ち合わせ場所の聖火広場へと向かう。

 長身で細身のカッコイイ男の子が、聖火の焔のレプリカに背を預けている。


 ――何度見ても、絵になるなぁ……。

 ちょっとヘンなところもあるけど、基本的には小綺麗にしているし、言葉遣いも丁寧だ。何より強くて頼もしい――とっても素敵な青年だ。


 なんで……こんなに素敵な人が、わたしにアプローチをしてくるんだろう。

 やっぱりフレイムリードのため? そのために……わたしと結婚したいのかな。


「やぁ。おはようルクティー。良く眠れたかい?」

「うん。ぐっすり」

「ハハハ。昨夜は物騒な話をしていたけど……流石だ。それでこそルクティー」


 実際昨日はよく寝られた。というか、眠れなかったのは、呪法にかかった夜の日だけだ。わたしは基本的に睡眠には苦労しないタイプだ。


「……ねぇ、ルフナは……どうして、わたしと」

「ん? 結婚したいかって?」

「……あ、えっと……」


 まさか、言葉の先を読まれるとは思っていなくて、たじろいでしまう。


「……知りたいかい?」


 少しイタズラな笑みで、ルフナが顔をぐいと近づけてきた。

 均整の整った顔で、大人びた造形なのに、表情はどこか子供らしい。

 大人っぽさと、子供っぽさを併せ持っていて、格好いいんだが、可愛いんだか……なんだか、ズルいような気もする。

 ふと、二人旅になる前の酒場での出来事を想い返した。


 あのときは、少し弱っていて……可愛かったな。

 そういうことを考え始めると、わたしは……照れくさくて。


「き、急にやめてよ!」


 バッ――と距離を取って、顔が近かった部分をすりすりする。なんかこそばゆい。


「おっと残念。もっと近くでルクティーの顔が見たかったのに」

「もぅ~!」

「ネックレス、似合っているよ」

「……ありがと」


 紳士で、強くて、頼りがいがあって、義賊で、優しくて。

 イタズラで、だけどときおり弱々しくて、なんだか可愛い王子様……。

 ルフナの綺麗な顔を見るとドキドキするし、優しくされると心が苦しくなる。


 わたしは――ルフナのことが気になっているのかな。


 二人で聖火広場を抜けて、フレイムリードを出発しようとしたとき。わたしはずっと思っていたことを打ち上げた。


「せっかく故郷に帰ってきたのに、もういいの?」

「いつでも帰れる。今はキミのことが一番心配だよ」

「ルフナがいいなら……いいけど」

「遠慮はナシさ。オレはキミにもっと頼られたいんだよ」

「ふ~ん……じゃあ、もっといっぱい頼っちゃおうかな、王子様っ!」

「もちろんさ。その暁には、何かしらのご褒美でも頂こ――」



「ルクティ――――――――!!」



 ルフナの冗談が掻き消される。

 大声のした方向に私たちは視線を移す。

 すると――フレイムリードの正門から凄いスピードで見覚えのある人物が走ってきた。


「え、えぇ~!! …………クレイ!?」

「はぁ、はぁ……ルクティー! 無事か!?」


 わたしの姿を見つけた途端、ホッと安堵したようにクレイはその場に崩れ落ちた。


「はぁー……良かったぁ……」


 クレイは全身汗だくで、髪や服なんかもズダボロだった。


「クレイ、大丈夫? お水、飲む?」

「あ、ああ」


 わたしは鞄から水を取りだして、それをクレイの口に持っていった。

 ごくごく飲んで、一気に空気を吐くクレイ。少し落ち着いたみたい。


 それを傍で見ていたルフナが、地面に座るクレイに歩み寄る。


「ご苦労だったね。クレイ君」

「てめえに言われる筋合いはねえんだけどな」

「でもホラ、キミはオレの従者にもなるかもしれないだろう?」

「おれの主はルクティーだけだ。てめえのには死んでもならねえ」

「二人とも、ケンカしないでよ!」


 この間とは打って変わって、少しだけ険悪なムードになってしまっている。言葉の端々がお互いに荒々しいというか……。どうして?


「……ルクティー、ソレは?」

「あ、これ? 実はルフナがプレゼントしてくれたの!」


 真鍮色のネックレスをクレイに見せる。


「へっへ~! 可愛いでしょ~!」


 少しでもこの空気を和ませようと、わたしは大袈裟に喜んで見せた。

 パーティーとか豪華な席でしかアクセサリー類を身につけないわたしだ。クレイには少し珍しく映ったかもしれない。


 クレイの表情はポカンとしていて、ネックレスよりもわたしの顔を見ていた。

 それは……イヤなことがあったときの顔で。


「………あんま、似合わねえな」

「……クレイ?」


 らしくない、冷めた言葉だった。

 クレイは、わたしから視線を外して、正面のルフナを睨み付ける。


「よぉ、変態盗賊王子」

「何かな。永遠のお友達従者君」

「腕に覚えがあるんだろ? 実は最近伸び悩んでてよ……おれに、稽古つけてくれねぇか」

「……かまわないよ。オレも、身体を動かしたかったところだ」


 向き合っている二人が、にやりと同時に口角を上げる。

 え? 何? なんでこんなケンカみたいなことに……!


「ち、ちょっと待ってよクレイ、いっぱい話したいことがあるの! わたしのじゅ――じゃなくて、“アレ”のことで色々わかったことがあって!」

「悪りぃルクティー、後だ。“コレ”を片付けなきゃ先に進めねぇ」

「コレってなに! ちゃんと稽古なんだよね? ケンカじゃないよね?」

「あ? 別にどっちでもいいだろ」

「良くないよ! 怪我したら大変でしょ! ていうかルフナも引き受けないでよ! クレイってば、たくさん走って興奮しちゃってるだけなんだよ!」

「ルクティー、これは男の意地って奴だ。誰にも止められないのさ。興奮しっぱなしの動物くんも、くだらないケンカを売られたオレもね」

「ホントお前……覚えてろよ」


 いやケンカって言ってるぅ――! やり合う気だこの二人ぃ――!


「あぁ~……もう、どうしてこんなことにぃ~!」


 わたしが頭を抱えて叫んでいると、遠くから呑気な声が耳に入ってきた。


「――あ~! いたいた! お~いルクティー!」


 気さくに手を振りながら笑いかけてくる男。ジレッド先生だった。


「ん? あれ。ちょっと何この空気。アレ、もしかして、俺はお邪魔か……?」


 流石は大人のジレッド先生。男性の闘気が入り交じるこの独特の空気を肌で感じたらしい。


「そんなことねえよ。先生、審判してくれ」

「ジレッド殿、宜しくお願いします」


 ジレッド先生と入れ替わりで、二人が揃ってフレイムリードを出て行く。


「あ? 審判? なんの話だオイ」

「もー! 先生は、わたしと一緒に二人が怪我したときの医療要因ですぅ!」

「え? 何? まさかもう勃発しそうな感じ? あちゃー……やったわコレ」

「もう、何言ってんの! いいから来て! どこ行くのかもわからないけど!」

「てか感動の再会は? 俺、遠征隊抜けてまではるばる来たんだけど……。ここで再開は結構な奇跡だぜ? 『ジレッド先生探してくれてありがとうー! わたし泣く!』 とかそういうの無いの?」

「今それどころじゃないから!」


 何がわたし泣く! だ。宣言をするな。どういう情緒してるの!

 もしかすると、ジレッド先生も……かなり間が悪い人なのかもしれない。

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