第25話 晨星、華ロリを着る
「前も言ってたよね。フラれたら気まずくなって、家族としての居場所を奪うかもしれないって。
でも舜雨の居場所は、そんな事で揺らぐものじゃないだろう」
君たちが築き上げてきたんだから。
そう言って、直くんは私の手を握った。
「舜雨は、他者がどう想っても、自分のことは自分で決める人間だ。誰かに忖度なんてしない。
……そんなの、君が一番よく分かっていることだろう」
直くんの言う通りだった。
舜雨くんは他者を否定しない。それは、自分軸がしっかりしているからだ。自分のしたいことを誰かに踏み入られることもなく、「自分は自分、他人は他人」と分けられる。
だけどそれは、もし、私があんなことをしなければ、の話だ。
■
『恨みは、一生消えることは無い』
昕家で暮らし始めて一年。舜雨くんは、そう言った。
人を殺して、殺されて、大切な存在を奪って奪われて、遺された者には憎悪と悲哀と孤独が押し寄せて、それに潰されそうになりながらまた誰かを殺す。
この世界は、その繰り返しで満ち溢れている。だから、終わることは無いと言った。
『一度殺してしまった以上、俺は殺手以外にはなれない』
それは、暗殺者が殺しを辞める物語を話した時のことだった。
舜雨くんは憎悪や復讐ではなく、金のために人を殺した。
仕事以外では殺さない。それが彼にとってのポリシーだった。
……そんな舜雨くんが、私のために怒ってくれた時、本当に嬉しかった。
女は物品として扱われて当然の社会で、彼は怒ってくれたのだ。
だからこそ私はあの時、舜雨くんに殺して欲しくなかった。
あんな、「殺すか、嫁に出すか」の二択しかない、合理的主義で冷徹で冷酷でいっちゃん私が好かないタイプのダブスタクソ皇帝だけど。
ぶっちゃけ、舜雨くんほどの腕前なら、多分やれたけど。
彼がなりたいものになって欲しくて、それを諦めて欲しくなかった。
彼が、あの一年で変わったことを知っている。
いや、変わったんじゃなくて、元々そう言う少年だったのだ。
あんまりにも許容範囲が広くて、人のくだらない話に何時間も付き合って、そのくせ本気で感想を言う。
それが子どもでも老人でも、性別も関係ない。
押し付けがましくもなく、ただあるがままに受け入れて、自分の出来ることなら何でもしてあげてるのに、本人は「してあげてる」なんて思ってもなくて。
彼は自分が、優しいことに気づいてない。
自分がどれだけ色んな人に愛されてるか、わかってない。
優しいから、彼のしてきたことが帳消しになるなんて、これっぽちも思わないけれど。
同じように、彼の優しさを打ち消すこともないはずなのだ。
舜雨くんが持っていた刃が、私の腹部を刺した。
肉が裂ける。
火の玉のような熱さが私を襲った。それと同時に、ドーパミンもドバドバ出ていた。
痛みなのか熱さなのかわからないまま混濁する意識の中で思ったことは、
――しめた。
だった。
舜雨くんは事故とはいえ、私を傷つけた。つまり私には、彼を裁く権利がある。
だから言えると、私が証明出来ると、本気で思った。
血まみれの腹をおさえ、触った手が血で汚れる。
いつもは冷静な舜雨くんが、迷子のような顔をして泣いていた。
その汚れた手で、私は舜雨くんの頬に触った。
『許すから』と。
私を殺しかけたことを許すから。
私に一生消えない傷をつけたことを許すから。
『この世界に許しがないなら、私が作るから』
恨みは一生消えないなんて、
世界にはそれしかないなんて、
そんなの私が否定する。
■
舜雨くんが殺そうとした相手が皇帝であることを濁して、私はそのことを直くんに話した。
本当にバカだったと思う。
致命傷にならなかったのは、舜雨くんの咄嗟の判断によるものと、その場に華先生がいたからだ。あんなことをすれば、死ぬ確率の方がずっと高かったのに。
ごめん、ごめんと、何度も謝らせた。そんな事をさせたくてやったんじゃないのに、そうさせてしまった。
私が許すと言っても、彼は絶対に自分を許しはしない。
最初からそうだった。彼は、自分の決意の中に誰かを踏み入れさせたりはしない。
殺しかけたあの時の罪悪感で、舜雨くんはきっと、私から自由になれてない。
「……だから舜雨くんが、私に慮ってOKを言う可能性もあるんだよ」
もし告白して、罪悪感で彼が頷いてしまったら、救われたあの日が悲しくなる。
私のために気遣いで寄せてくれるんじゃなくて、私とは関係なく同じ想いを、同じ熱量で持ってくれたことが嬉しかったのだから。
「……だったら、なおさらちゃんと向き合いなよ」
黙って全部を聞いてくれた直くんは、そう言った。
「罪悪感を抱かせたことまでわかって、それを申し訳なく思っていることまで伝えて、ちゃんとフラれたら――私の妃にしてあげてもいい」
直くんの返事に、私はちょっと笑ってしまった。
私はどうやら、妃になれないみたいだ。
そうして季節は過ぎていき、葉が紅葉する秋。
秋を告げる雨が何日か降り、ようやく月安でも肌寒くなってきた頃だ。
いよいよ、華ロリが完成した。
何故か直くんから「お披露目するなら紫寝殿の一室でやってね」と言われ、当の本人は不在。相変わらず何考えてるんだか。
誰か通って来ないかと不安になるけど、ま、変わったことをしていると思われても問題ないか、と切り替える。
だって、桃花さんの作ってくれた服は、本当に素晴らしい。
ぶっちゃけ、人に見せびらかしたい。
広がるプリーツスカートの下から伸びる、畝のある黒いニーソは、厚手で暖かい。
これだったら、スカートから足が出ていても恥ずかしいと思われないかも。
「襪は、折り返しをつけることで下がりにくくいたしましたわ。中に紐を通しておりますので、気になれば結んで固定することも可能です」
紐足袋みたいな感じか。すごいなあ。とても編み物を始めた人の技術とは思えない。
私がそう言うと、「いえ」と桃花さんは続けた。
「今回は、大食商人の方々に編んでいただきましたわ」
「え?」
「陛下から、『早く仕上げるように』と命じられまして」少し寂しそうに、桃花さんが言った。
「不慣れなわたくしが携わるより、大食の奥方に依頼いたしました」
「……そっか」
仕事だから仕方ないとは言え、悔しかっただろうな。
だけど桃花さんの負担が少し減ったことに、ちょっと安心した。
「その代わり、わたくしは別の作業を進めておりましたの」
そう言って、桃花さんは他の女官の人に指示した。指示された人たちは、丁寧に服を持ってきた。
その服は、デザインを変えた華ロリだった。
どうやら桃花さんは、もう一着作っていたらしい。
ただし。
「……桃花さん。あの」
「はい?」
「スカート……裙子が短いような……?」
「気のせいですわ」
いや、気のせいじゃないよ。
ミニスカレベルだよ。
「陛下から至急、この服を作るように命じられまして」
「セクハラか!?」
脳内でグッと親指を立てる笑顔の直くんが浮かぶ。
何、このデザインを直くんが考えたってこと!?
「いえ、この服を考えたのはわたくしですわ」
「桃花さん!?」
「だって着て欲しかったんですもの!!」
迷いない眼で、桃花さんは「ぜひ! こちらも! 着てくださいまし!」と頼んでくる。
その熱意に負けて、私は衝立で簡易的に作られた更衣室に入って着替えた。
太ももの半分ぐらいしかない、スカートの丈。
そこから伸びるニーソ――というか、オーバーハイソックス。
スカートとソックスの間には、ほんの少しだけ肌色が見えた。
「絶対領域じゃんこれ!?」
そこまで自力でたどり着かなくていいよ桃花さん!!
そう言いながら私はカーテンを開ける。
そこには、誰もいなかった。
桃花さんや他の女官は、煙のように消えていた。
あと服もなかった。
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