第28話 晨星、自分のポカに気づく

 まったく頭が追いつかない。

 真っ青な空から、雷が落っこちてくるような。そんな想像もしないことが降ってきたみたいだ。


「すまん。嘘をついた」

「え」

「お前の嫌がることはしたくないと言った」


 だが、と舜雨くんは続けた。


「お前が迷惑だと言っても、先ほどの言葉を取り消せない。……一応、なかったように努力はするが」

「取り消さなくていいから!」


 慌てて私は遮った。

 よかった。ぼーっとしてたらこの人、今私のために「迷惑なら、(告白を)なかったことにして欲しい」とか言い出しそうだった!

 え、というか、あれ? 今告白された?


 告白された!?


 もうこれ以上ないってぐらい、私の顔は真っ赤だろう。ビックリしすぎて、さっきから金魚みたいに口をパクパクさせている。


「……」


 お互い、沈黙してしまった。

 元々舜雨くんは、お喋りな方じゃない。話すことを面倒くさがるわけではなく、じっくりと考えて、ポツポツと話すタイプだ。

 それと同時に、相手の言葉がまとまるまで黙って待ってもくれる。人の話をずっと聞いてくれる。

 私はいつも自分の事ばかり話してしまうから、舜雨くんの優しさに甘えてばかりだった。


 なのに全然、言葉が出ない。

 

 どうしよう。

 直くんの前では、沢山舜雨くんの好きなところを話していたのに。

 そもそもさっき私、全部終わらせるつもりで言うつもりだったのに。

 どうしたらいいの、と泣きたくなった時、ふと直くんの言葉を思い出した。



『罪悪感を抱かせたことまでわかって、それを申し訳なく思っていることまで伝えるんだ』



 スウ、と熱が引いて冷静になった。

 そうだ。

 私はまず、謝らないといけない。

 


「私、キミを止めるために自分の身体を盾にした」



 唐突に昔のことを切り出した私に、舜雨くんが少しだけ動揺していた。

 私は腹部に手を置いて言った。


「この傷のことで、キミが罪悪感を持っていることを知ってる。それをずっと、謝らなくちゃと思ってた。ごめん」

「……謝らなければならないのは、俺だろう」

「私が刺されに行ったんだよ。キミは何も悪くない」


 キミは何も悪くない。

 ようやく言えた。ずっと言えなくて、苦しかった。

 黙って話を聞いてくれる舜雨くんが、唯一受け入れてくれなかった言葉が、それだったから。

 だが、と舜雨くんは言う。


「お前の縁談が上手くいかなかったのは、その傷もあるんじゃないのか」

「……へ?」


 私は思わず目を丸くした。


「……そんなことは、ないと思うけど」

「そうなのか?」

「だって単に、後回しにしてただけだし」


 私は何やかんや期待しないとか言いながら、できる限り舜雨くんと一緒にいたくて、縁談に乗る気がなかった。養父も私の意思を尊重していたから、強制させなかった。

 もしかしたら断るために、私のお腹の傷を理由にしたのかもしれないけど。

 そうこうしているうちに縁談そのものがなくなり、婚期を逃し掛けそうになったから、後宮に入ったのだ。

 これ以上いたら、間違いなく養父と舜雨くんに迷惑をかけるので。


「本当は私、キミ以外、誰とも結婚したくなかったんだよ」


 するりと、その言葉が出てきた。

 言葉にした途端、自分の本当の望みがハッキリした。

 そうだ。私は本当は、誰とも結婚したくなかった。ずっと言いたくて、その本音を体裁とか、この国の常識とか、そういうので誤魔化した。

 環境が変われば想いも変わるかもしれないと、全部自分のものを捨てようとしていた。

 ……バカだなあ。結局、全然捨てられなかったくせに。



「キミに言ったら、気を遣って承諾するんじゃないかと思って、言えなかった。……キミからそういう目で見られている気配なかったし」



 ずっと一緒にいたのに、舜雨くんの好意なんて気づかなかった。

『言葉を使わず、人の気持ちを探ろうなんて愚かだよ』という直くんの言葉、今ひしひしと感じている。

 あの言い回しと、後の発言を考えたら、直くんは舜雨くんの気持ちも知ってたんだろうな。

 私が鈍かったのかなあ。遠い目をすると、舜雨くんが口を開いた。



「……そういう目で見たら、嫌われると思ったから、隠していた」

「絶対嫌うわけない」


 私がそう言うと、そうか、と舜雨くんは言った。


「良かった」



 舜雨くんの眦と口角が、ほんの少し下がった。

 ――彼のこの顔が、好きだ。

 直くんに話したことを、思い出す。『可愛いものや純粋無垢な存在と接する時』と私は言ったけれど、私はそんな風に見られているんだろうか。

 それとも別の意味も、ちゃんと含まれているんだろうか。



「……触ってもいいか」



 そう言って骨張った直線的な指が、横髪のかかった私の頬を撫でる。

 鳥肌が立った。

 恐怖とか嫌悪感じゃない。くすぐったいような気持ちよさがじくじくと走った。

 どこか何かが足りないような感覚なのに、これ以上与えられるとパンクしてしまいそうな。


 いつも当たり前みたいに触っていたのに、全然違う体になったみたいだ。


 私はなんて言えばいいのかわからなかった。

 多分それは、今みたいに頬を撫でるだけじゃない意味なのはわかっていた。

 ちょっと触っただけでいっぱいいっぱいなのに、これ以上触られたらどうなるのかわからない。

 私はたどたどしく指に触れて、なんとか絞り出した。


「い、いよ」


 たったその三文字を言うのに、声が裏返った。

 その言葉を聞いて、舜雨くんが幸せそうに笑った。

 




 食べられるように、舜雨くんが私の唇をはむ。

 息を奪われているのか、それとも与えられているのかわからない。

 ただ、息苦しさと、恥ずかしさと、どうしようもない喜びが全身の脈をギュウギュウに詰まって暴れてくる。


 どれだけ時間が経ったのかわからない。

 一瞬だったかもしれないけど、長く感じられた。

 ぷは、と息をもらして、ふと舜雨くんと目が合った。


 思わず固まった。


 こんな風に、私を見る人だったっけ?

 何時もの青い瞳が、違って見える。

 そう言えば黒以外の目は、明るさや感情とかでも色が変わると聞いたことがあった。筋肉で瞳孔の大きさや虹彩の色が変わるから。

 今まで何度も、薄暗い場所で舜雨くんの瞳の色を見た事はある。だけど、こんな色は見なかった。



「も、もしかして舜雨くん、私の事が好き……!?」



 さっき確認したはずなのに、もう一度確認せざるを得なくなった。


「そうだが」同じ事を聞かれても、いつも通り平坦な顔で、けれど瞳の色は欲情めいていた。

 わかんないわかんないわかんないわかんない。何をどうしたらそんな器用に表情と瞳を切り分けられるの。目元だけ塗りつぶしたらそんな風には一切見えないんですが!?


「ど、どれぐらい好きな、の……?」


 アホみたいな質問に、真面目に考えてくれるのが舜雨くんである。


「お前の嫌がることは絶対にしないが」念入りにその言葉を置いて、舜雨くんは言った。


「その細い腕を抑えて自分本位に事をなしたいと思うぐらいには、お前に惚れている」


 知らない。

 私に向けてこの質量を持っていたとか知らない。

 もしかしてこれ、私が鈍かったんとかじゃなくて、舜雨くんが隠すのが上手かったのでは!? いくら私が鈍いからと言って、こんな溶けるような目で向けられたら流石に気づく!


「軽蔑したか?」

「しない!」


 そんな重量抱えても絶対に実行しないのが舜雨くんだ。

 さすがに分かる。この腕なら、本当にそれが出来ただろう。だけどその腕は、さっき包み込むように私の頭を抱えこんで隠した。

 その欲望全部を私のために抑えてくれていたのなら、――どれだけ舜雨くんが、私を大切にしてくれていたのか。


 どうしたらこの人を大切に出来るのかわからない。

 なんかもう、この人のためだと思ってやったことが全部傷つける結果にしかなってない。ちゃんと舜雨くんに聞かないからですね、当たり前だバカ。



「舜雨くんのして欲しいことって何……」



 なんかもう、前ぶりとか何も無く聞いてしまう。恥ずかしさと多幸感で考えるのが疲れてしまったのもある。

 舜雨くんは何回か瞬きをしてから、こう言った。


「名前を呼んで欲しい」

「……舜雨くん?」


 ああ、と舜雨くんは言った。


「お前に名前を呼ばれなくて、寂しかった」


 ……この人は何度、私を喜ばしてくれるんだろう。

 あと、私は直くんと話す度舜雨くんの名前を呼んでいるから、呼んでいない意識がない。心の中ではその倍ぐらいは呼んでる。


 あと、と舜雨くんが言った。


「その格好を、もう一度明るい場所で見たい」


 ダメだろうか、と舜雨くんに聞かれた。

 ……そう言われてしまえば、恥ずかしくても何とかしたいと思う。

 だけど、すぐには対応出来なかった。


「……ごめん、ちょっと待ってもらっていい?」


 腰抜けた、と告げると、舜雨くんはわかった、と告げた。


「……これ、いいな」


 つう、と、舜雨くんがニーソを履いた足をなぞった。思わず私は飛び跳ねた。


「え、遠慮がないね舜雨くん……!?」

「気を遣われるのは嫌なんだろう」

「言ったねえさっき!」


 けどそんな急に押してくるとは思わないじゃん!


 けれど舜雨くんは、それ以上は変な触り方はせず、私の身体を抱き上げた。スカートとニーソは見えないように、舜雨くんの袖で隠されている。

 いつもは私が見上げるのに、今は舜雨くんが見上げている。


「お、重くない?」


 暗に下ろしていいよ、と告げたのに、ああ、と舜雨くんは肯定した。


「重たくなったな」


 ――昔より、ずっと重くなった。

 それは、祈りみたいな言葉だった。

 食べ物が足りなかった時代。刺された時、私は多分、この人に抱えられて運ばれた。

 この人を、いっぱい不安と心配をさせて来たんだな。

 急に、そんな当たり前のことを皮膚で感じた。


 舜雨くんの首に手を回して、抱きしめた。


「好きだよ」


 ごめんねは、多分もう傷つけるだけだから。

 代わりにその言葉を告げた。

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