3話 秘密の夜
ベッドから起き上がって、月夜が見える窓を振り向く。
足音を立てないようにそっと近づいて、わたしは窓の鍵を外した。
下を覗くと、クレイが呆れた表情でこちらを見上げている。
「はえーな……もう着替えてんのかよ」
「わくわくしてたから!」
自分の身形を再チェック。胸元が少し空いた軽鎧(けいがい)に、動きやすいスカート。長めのブーツに短い外套。どこからどうみても、活発な冒険者だ。
一方のクレイも同じような冒険者の装いになっていた。
「お前な……その格好でベッドに潜ってたってことだろ? 誰か来たらどうするんだよ」
「そのときはどうにかするって。ほら、時間もったいないんだから、早く行こ」
「……本当に、行くんだな?」
「じれったいなぁ! 行くってば」
いつものやれやれ顔で呆れるクレイをよそ目に、わたしは彼が用意してきた梯子や綱を駆使して自室を抜け出し、いつもするように手馴れた動作でわたしたちはプリスウェールドの城を脱出した。
そう、わたしとクレイは秘密裏に冒険者活動を行っているのだ。
* * *
城下町の冒険者ギルドにやってきたわたしたちは、依頼掲示板から、クリグリー・ベア撃退の依頼を受託することができた。
普段は大人しいけれど、最近荒っぽくなっているらしく、依頼者は果実や木材の採取ができなくて困っているようだった。
ブロンズ級のわたしと、シルバー級のクレイ、二人でなんとか対応できる初めての大型モンスター退治だ。
「……も、もう後には引けないね!」
星々が輝くプリスウェールドの空の下――、初めての撃退任務にドキドキしながら、わたしたちは街中を歩いていた。
「……いや、違約金払ってでも、やっぱ帰らねーか」
「どうしてよ! 困っている人がいるのに!」
「三日後はほら……アレだろ。“婚約の儀”」
クレイからその用語が出るのは珍しかった。
従者で幼馴染みだからか、長い間ずっと一緒だったし、わたしたちは色々なことを会話する。
それなのに、クレイは“婚約の儀”について自分からは話題に上げることはない。
「もしお前が怪我でもしたら、おれは王様になんて説明すりゃいいんだよ」
「……大丈夫だよ。この依頼、熊さんを大人しくさせれば良いだけだし」
「熊さんじゃねーよ、モンスターだよ! ブロンズ級の冒険者は殺されたりもしてんだぞ。本当にわかってんのかお前は」
「でも、クレイは退治したことあるんでしょ?」
「それは――あーもう……! ったくよー……こうなると聞かねぇんだもんなぁ……あのときだってお前は本当に……」
「過去のことをぶつぶつ言わない!」
「大昔みたいに言うな! つい先月だろうが! ……というか毎月発生してんだわ、この悩み!」
いつもクレイにはわたしのワガママに付き合ってもらっている。クレイは優しくて心配性だから、結局折れてわたしに協力してくれるのだ。
「大丈夫だって、がんばろ! クレイだって付いてるんだし」
「おれだってまだシルバー級だぞ? 高く見積もりすぎじゃねえか?」
「片手間の冒険者活動でそれだけの等級になったんだから、やっぱり凄いよ! それに、クレイがすっごい強いの、わたしは知ってるもん!」
「…………うるせ」
あ。今ちょっと嬉しかったんだな。クレイは嬉しいとき、視線をそらして鼻を擦るクセがあるような気がする。
「頼りにしてるんだから! 剣聖の末裔なんでしょ~?」
「……らしいけど、おれの両親は普通だぞ」
「じゃあきっと覚醒したんだよ! それに、ニルギムも認めてたよ。クレイは伸びるって」
「……そうかよ」
街を出て、少し行ったところにある“ボゴ森林”に入り込む。夜だと当然明かりもないため、ランタンで辺りを照らしながら、慎重に歩みを進める。
夜の森では虫と鳥、たまに獣の声がした。
地面に落ちている枝を踏むと、パキ――と森に響き渡る。
「ルクティー、気をつけろよ。何が出るかわかんねえ。おれの傍から離――」
「わたしも父様やニルギムみたいな凄い冒険者になれるのかなー」
「……お前は姫らしくティーパーティーの練習でもしとけ!」
「絶対似合わないのわかってて言ってるなぁ!? あ、もしかしてケンカ売ってる? わたし買うよ? デュクシ! デュクシ!」
「やめろバカ姫パンチすんな」
「昼間のスーパーパンチをお見舞いしてやるんだから!」
「クソダセェ名前!」
賑やかに夜の森を進めば、少しでも恐怖心がなくなるような気がした。
ワクワクしているのは本当だ。でも、やっぱり少しだけ怖い気持ちもあって。……そんなとき、クレイが隣でいつも通りにしていてくれると、とても落ち着く。
クレイが歩みを止めた。
「……ルクティー、見て見ろ」
ランタンを掲げると――、そこには大きな足跡。
それは、人ならざるモノであることを優に物語っていた。
「これが、熊さんの足跡……」
「クリグリー・ベアな。お前そろそろ認識改めておけ?」
クレイが腰を落として、そっと足跡に触れる。
「よし、ここからは慎重に行く。お喋りもナシ、足音も殺す。いいか?」
クレイの表情に緊張が走り、立派な冒険者の顔つきになる。
「うん……」
その顔をみて、わたしも緊張するのだった。
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