第6話 晨星、後悔する

「『華ロリ』を依頼する躊躇い」と、「私が切り出さないと桃花さんが困る」ことに逡巡した後――私は観念して、桃花さんに打ち明けた。

 なんなら紙にイラストまで描いた。口頭で伝えられる気がしなかったからだ。

 前世では、私はよく小説やファンアートを書いていた。どちらかと言うと絵描きではなく文字の方だったんだけど、投稿作品の表紙が欲しかったのでイラストも何とか描いていた。マンガ? コマ割りで撃沈しましたが何か。

 まあ、その甲斐ありまして。


「是非、わたくしに作らせてくださいませ!」


 ――そこには、目を輝かせる桃花さんの姿がありました。


「はぁ~! 素晴らしいですわ! こんな服装初めて見ましたわ!

 胸を開かせない立襟なのに、身体の線に合わせる長衫ちょうさん! 大華の薔薇のように広がる裙子くんす! 大胆に見せる長いべつ

 これは絶対後宮の流行になりますわ~!」


 今にも踊り出しそうに喜んでくれる桃花さんに、私はちゃんと伝えられたこと、受け入れられたことに安心する。


「あ、でも、この長いべつは、難しくない?」


 べつとは、日本で言う足袋のこと。ただ、足袋と違って、足の親指と四指との間が分かれていない。私たちが使っていた靴下やタイツと似たようなものだ。

 ただ、この国にはゴムはない。足の太さに合わせて、長いべつを作るとか、ちょっと難しいんじゃないだろうか。

 いやまあ、私裁縫についてはほとんど素人だから、全部が難しいんじゃないかな? とも思うけど!


「……それについては、少しお時間をいただけますこと?」


 先ほどまでは打って変わって、桃花さんの声は落ち着いていた。

 それは問題ない。というか、出来なくても当然だと思うので、「無理はしないでね」と付け足した。






「君って、結構なんでも出来るよね」


 寝巻きを着た直くんが、私のベッドの上で寝転がる。

 私は直くんの寝床に行ったことはないけど、直くんはしょっちゅうここにやって来た。まあ、皇帝だしね。


「あの絵の技術も、『前世の記憶』ってやつ? 見ないで描いてたのもすごいし、えん尚書令よりずっとわかりやすかった」

「この国きっての宮廷画家と比べないで欲しいな!?」


 苑尚書令。つまり宰相にあたる方だ。日本だと総理大臣にあたる。

 画家さんが総理大臣になれるって、前世の感覚ではすごい感じだけど、とにかくこの方、マルチな才能を持っている。


 主に人物画を得意とする方だけど、私が覚えているのは鳥の絵。博物学に近い、緻密な鳥の絵だった。きっとこの人は、羽の向こうにある筋肉すら理解して描いているんだろうと素人でもわかった。

 おまけに宮廷画家は絵だけじゃなく、衣服や土木工事まで引き受けるという。


 レオナルド・ダ・ヴィンチじゃん。


 養父からそれを聞いた時、ソシャゲで得た歴史知識を思い出した。レオナルド・ダ・ヴィンチって、『モナ・リザ』みたいな絵だけじゃなくて、色んな発明もしていたんだよね。そんな人と比べないで欲しい。


 私が描けるの、多分プロから見たらデッサンがめっちゃ狂った萌え絵だし。おまけにさっきは、ほとんど素体の状態で描いてた。レイヤーとかないし、消しゴムで書き直せないから、線がダブりそうでヒヤヒヤした……。


「趣味程度だったよ。手は覚えてたけど、筆で描くことはなかったから、難しかったし」

 

 そう言うと、「筆がないなら、何で書いてたのさ」と直くんに言われる。

 大体デジタルで描いてたけど、あれを説明するのは難しい。ここはシャーペンの説明でもするか。


「液体化する前の墨みたいなやつを、ほそーくして書いてた。ほら、炭って触ったら手につくじゃん? あれをグイッて押し付けるようにして書いてた」


 これで伝わったのかわからないけど、直はあー、と胡座をかいて言う。


「けど、それだと手が汚れない?」

「汚れないように、えーと……プラスチックでカバーしてた?」


 プラスチックって、どう説明すればいいんだろう。私、小説の転生者みたいに博識でもないからなー!

 悩んでいると、「後で思いついたら書いてよ」と直くんが言う。そうします。


「にしても面白いね、晨星の前世は。この国よりずっと発展していると見える」


 直くんの言葉は、当たっているだろう。この世界が唐代にあたるなら、多分あの世界とは千年以上の時間の差がある。その千年もの間、色んな人たちが、たくさんの時間をかけて色んなものを作ってきた。


 私はそれを理解せず贅沢に使ってたんだな、って、つくづく思う。


 私が理屈をわかっていれば、タイツやシャーペンだって作れたかもしれないし、皆の生活を少しでも良く出来たかもしれない。


 ……内乱で飢えや病気で苦しむ人たちを、助けられたかもしれない。


 瞼を閉じて、思い出す。

 今でも、忘れられない光景がある。

 戦火の匂い。人が道端で死んでいく状況。どんどん乾いていく人々の感情。

 前世の記憶があって、精神年齢は子どもじゃないのに、子どもみたいに立ち尽くして何も出来なかった自分。

 貴族という身分と、強い養父に守られてしまった自分。

 そのくせ、前世の記憶も相まって、その悲惨さに慣れることも、「どうにもならないこと」だと割り切ることも出来なかった。

 自分だけが助かっている。

 その罪悪感と悲惨さに、どんどん身体が弱っていき、養父に沢山の心配と迷惑をかけた。

 なんで私ここにいるんだろう、こんな役立たずで。

 思っても衰弱していくだけなのはわかっていたのに、そう思う自分が辞められなかった。


 せめて。

 私にもっと知識があったり、技術があったら、異世界転生モノの主人公みたいになれたのかな。

 なんて、どうしようもないことを考える。


「もっと勉強しとけばよかったなあ」


 ため息をつく私に、「じゃあする?」と直くんが言う。

 ……え?

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