6話 盗賊稼業のお手伝い

 わたしたちは、団長さんに連れられて外れにある洞穴にお邪魔していた。

 そこでは盗賊団員の方々が日夜ボゴ森林に群生するといわれる“とある草”を収集していて、わたしたちもその採取を一緒に手伝った。


「なんでこれを集めているの?」


 実物の茎をくるくる回しながら、訊ねる。


「消すためさ。こんなものは、この世にないほうが良いんだ」


 フードから微かに見える儚げな横顔で、団長は言った。


「……聞いたことあるな。貴族階級の間でフレイムリード辺りの貧しい人民にソイツを採取させて、あぶらせる奉仕が流行ってるって」


 いつになく、クレイが博識なところを見せてきた。いつも一緒にいるのに、一体どこで勉強しているのだろう。わたしがジレッド先生の話聞いてないだけ?


 団長さんがこくりと頷いて、続けた。


「低温であぶると少し甘い匂いがするんだ。煙と一緒にそれを嗅ぐと一時的に気が高揚する。でも、その後に様々な健康被害が出る」

「汚い貴族がやりそうなこったな。自分が気持ち良くなるついでに、貧乏人が苦しんでいく様もついでに楽しもうってか」

「ああ。金持ち貴族にとっては対したことじゃない。お抱えの医者でもいるだろうからな。だが貧困者はそうはいかない。すぐのたれ死んでしまうのさ」


 団長さんは組んでいた掌をぎゅっと強く締めた。


「でも、そんなことをしないと、生きていけない奴らがいるんだ。この世には」

「…………団長さんは、盗賊だよね? どうして、そんなことを」


 ――わたしの住んでいる近くに、そんなものがあったなんて。

 ジレッド先生の授業で貧困や貴族社会の勉強はしている。だけど、外の世界ではわたしが想像もしていなかったようなことが実際に起こっている。

 それはきっと、お城に閉じこもっているだけじゃ、わからないことだ。


「……ただの慈善活動さ。やりたいから、やってる」


 団長さんが短剣を取り出し、一振りすると――ブワリと炎が溢れ出し、広がる。

 目の前に積まれた“ハッパ”の山が、見るみる燃えさかっていく。


 洞窟内の温度が急激に上がって、壁にわたしたちの影がぼんやりと伸びた。焦げた土の匂いが鼻腔に入り込んでくる。

 ――あぶり方一つで、こんなに変わるんだな……。

 これも、きっと教科書では教えてくれないことなんだろう。


「まぁ、こんなのは小手先だよ。貴族どもがコイツを流し続ける限り、下々の者は幸せになれない。ただ、これを消したことで仕事を失ったやつもいるだろう」


 団長の瞳に、燃えさかる炎が反射する。

 元の瞳の色は、わからなかった。

 だけど、その表情にはとても炎が良く似合っているような気がした。


「オレは、意地汚い貴族から金品をかっぱらっては、貧しい奴らに分け与えてる」

「……義賊ってやつか。けっ、お高いこって」

「……団長さん」

「ん。なにかな」


 口元だけが笑って見える。怪しいけれど、とても優しい返事。

 きっと、普通の女の子にはこういう人が魅力的に映るのだろう。


 だとしたら、わたしも普通の女の子なんだろうか――。

 だって、その顔を……もっと良く見たいと思ったから。


「いつまでフード被ってるの?」

「ああ……それもそうだね」


 団長さんがフードを取り払う。

 めらめらと燃え上がる火炎に反射する金の髪に、満月のように綺麗な碧眼。陶器のように綺麗な白い肌に不釣り合いな無精ひげ。


「ご期待に添えたかな。お嬢さん」

「わぁ……王子様みたい」

「ふん。いけ好かねぇ」

「みてみてクレイ、団長さん、綺麗な金の髪! お手入れしっかりしてるんだよ」

「知るかよそんなこと。どーせおれはしてないよ」

「クレイのことなんて聞いてないじゃない」

「……そうかよ」

「はっはっは、キミたちはマイペースだね。それにしても――」


 団長さんは座っていた切り株の席を立ち、わたしの横に座った。


「そんなに言ってくれるのに、オレに靡かない女性も珍しい。俄然興味が出たね」

「……そうなの?」

「ああ。キミの心が知りたくなったよ」


 団長さんがぐいっと距離を詰めてくる。綺麗な顔が、わたしの目の前にあった。

 改めて、白くて綺麗な肌。金色の髪は柔らかそうで、ふわふわしている。

 ついつい見惚れていると、隣でふて寝をしていたクレイが立ち上がり、急に団長さんの胸ぐらを掴んだ。


「てめぇ……!」

「おっと悪かった。純情少年の目には毒だったようだ」

「このっ……!」


 両手を挙げておどける団長さん。クレイは眉間に皺を寄せながらも我慢出来たらしく、団長さんを解放した。


「…………あの、団長さん」

「なんだい」

「髪の毛、触ってもいいですか」

「……どうして?」

「どんな感じか、触りたくて」

「…………………………もう勝手に触ってないかい?」

「……はっ。つ、つい」


 気が付いたら彼の髪に触れていた。

 吸い寄せられる魔力的なものを感じてならない。光沢の強い艶が、火できらきらと光っている様に見える。触り心地もとても良くて、もふもふしたいところだけど、そこは流石に自重しよう。


「………………」

「あ、あの、何か、言ってもらえると……」


 見ず知らずの男性の頭をなでなでしているのもそれはそれで恥ずかしい気がしてきた。


「…………あ、ああ! すまない。ぼーっとしてしまって。……でも、悪くないものだね。女性に頭を撫でられるのも。新たな発見だ」

「ふふ。なら良かった」

「……………………フン。勝手にやってろよ、バカ」


 再び横になったクレイが、そっぽを向いて拗ねてしまった。

 団長さんに会ってからというもの、不機嫌続きで心配だ。


「クレイはなんでさっきから怒ってるの?」

「別に怒ってねーけど」

「ハハ。本当に面白いな、キミたちは」

「別に面白くもねーけど」

「ごめんね団長さん。クレイ、いつもはこんな感じじゃないんだけど……なんか今日はご機嫌斜めみたい。ご飯……食べてないからかな」

「いや、彼の気持ちもわかるよ。オレという存在を前に萎縮してしまっているのさ」

「おれを動物扱いするのはやめろ!」


 がるるる、という唸り声が聞こえてきそうなクレイ。動物……。


「あ。そうだ、団長さん。お名前は?」

「アールヴァンと名乗っているよ」

「よろしく、アールヴァン!」

「今日は助かった。楽しい話も聞けたし、久しぶりに良い日だったよ。……ルクティー、君にも出会えたしね」

「あ……れ、わたしの名前は……」


 ちょっと動揺したわたしに、アールヴァンが軽くウインクをした。

 ご、誤魔化せてなかったのかな……っていうか、クレイもわたしの名前叫びまくってたか……。あちゃー!


「まぁ、またどこかで会うこともあるだろう」

「ねーよ!」


 クレイがどこまでも突っかかる夜だった。

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