第22話 晨星、苑尚書令に久しぶりに会う
と言っても、私自身には知恵がない。
なので他の人に聞いてみたいところだけど、誰が知っているんだろうか。
とりあえず、私より物知りであろう勇義さんに聞いてみた。
「いや、俺に聞かれても」
ですよね。分かっていたけど、畑違いだわ。
だけどそこは真面目な勇義くん。暫く考えた後、こう言った。
「伸縮性のある布……不織布とかだろうか」
「不織布!?」
不織布ってあれ!?
かつて2020年代猛威を奮った流行病の際に不足した、使い捨てマスクの材料か!?
「不織布!? 不織布って作れるの!?」
「なんだ急に!? 作れるぞ!?」
思わず勇義くんの肩を揺さぶっていた。
「というか、不織布は、紙が作られる前からある技法だぞ」
知らなかったのか? と、意外な顔された。知らんかった。
「羊毛、絹や麻などの繊維を泳がせて作るんだ。今の紙が出来るまで、絹布より安価な道具として使われていたそうだ」
「そ、そうなんだ……」
不織布って和紙みたいに作れるんか。知らんかった。なんか、ポリエステルとかで作らないといけないのかと思ってたわ。
でもいいことを聞いた。
華ロリは体の線に合わせて裁断するから、切れ端がかなり出てていたんだ。滅茶苦茶勿体ないことをしてしまってると思ってたから、その再利用が出来るのならラッキーだ。
ただな、と勇義さんは付け加えた。
「不織布は破れやすいからな。保存もあまり効かない。服にするには難しいだろうな」
まあ、使い捨てマスクだもんね。
でも使い捨てマスクなんていくつあっても足りない。あまった切れ端はマスクに使ってもらおう。
「布に関して知りたいなら、苑尚書令にお尋ねしたらどうだ? あの方は洒落者でも名の通ったお方だから、珍しい布のこともご存知かもしれない」
「……この国の宰相に聞くの!?」
総理大臣に『華ロリ』作るために手伝ってくださいって聞くんか!?
「この国の宰相より高貴な方と一緒にいるだろ、晨星どのは……」
ぎょっとする私に、勇義さんが呆れたような目で私を見た。いやまあ、そうだけど。
「それに苑尚書令と文昇さまは、幼い頃からの友人だったと聞くが」
「晨星どのは会ったことがないのか?」と勇義くんに聞かれる。
……そう。宮廷から飛び出した養父の様子を唯一見に来てくれたのが、苑尚書令だった。
だから私も会ったことがある。
だからヤダなんだよね~。
そうは言っても、『妃候補』を最大限に利用するぞ! と決めた矢先、行くしかない。
と言うわけで会いに行った。
「久しぶりであるな、晨星!」
「お久しぶりです、厚実さまぁ……」
たまに養父が放つ気のようなものが、顔にビシバシ飛んでくる。
「他人行儀だな晨星! 昔のように『おじさん』と呼んでもらって構わぬぞ!!」
そして声が大きい。
漫画なら絶対、集中線と爆発吹き出しで表示されている。
苑尚書令、もとい苑厚実さま。
養父とは幼なじみで、陪王朝では武官から宮廷画家に転身し、灌王朝では宰相となった異例の人。
「それで、今日はどうした? 後宮に来て以降、陛下と色々暗躍しているようだが」
「暗躍って」
華ロリ作ったり小説作ったり獏包作ったりしているだけなんですけど。
……改めて考えると、何やってんだろうね。私。
それはともかく、事のあらましを一通り話すと、厚実さまは蓄えた髭を撫でて、ふむ、と言った。
「心当たりがなくもない」
「え、本当ですか!?」
こんなにも早く答えが出るとは思わなかったので、私は思わず身を乗り出した。
「だが、条件がある」
「条件?」
少し溜めて、厚実さまは言った。
「晨星よ。わしのために、絵を描いて欲しい」
「帰ります」
全部言う前に察した。
席を立とうとする私に、「まあ待て」と厚実さまが引き止める。
思い出して欲しい。
この人はこの国のレオナルド・ダ・ヴィンチみたいな人なのである。世が世なら、美術館に飾られて毎日観光客がやって来るような絵を描く人。
その人の絵の隣に、私のパースもデッサンも狂った絵が並べられるんだよ?
いっそ殺して案件だよ!!
「なんっで会う度会う度私の絵をねだるんですか!? 自分で描けばいいじゃん!」
「知らんのか」
キリッと、劇画タッチ風な彫りの深い顔でキメて、厚実さまは言った。
「他人が描くものだからこそ得られる栄養があることを……!」
「それはよくわかるッ!!」
他人が推しの小説を書いたりイラストを描いてくれるからこそ、得られる栄養ってめっちゃある。
私も某創作コミュニケーションでファンアートを貰ったり、推しのSSを貰ったりした時、どんだけ狂喜乱舞したか!
くっ……そこまで言われたら描くしかない……!
だけど何だったらいけるんだ。
人物画? 無理。細目が美しいとされる世界で、私のデカ目萌えキャラを載せる勇気は無い。風景画はフリー素材をお借りしていたのでもっと無理。
だとしたら描けるものは、動物系。
けど、この国の動物って何がいいのか。
私がパッと描けるのは犬と猫だ。だけどこの国には垂れ耳の犬がいない。チャウチャウみたいなやつで、描ける気がしない。
猫は……ダメだ、トラウマだ。
昔、猫好きの養父のために猫のイラスト描いたら、滅茶苦茶ねだられて疲れた。
厚実さまの性格からして、描いた絵を養父に見せることは確実。
かくなる上は……!
私は、ひよこの絵を描いた。
もちろん絵描き歌に出てきそうな、コストが滅茶苦茶低いデフォルメのやつ。
厚実さまは、喜んで受け取ってくれた。
「おお、なんと簡潔で、それでいてひよこだと分かる絵だ! 素晴らしい!」
この国の人、皆褒め上手だよなあ。見習いたい。
「しかし、意外であったぞ。お主が後宮に入った時は」
お茶に対して強いこだわりを持つ厚実さまは、自分でお茶を淹れる。ちょっと苦味もあるけど、香り高いお茶を飲みながら、私は「意外ですか?」と返した。
「うむ。ショウが許すとは思わなかったのでな」
「ああー」
確かに、それはそう。最後まで反対してたし。
最終的に養父は納得してくれたけど、なぜ納得してくれたのかはいまだに分からない。
「それでお主、本当に妃になるのか?」
「お主が妃になってくれると、ショウを呼び出しやすいんだがなー」と言う厚実さま。
「私が本格的に妃になれば、逆にあの人、絶対に宮廷には戻らないと思いますよ」
「そうか? かわいい娘が妃になれば、心配になって来ると思ったんだがなー」
……それは、まあそうかも。養父に甘やかされて育った自覚あるし。
だけどそれでも、来ないだろうと思った。
妃の父親となれば、国の中枢の人物として再び返り咲くことが出来る。
でもあの人は、もう権力や国に振り回されたくないと思う。
国を平和にするために、多くの人を殺した。
その中には、桃花さんたちのような虐げられて反抗した人達もいる。
きっと養父は、そのことをずっと後悔している。いや、権力者の言う通りになって殺した自分を許していない。
内乱が収まった今、養父がすすんで剣を持つことはないだろう。
「うーん、困ったのー。東の貴麗国とも西の進度国とも揉めに揉めとるのにのー」
「それは大体、陪の皇帝が悪いですね」
無理な外征をやって、ありとあらゆる恨みを作った皇帝。いや、そもそも統一国家を作るって時点で、大分恨みを買ってるんだけども。
「北の金兜帝国もなー、陪を滅ぼすときの同盟のために組んだ縁談、反故してしもうたしのー」
その言葉を聞いて、私はむせた。
ある程度咳して落ち着いたあと、私は口元を拭って尋ねる。
「……その件は、破棄されたんじゃなかったですっけ?」
「いやー、約束は約束だしのー」
このジジイ、私で遊んでんな。心の中で舌打ちをする。
「……陪が続いておったら。否、お主が男子であればな。理高郎も、皇帝の首をすげるだけで済んだのにの」
厚実さまは、目を細めて言った。
「その時皇帝になっておったのは、理高郎ではなく、お主だったろうな?」
――もし、私が男なら。
理高郎は灌王朝を建てず、陪王朝の三代目皇帝を私に据えたのだろうか。
そうしたら、流れる血は、もっと少なく済んだのだろうか。
新王朝を建てるために起こす内乱も、後継者争いもなく。
養父は陪王朝の血を引く私を庇うことなく、過ごせたのだろうか。
私は、茶器を机の上に置いた。
そして、厚実さまの目を真っ直ぐ見た。
「苑尚書令。
私は、昕文昇の娘です」
例えDNAが陪王朝の血を引くのだとしても。
あるいは、灌王朝初代皇帝の遺伝子を引き継ぐ人間だとしても。
私は彼らを自分の親としては認めないし、これから公言するつもりもない。
私にとっての本当の親は、私を養ってくれた昕文昇ただ一人だ。
「……まあ、どこの誰であっても、親のやらかしたことを償う気なんてこれっぽちも! ないですけど!
それにあの男が、血を引いている男ってだけで皇帝にさせてくれるとは思いません。後継者争い見たでしょ!?」
「まあそうだの。あやつは徹底的な実力主義だったしの」
この国では血の繋がる父子関係を重視する。
だけど灌王朝初代皇帝理高郎は、後継者に養子を選んだ。
より皇帝に素質がある子どもを選び、育てた。
多分直くんも、そのうちの一人だったんだろう。私とは、つくづく変な縁だなって思う。
恐らくだけど、やつの血を引くのは私だけなんじゃないかな。私には、上の兄弟も下の兄弟もいなかった。
作らなかったのか、あるいは作れなかったのかもしれないけど、そこはどうでもいい。
「とにかく、あの野郎の目論見通り、皇帝にふさわしい人が就いたんです。すごく腹立たしいですけど」
「ふさわしいか?」
厚実さまは、じっと私を見た。
「あの男は、皇帝としてふさわしいと思うか?」
「……違うんですか?」
私が尋ね返す。いや何、と固くさせていた表情をフッと和らげた。
「お主がそう思うのであれば、それでよい。
で、お主の言っていた、『伸縮性のある布』のことなんだが」
厚実さまはそう言って席を立ち、引き出しから取り出した。
その何かに、私は目を見開いた。
それは、二本の竹棒と、太い針だった。
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