29話 犯人

「――――シンクさんだね。わたしに呪法をかけた術者は」

「…………」


 シンクさんの表情は変わらない。いつものことだ。わたしは無視して続ける。


「わたしにかかっている呪法の禁忌に、“呪法被害にあっていることを他者へ伝えてはならない”、っていうのがあるの。今、それをシンクさんの前でしてみせた。なのにわたしは罰を受けてない。きっとシンクさんが、“術者本人”だから」


 既定事実のように喋ってるけど、正直賭けではあった。

 シンクさんが術者だろうとなかろうと、わたしが罰を受ける可能性はあった。

 だけど、挑戦しないことには何もわからない。今、結果としてわたしの中に残るのは、“告白した結果、罰を受けていない”という事実のみ。十分大収穫だよ。


「……推測で、それほど重要な発言をしたのですか?」

「ま、まあ……」


 あれ。なんか怒られそうな雰囲気出てる気がするんですけど……。


「……まさか、他にも、このような行動を取ってはいませんでしょうな?」

「一回だけ。クレイに告白したよ」


 シンクさんが橋脚をガツンと殴った。石がちょっとひび割れている。

 小さなミスなら他にもしたけど……そ、それはノーカンで行く! 怖いもん……。


「貴方って人はっ……!! 罰は!? なんだったのですか!」

「……え、ええと……クレイのときは……寿命が100日減りました」

「……――ッ! あとどのくらいあるのです?」

「220日、です」


 偽らず正直に白状すると、シンクさんは信じられないくらい深いため息をついて、地面に腰を下ろした。


「……どうして、私が術者だとわかったのですか?」

「呪法のチグハグさ……、かな」


 ――あなたが愛する人と両思いになり、真実の愛を育むこと。


 これが、わたしの死を回避するための掟。

 でも、この掟はあまりにも呪法という禍々しい存在から遠く離れた、幸福感を予感させるようなものなのが、チグハグで、ずっと引っかかっていた。


「フレイムリードの聖火の焔でもこの呪法は解除できなかった。でも、わかったことがあったの。複数の術者の思念が混じってるって。神父さんが教えてくれて」

「そのうちの一人が私だと?」

「わたしの真実の愛を……祈ってくれているのは……シンクさんだって、思ったから」


 あ……。なんかわたしだけの功績みたいになってるから捕捉しておこう。


「……あ。えっと、そもそもシンクさんに疑いがかかったのはね、婚姻の儀での立ち位置から……なんだけど。ルフナがね、呪法による魔力の流れに敏感で、犯人候補をある程度絞り込めた上での予測だよ、わたしのは」


 シンクさんはわたしの目をみて、少しだけ目尻を和らげた。


「……自信が、ありそうですね。この数日間で……随分と成長なされた」

「えぇー……そんな、急に褒められると照れちゃうな」

「告白しましょう。あなたの推理は当たっています」


 シンクさんが打ち明けてくれたおかげでわたしはホッとした。

 呪法をかけられてることには変わらないけれど。シンクさんなら、きっとなぜそんなことをしたのか、教えてくれるはずだ。


「でも、どうして? なんでシンクさんがわたしに呪法をかけるの……?」


 素直な気持ちだった。そこだけ解せない。

 犯人だったことが明らかになった今でさえ、シンクさんからはわたしを大切に想ってくれているだろう空気を感じる。


「……どこから……話せば良いものか」


 シンクさんは深く考え込むようにしながら、ゆっくり話し始めた。


「……ルクティー様は、“元々呪法にかかっていた”んですよ」


 予想だにしない発言に、わたしの思考も固まる。


「……ん? 待って。どうゆうこと?」

「私が呪法をかける前から――ルクティー様は“人を愛することができない”という呪法に、かかっていたようです」

「ようです……って、シンクさんは知らなかったってこと?」

「ええ。その呪法をあなたにかけたのはキーム殿。それも、七年前です」

「……七年前!? 十歳のときってこと!? えぇ、ていうかキームさん……!?」


 あまりのことに頭が追っつかない。何が……どうなってるの?


「七年前より疑ってはいましたが、知ったのは私も最近です。本人に直接問いただしました」

「……乱暴な聞き方したんでしょ。それでその怪我ってわけ」

「お恥ずかしい限りです」


 自虐的な笑みを浮かべるシンクさん。

 この人……説明不足で口べただから。でも、これでキームさんの話していたことと、繋がった気はする。


「七年前っていうと……母様が亡くなられたとき?」

「はい。キーム殿は葬儀にも来ておられた。その際、ルクティー様は二人でお会いする機会などありませんでしたか?」

「…………あった」


 そのときのことは良く覚えてる。わたしはまだ小さかったけど、キームさんは今とまったく見た目が変わってなくて。

 キームさんはわたしの背に目線を合わせてくれて、じーっと私の顔を見てた。それが、幼いわたしには不思議だった。


「…………人を、愛することができない……か」


 その言葉に、しっくりくる。

 ――確かに、わたしは“恋”というものが良くわかってなかった。

 でもそれは、年齢的なものだと、もう少し大人になったら理解できると思っていた。


 でも、もし……そうじゃなかったのだとしたら――。

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