5話 デート大好き盗賊さん
「降ろしてください」
「……ん? ああ、すまない。君があんまり軽いものだから」
「わたし、そんなに軽くないですけど」
「おっと……そうなんだね」
魔法や聖法を扱うためにも最低限の筋肉は必要だ。わたしは鍛錬を怠ったことなどないのだ! さっきゴリラ女って言われたし! ふん!
微妙な面持ちになったフードの男が、気を取り直したように語りかけてきた。
「名前は?」
「ルクティー……じゃなくて、“ルクティア”です」
「……ちょっと、もっと良く見せてくれないか」
くるっと回り込んできたフードの男が、じぃっとわたしの顔を見つめてくる。
「え?」
「…………フム」
フードの男が、わたしの顔や身体を隅々まで物色。なんだか……なんとも言えない恥ずかしさを味わうわたし。ナニコレ。
「あ、あの……」
「君……、こんなところで一体――」
「ルクティー!」
緑のキラキラが、わたしとフードの男の間を瞬く。魔力の“圧”のようなものが、通り過ぎた気がした。きっとクレイの“飛ぶ斬撃”だ。
「クレイ、大丈夫だよ。この人が……助けてくれた、みたい」
「でもそいつ、今お前の身体を……!」
「断じて触れてはいないよ。再現しようか?」
「するな!! この変態野郎!」
クレイがフードの男との間に入って、わたしを庇おうとする。
「あ! クリグリー・ベアは?」
「炎に驚いて逃げてったよ」
「そう……傷、治してあげたかったな。可哀想なことしちゃった」
「キミは、聖法が使えるのかい?」
「……ええ。まぁ」
「フム。そうか……では、オレはこれで」
突然その場を立ち去ろうとするフードの男。だけど、まだ話は終わっていない。
「まだお礼を言ってないです! 助けてくれて、ありがとうございました!」
「別に構わないよ。愛しいレディを助けるのは、オレの役目だからね」
「お礼がしたいです。さっきのデート、ぜひしましょう!」
「なにっ、デートだとぉ!?」
目をまん丸くさせたクレイが叫ぶ。そこ、そんなに反応するとこ?
「嬉しい誘いだが……すまない、ちょっと野暮用ができたんだ。これで失礼する」
そそくさとこの場を去ろうとするフードの男に、今度はクレイが剣の切っ先を向けた。
「コイツを助けてくれたのはありがてぇが、素性を明かしてくれねぇかな」
「……キミは? この子の恋人かい?」
「ちげーけど」
「そうかい。嫉妬してるのかと」
「別に。してねーよ」
「フッ。子供だな」
「ムカつくやつだな……!」
クレイがムカムカしている。のんびり屋のクレイがここまで苛立つのも珍しい。
「……キミたちのほうこそ、夜中にこんなところで何をしてるんだ?」
「別に。山菜採りに来たんだよ」
「こんな夜中に?」
「別にいーだろ」
「……フム。冒険者、ってところか」
フードの男は、わたしたちが外套に付けている冒険者の証を一瞥して言った。
「なっ、ズリーぞ! お前は……放浪者か?」
「さぁて……タダでは教えられないな」
得意げな笑みを浮かべるフードの男。
すると、「団長~!」と誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。
「何してんすか、団長。“ハッパ”の群生地見つけましたよ。さっさと行きましょうや」
「…………すぐ行く。お前ら、先向かってろ」
「へーい」
団長と呼ばれた男が、仲間たちを追い払うと、彼ら数人はわたしたちを気にもとめずに去って行った。
「……ほぅ。おたく、盗賊か何かで? “団長さん”」
クレイがすっごく腹立つ顔をしている。きっとやり返しているつもりだ。
でもそんなことより――、
「盗賊!? すごーい!」
「お前なぁ……」
盗賊! わたしの琴線に触れやすいワードが耳に入ってきた。
本で読んだことがある。わたしはその中でも、弱きを助け、強きを挫く、心優しい盗賊の物語が好きだった。
「……興味、あるのかい」
団長さんが呆気に取られたような表情で訊ねてきた。
「ある!」
「バカ、盗賊なんてロクなもんじゃねえよ! いいからさっさと退散すんぞ」
「ええ、もっとお話聞きたいよ! アジトが近くになるの? ハッパって何? 盗むの?」
「ははっ、面白いコだな。キミたちは……さっきのモンスター退治ってところか?」
「ああ。おたくが追い払っちまったけどな」
「じゃあ貸しだな。……そうだ、少し手伝ってもらおうか」
「わたしたちも盗賊活動をさせてもらえるってこと!?」
「バカ野郎! 冗談じゃねえぞ! おれは早く帰ってさっさと寝てぇんだよ! ほら、さっさと帰るぞルクティ……ア!」
「お願いクレイ! もうちょっと、もうちょっとだけだから……!」
「ダメだ、お前はいつもそうやって……最終的に厄介事はおれに回ってくるんだから! 盗賊と関わって良いことなんて一つもねぇって! あとおれの名前はグレインだろうが!」
クレイに外套を引っ張られるわたしを見て、団長さんが声を上げて笑う。
「安心しろ。悪事に手を染めるわけじゃないさ」
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