第23話 晨星、思い出す




 厚実さまと別れて部屋に戻ると、桃花さんがいた。


「あ、桃花さん。ちょうどよ――」

「晨星さまぁぁぁ――!」


 桃花さんが珍しく、私に抱きついた。うお。

 なんとか桃花さんを受け止めて、私は「どうしたの」と尋ねる。


「晨星さま、わかりましたの!」

「え、何が?」

「『伸縮性を持たせる』方法ですわ!」


 え。

 意外な解答に、私は目を丸くする。

 そう言って桃花さんは、手に持っていたものを取り出した。


「これですの」

「……これって」


 桃花さんが持っていたのは、網だった。


「この網目を、襪に使うことは出来ないかと!」

「網タイツじゃん!?」


 ニーソ提案する私よりもっと攻めたこと考えてた!!

「あ、いえ! もっと網目を小さくさせるんですの」そう言って、桃花さんは網の目を指す。

 

「わたくしたちが使う布は、経糸と緯糸を交互に重ねますけど、こんな風に輪を作って繋げていけば、縦にも横にも伸びるはずなんですの!」

「それ、網を見て理解したの!?」


 桃花さんすごい。誰に言われるまでもなく、織物と編み物の違いを理解している。

 私がそう言うと、「ですが」と桃花さんは声をワントーン下げた。


「思いついただけで、これを実用化させるにはかなり時間が掛かると思いますの。だから……」

「あのね、桃花さん」


 とりあえず、私は桃花さんの話をさえぎった。


「実は、私もそのことについて、聞いてきたの」


 そう言って私は、二本の竹棒と太い針を見せた。


 


 ■


 意外なモノの登場に、私は目を丸くした。


『……編み針ですか?』

『おおう、お主、編み針を知っておったか』


 厚実さまが、大袈裟に太い眉を動かした。

 知っていた、って。普通に見たらわかるんじゃないだろうか? 私が知っているものより細いけど。


『天徳ではな、その二本の棒で糸を編み合わせて天徳布を作るのだ。ただこの国では、布は入っても技術は中々広まなくてな』


 なんと天徳布は、ニット生地でした。気づかなかった。

 そしてこの国には、編み物の技術がなかった。それも初めて知った。


『何でも、天徳布よりもっと伸びる編み方があるらしくてな。丁度、西域から来た商人が来ておる。聞いてみるといい』



 ■



「……だ、そうです」

「晨星さまぁ!」

「はい!」


 桃花さんの大きな声に、私はビックリしながらも対応する。

 桃花さんは目を潤ませながら、こう言った。

 

「ありがとうございます……本当に嬉しいです……!」


 いつもは色んな言葉を使って話す彼女が、感極まってほとんど言葉が出てこない様子を見て、私は本当に嬉しかった。


「ありがとうは、こっちだよ」

 

 心から、私はそう言った。

 

「桃花さんは本当にすごいよ。技術もだけど、たどり着くための発想がすごいもん。尊敬しちゃう」


 多分、この国で初めて立体裁断をしたのも桃花さんだし、倝族の民族衣装を取り入れてパニエとドロワーズを作ったのも桃花さんじゃないと無理だ。

 そして今、網の構造を見て、編み物の技術にすらたどり着いた。こりゃ絶対桃花さん、この国の服飾文化変えたわ。

 ――そう言うと、桃花さんはボロボロと泣き出してしまった。


「な、泣かないで~!?」

「ご、ごめんなさい……こんなに、認められたの、初めてなんですの……」


 両手で目を抑えながら、彼女は言った。


「何度か言われたことがありますの。外見を使わない仕事なんて勿体ないと。

 お針子なんかするより、踊って殿方に気に入られる方がいいと言われたこともありますわ」

「OK、ソイツの口‪を‪バッテンに縫っておくね」


 某ウサギみたいにしておくよ。私の腕だと、多分滅茶苦茶になるだろうけど。

 そう脅しを掛ける私に、桃花さんは目を拭いながら、「基本気にしていませんの」と言った。


「誰に理解されなくてもいいと思っていましたが……『好き』に心を寄せていただけるのは、こんなにも心がホッとするものなんですのね」


 言葉に表せられないほど、本当に、本当に嬉しいのです。

 そう言う桃花さんの顔は、滅茶苦茶だったけど、すごくいい笑顔だった。


 何より、『ホッとした』。

 その言葉が、あまりによくわかってしまった。


「……ううん。最初に肯定してくれたのは、桃花さんだよ」


『華ロリ』を見せた時、ボロクソに言われても仕方ないかなって思いながら、ドキドキ反応を待っていた。――ネガティブ思考から始まって心を守ろうとするオタクの悪い性だ。

 だけどあの時、桃花さんの反応を見て、ものすごくホッとした。



 


 ――私はずっと、この世界から拒絶されているように思っていた。

 前世にあった科学技術は全くなくて、公衆衛生も酷くて、ひもじくて、病気になって、悲しくて、怖くて。

 平和なんて絵に描いた餅。人道とか、平等とか、そんなものはこの国のどこにもない。ただただ、暴力と憎悪と「どうしようもできない」という諦めだけが横たわっている。

 前世の記憶が、自分の信じていた軸のようなものが、嘘みたいに思えた。


 じゃあ、この記憶は一体なんなの。

 妄想だと鼻で笑われても仕方ないのに、前世の記憶だと確信している自分は、一体何なの。


 だから、牢屋に入っている舜雨くんに物語の話をした時、私は本当にやけっぱちになっていた。

 あの時は殺される恐怖もあったけど、それ以上に自分が否定される恐怖の方が強かった。

 ただでさえ人が作り出す物語は、『ご都合主義』と言われがちだ。

 殺し屋をやっていた舜雨くんからしたら、『脳内お花畑』とか、そんなふうに返されるんじゃないか、とか。

 そもそも、誰も私の『好き』とか『面白い』とか、受け付けないんじゃないか、とか。


 だから、舜雨くんがなんて事ないように、『それで、どうなったんだ』と、淡々と話を促した時。


 私の話を、バカにしなかったことに驚いて。

 それと同時に、ホッとした。

 私の大切にしていることが、伝わっている。受け入れられている。気遣って貰っているわけじゃなくて、本当に『面白い』と思って貰えている。


 それがどれだけ、私を救ったことでしょう。

 自分の記憶は、軸は、間違ってないのだと言って貰えた気がした。

 あの時から、『世界』は舜雨くんの形になった。――

 



 

 思い出した。

 私、あの時、『世界』を良くしたいと思った。

『世界』を変えたら、舜雨くんをもっと楽しませられるんじゃないかと思ったから。

 舜雨くんを喜ばせたいと、この人に面白いもの、綺麗なものを知って欲しいと思った。


 いつの間にか『世界』は、色んな人の形になっていたけれど。

 私は桃花さんを見て、手を重ねた。


 そうでした。

 今まですっかり忘れていたけれど。自分には出来ない、身の程知らずだと思ったけれど。

 あの時私は、自分が皇帝だったら良かったと、ちょっとだけ思ったのです。


 もしも私が皇帝なら、こんな悲しい世界を、全部変えてやると思ったから。

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