晨星は後宮にて眠らない―やけっぱちオタクは物語を紡ぐ―

肥前ロンズ

第1話 晨星、友と再会する

 丘陵地に置かれた都。

 南北に伸びた敷地の中心軸に、外朝、中朝、内朝がある。中朝から伸びる壁によって、南にある外朝・中朝は貴族や役人たちが入れるスペース、北は皇帝の住居である内朝となっている。

 内朝に入れる人間は、そこで働く人間を覗いてほんのわずか。大臣だって限られている。

 私はその内朝に入るために、中朝にある文華殿にいた。

 文華殿は皇帝が日常的に政務を行う場所であり、文武百官が皇帝に謁見するために使われている。

 太く赤い柱。広々と広がる天井には、緻密に書き込まれた紋様がコピペのように並ぶ。

 

 ――コミケ開けそうな広さだなあ。


 現実逃避であることは、重々承知している。正直、着ている着物や頭に着けている簪以上に、心が重い。

 やけになった。

 私の人生は、それに尽きるのでしょう。





 私の名前はきん晨星しんせい。この世界ではしがない下級貴族の娘をやっているけど、その前の人生は日本でごく普通にオタクをやっている学生だった。 

 私は一度、人生を終えている。

 受験でヒーヒー言って、就活にクタクタになっていた。これからも会社でボロボロになりながら働いて、それでも素敵な恋愛して結婚するのかなあとか思うぐらい平和だった。

 だけど突然、家にいたら、お空からヘリコプターが落っこちて死んでしまったのです!

 前世で流行ってた転生モノだって、街の中を歩いていたらトラックに轢かれてるか、通り魔にナイフで刺されるか、はたまたは飛行機の墜落事故で……いや、どれも理不尽だけど。「死ぬ!」って覚悟する前に、全部が終わってた。ドラマも何もありゃしねえ。

 けど、そんなもんなんだ。人生なんて突然終わる。気をつければ失敗や不幸を防げるってもんじゃない。努力とか頑張りとか全く届かないことの方が多いんだ。成功するのも失敗するのも大体運。頭から何か落ちてきて死ぬかもしれないし、グサッと刺されて死ぬかもしれないし、何がなくても死ぬかも。

 何よりこの世界、日本以上に理不尽なことがありすぎる。どれだけ気をつけても、悲惨な目に遭って死ぬ確率は減らないのだ。

 だから、深く考えることをやめた。もう身を任せるしかない。後先なんて考えても無駄。

 やけっぱちになってやると。





 だからと言って、後悔しないわけじゃないんですけどね、はい。

 前王朝『ばい』が倒れ、新たな王朝が立ってから、まだ十七年。

 初代皇帝が倒れ、後継者争いによって選ばれたのが、現皇帝・安民あんみん陛下。御歳私と同じ十八歳。誰にも注目されず皇帝となり、他の後継者を支持していた貴族の力をごっそり奪ったことから、「後継者争いを操っていた首謀者」だの、はたまた「初代皇帝を暗殺して国を乗っ取った」だの噂が絶えない。

 ただ、あれだけ頻発した反乱を鎮火させ、おまけに庶民の重税も辞めさせて、経済を循環させた。おかげで今はとんと平和だし、城下町の貧しい民もかなり減っている。治安も悪くない。清濁併せ呑む人物と言ったところだろうか。

 私がここにいるのは、かん王朝二代皇帝の、直々の指名で妃候補として選ばれたから。そして私は、自分の意思で後宮に入ったのだ。


 ……なーんて、カッコつけて考えても、緊張はとれないわけで。

 なんで私ここにいるの? と、自分に聞いても、「オメーが始めた物語だろうが」と辛辣に返ってくる。

 だって、嫁入り先見つからないんだもん。養父は権力欲が全くないから、お見合いさせようとしなかったし、私もそれに甘えてたらズルズルしてたし。

 でも、前世ならともかく(いや、日本もかなり独身女性に誹謗中傷する国だけど)、この国は尼になるシステムもない。戦乱や内乱で人口が減ってるため、結婚が国によって推奨されてる。

 しかもこの国の結婚適齢期は数え年で十六。私は婚期最後の十八歳。そんな最中に来たのが、妃候補の話。候補というのが曖昧だけど、そもそも後宮には誰も妃がいない。皇帝は男色家だという噂もあった。貴族の男が男子を囲うのは、この国じゃ全然珍しくない。……大の大人が幼い男の子を囲うのは、前世の倫理的に受け付けられないけど。

 なんてつらつら考えている余裕は、すぐになくなる。


「陛下がお見えになります」


 その言葉を聞いて、私は膝をつき、顔を伏せた。頭に着けた簪が、シャリンと鳴った。

 誰かがやって来る足音がした。顔を伏せた私の頭上に、影が落ちる。


「人払いをしたまえ」


 恐らく皇帝陛下だろう。

 養父や、ほとんど家族同然で育った舜雨くんの、太く、かすれるような低い声とは違い、柔らかで透明感ある声だ。

 ……あれ。なんか聞いたことある声なんですが。



おもてをあげよ」


 名乗る前に顔を上げていいのかな。

 そう思いながらも、「陛下の言うことはー?」「ゼッターイ!」と、頭の中で響く。

 ええい、と私は、簪が落ちないように気をつけながら顔を上げた。


 そして、目を丸くする。


 このイベントは私的なもののため、恐らくラフな格好のうちに入るのだろう。髪を纏めてはいるものの、頭には何も被っていない。それでも、その着物は絹でできているのだろう。ほぼ庶民感覚の私からしたら礼服のようなものだ。

 いや、そんなことより。

 よく知ってる顔なのが問題だ。

 細く、中性的な顔立ちをしているその人は、まだ幼さは残るものの、記憶の中よりずっと大人びていて、背丈も伸びていた。


 ――拝啓、養父、舜雨くん。

 やけっぱちになって、後宮入りしたらさ。

 友だちが皇帝になっていた、って、どういうことだと思う?

 

「……何やってんの?」

「君こそ何やってるの???」


 呆れた顔で、皇帝陛下が言う。

 私こときん晨星しんせいは、四年前忽然と姿を消した友人――直くんと再会した。

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