第24話 晨星、妃になることを申し出る






「そういうわけで。苑尚書令のおかげで、ニーソ問題は解決しそうです」


 私が報告をすると、「それは良かった」と直くんが言った。


 いやあ、しかしこの国、編み物の技術がなかったんだ。今思い返せば、確かに誰も編み物している様子はなかったけど。

 不織布があったり、編み物の技術がなかったり。意外なものが昔からあって、意外なものがなかったりするもんだなあ。


 とにかく、厚実さまには後でまたお礼を言わなければ。



「そういえば苑尚書令さ」



 直くんから出た名前に、私はギクッとした。嫌な予感がする。



「この間会った時、君が描いたって言いながら、えりにひよこさんのマークがいっぱい着いていたんだけど」

「あの人私の絵を服に使ったの!?」


 私の絵、無断転載もグッズ販売も禁止なんですが!!


「え、ってかどゆこと!? 自分で服に描き写したの!?」

「ああ、木版だよ」


 ……木版?

 前世の時、彫刻刀で彫ったことをぼんやり思い出した。


「ほらこの間、君が提案したでしょ? 活字印刷」

「あ、うん」

「さすがに全部の漢字を一気に作ることは出来ないから、いっそのこと一頁の版を木版で作ろうって話になってね。

 で、よく考えたら絵でもいけそうだと思って、その試し刷りをやってたんだ」


 つまり浮世絵とか、かわら版に使われていた方法で印刷するってことか。

 ……それを使って、厚実さまは私の絵をコピペしたわけね。まるで孫から絵をプレゼントされて、その絵のTシャツを自作するみたいなことしてんな、あの人。


『あの男は、皇帝としてふさわしいと思うか?』


 ――ふと、厚実さまの言葉が、頭の中で響く。

 好々爺な態度から一転、為政者の顔をした厚実さまの意図が気になった。


 一体どういうことなんだろう。厚実さまは、直くんが「ふさわしくない」と思っているんだろうか。


 いや、そもそも。

 直くんは、皇帝になりたかったんだろうか。


 私は、直くんのことを全然知らない。

 彼の名前は理

 私たちが呼ぶ『直』が、偽名なのか、それとも皇帝になった時に改名したのか。

 あの時怪我をしていたのは後継者争いによるものだったとして。

 なぜ突然、私たちの元に去ったのか。

 彼の性格からして、積極的に皇帝になりたいと思ってなったとは思えない。


 そして何より、私は自分の秘密を直くんに言っていない。



 

 灌王朝初代皇帝、理高郎。

 かつては陪王朝の皇室・陽家の腹心の部下。

 彼を信頼した陪王朝二代皇帝は、皇帝の妹である金烏公主を彼の元に降嫁させた。

 そして産まれたのが、私だ。

 だけど無理な政策がたたって、国は崩壊。

 理高郎は陪王朝を倒し、陪王朝の血を引く人間を全員殺した。妻の金烏公主を含めて。

 

 陪王朝と理高郎の血を引く、恐らくたった一人の子どもである私は、性別が女だった。皇帝の後継者になり得ない私は存在を隠され、養父のもとに引き取られた。

 これが私の秘密。


 


 正直、直くんが知っていても驚かない。

 あの男に見込まれ、皇帝を継いだ後継者だ。

 問題は、知っていてどうして直くんが私を『妃候補』として呼んだか、だ。


 陪王朝の人間が皆殺しにされたのは、新しい王朝が建ったことを知らしめるため。

 それでも私が生き残ったのは、養父が庇っただけじゃなくて、ひとえに娘だからだと思う。


 もし私が息子だったら、理高郎あのヤロウはひとまず私を陪王朝三代目皇帝に継がせて、その後病死という名の暗殺を図って皇帝についたに違いない。


 なお、なんで女だと生き残れるかと言うと、嫁がせるための道具に使えるから。

 

 後継者争いが起こる一年前、昕家にあの男の使い(誘拐犯)がやって来て、私を誘拐しようとしたことがある。

 誘拐されれば私は、陪王朝を倒す時同盟を組んだ北の金兜帝国に『報酬』として嫁がされる予定だった。

 そこを養父と舜雨くんがボコボコにして、しかも舜雨くんは、皇帝を殺しに行こうとしてたんだよね。

 それを止めた時に、私は腹部に大怪我を負った。



 正直、皇帝候補から外されてよかったと心底思ってる。 

 一時期、「私が皇帝ならこんな争い片っ端から辞めさせてやる」と思った時もあったけど、無理。こんな複雑な国、私じゃどうしようもない。

 ってか、ストレスで死ぬ。皆敵になるかもしれない味方とか無理。味方にするために人権侵害して囲うのも無理。病む。


 じゃあ、直くんは?

 直くんはわずか四年で、見事国内を落ち着かせた。

 それは多分、正攻法だけじゃないと思う。恨みを買っていることもあるだろうし、実際直くんには味方がほとんどいない状況だ。


 だから、呼んだのかな。

 直くんにとって、無条件に信頼出来る存在だから。これは自惚れとかじゃなくて、確信できる事実だ。


 私の秘密を利用して呼ぶなら、とっとと妃にするか、他の国に嫁がさせるだろう。

 そもそも二つの皇室の血を引く私と結婚したところで、特にメリットはないと思う。そんなこと、この国の人はほとんど知らないんだから。


 私は昕文昇の娘。これからもそう名乗るし、皇帝になんか到底なれない。

 権力もないし、頭も良くないし、暗殺を仕掛けられたら多分コロリと死ぬ人間だ。

 ――出来ることと言えば、直くんを一人にさせないことだけ。



「直くんさ」

「んー」

「私の事、抱ける?」



 ぶっはあ、と飲んでいたお茶を噴き出した。


「何言ってんの?」


 ガタガタ茶器を震わせながら、黒目がちの目を限界まで見開く直くんは、額に汗をかきながら、青白い顔で言った。


「何言ってんの?」


 二度言うことか?


「いや、それは全然いいんだけど。私の事、妃にするつもりはあるのかなって」

「何どういうことどうしたの一体」


 なんか変なものを食べた? と、おでこをペタッと触られる。

 失礼な。第一、変なもの食べがちなのは直くんでしょ。その辺にあったキノコを食べて笑い死にしそうになったところを、舜雨くんによって吐き戻されていたのは誰よ。


「別に、大した理由じゃないよ。でも、何時までも『妃候補』では居られないでしょ」


 あと半年も経たないうちに、正月がやって来る。

 その頃には、私は妃になるか、あるいは後宮を去らなければならないだろう。


「だからもし直くんが私にいて欲しいって言うなら、妃になってあげようかなと」

「待ちなさい、本当に。早まるなお願いだから」

「なんでそんなに拒否するの?」


 自分で妃候補として呼んでおきながらさあ。


「……一応、確認したいんだけど」

「うん」

「舜雨のこと、今も好き?」

「当然」


 そう言うと、大袈裟に直くんはホッとしていた。

 好きな人は舜雨くんだ。これからも、きっとそれは変わらない。

 それを受け入れて結婚してくれそうなのは、ぶっちゃけ直くんしかいない。

 それに。


「この立場を使って、出来ることもあるかもでしょ。だったら、カラになるまでダシを搾り取りたいじゃん」


 妃には、権力がある。

 妃になれば、桃花さんのような人を掬いあげて、後宮を変えていくことは出来るかもしれない。

 それは、ほんの少しの、誤差みたいなことだろうけれど――舜雨くんに笑ってもらえるような世の中を、少しずつでも作れるかもしれない。

 何かを頑張る人が、そのために別のことを諦めなくていい世の中を、少しでも作れるかもしれないなら。



「……それで、君が舜雨を諦めることになってもかい?」



 矛盾だよ。

 黒目がちの目が、言ってる気がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る