第27話 晨星、逃げる(失敗)
桃花さんたちがいない。ついでに服が無い。
私は慌てて部屋を飛び出した。
「ちょっと桃花さんー!? 服持ってどこに……」
回廊に出てすぐに、私はある人と目が合った。
それはもう何ヶ月も見ていない顔だったのに、まるで昨日も会ったかのような顔をしていて。
私の服の下にある全部の神経が、その人がいる方向へ注がれる。
やがてその人が、武官の装束をまとった舜雨くんであるということに気づいた。
どうして、彼がここに。なんて考える前に、舜雨くんの青い目がこちらを見ていた。
舜雨くんは、呆気にとられたような顔をしていた。
頭の中で、『戦う』『逃げる』『道具を使う』『仲間を呼ぶ』のコマンドが現れた。
真っ先に『逃げる』を選んだ。
「みゃぁぁぁぁ――!?」
叫びながら、私は回廊を走った。勿論、逆方向へ。
ミニスカとか気にしないで走った。大丈夫、パンツ履いてるから恥ずかしくない。でも舜雨くんに、この姿、しかも脚見られるのは恥ずかしい!!
けれど、まあ。
晨星 は 逃げられなかった。
「晨星っ、」
あっという間に腕を掴まれてしまった。振りほどけない。
力の差とかもあるけど、そもそも私は舜雨くんを拒否するために振りほどくことが出来ない。うっかり殴ったりしたらすごく嫌。
私は必死で顔を逸らすしかない。
「晨星」
舜雨くんが、珍しく焦っている。そんなに衝撃的だったかこの格好。
どうしようと思ったその時だった。
「どうかされましたか!?」
少年の声がした。宦官だろうか。
その声を聞いて、咄嗟に舜雨くんが私を部屋に連れ込む。
そこは太陽の光がほとんど入らない部屋だった。舜雨くんと私は物陰に隠れて、少年が去るのを待った。
舜雨くんは私を抱きしめて、物陰に隠れる。
やがて気配が遠のいて行ったのがわかった。私は無意識に止めていた息を吐く。
「……すまん、見られたくないのかと思って」
吐息混じりの低い声が落ちてきた。
舜雨くんの声だ。舜雨くんの匂いだ。
昔は当たり前のようにあったのに、しばらく会ってなかったせいかドギマギする。
そこで会話が途切れた。
恥ずかしさから一転、どんどん血の気が引く。
どうしよう。恐れていたことが起きてしまった。何を言われるのか想像つかなくて、怖い。
「晨星」
先に沈黙を破ったのは、舜雨くんだった。
「……俺が、怖いか?」
意外な質問に、思わず顔を上げる。
舜雨くんは、何処か悲しそうな顔をしていた。
……なんで?
「え、いや、そんなことはない、けど」
あ、これ多分、私の別の恐怖が伝わってるんだ。
彼は人の恐怖に敏感で、相手を怯えさせないよう色んなことに気遣う。そういう人だった。
私は素直に言うことにした。
「君に、嫌われるのが怖いと言うか」
「……何故?」
何故って。どう答えればいいんだよ。
「こんな格好をしてるから……?」
「……」
舜雨くんが私をゆっくり引き離して、じっと見ようとする。
「見ないでー!」
慌てて私は舜雨くんの目を塞いだ。
「違うのこれは途中まではわがまま言ってもらって作ってもらったんだけど何かもう一着出来ててどうも直くんの命令で、そう! 直くんのせいなの!!」
言い訳のような言葉が、ペラペラと出てくる。
「こんな格好」なんて言いたくなかった。このニーソや華ロリは、桃花さんや大食商人の人が、一生懸命作ってくれたものだ。布だって、私の知らない誰かさんが一生懸命作ってくれたものだ。
それなのに私は、自分のためにもならない保身を行うために、その人たちのことを否定している。
怒涛にまくし立てた後、また沈黙が流れた。
舜雨くんは静かに言った。
「……お前の嫌がることはしたくない」
だが、と舜雨くんは言った。
「お前がどんな姿をしていても、嫌う理由にはならない」
……それも、そうかも。
私は、ゆっくり手を離した。
舜雨くんは何か考えていた。その間、瞬きもしなかった。
そして思いついたのか、平坦に言った。
「似合っていると思う」
「……気を遣わなくていいよう」
私は何だか拗ねたくなってきた。
私は一挙一動、舜雨くんの行動が気になって慌てふためくのに、舜雨くんはほとんど何も変わっていない。さっきの動揺は、私の格好じゃなくて、私が突然現れたからなんだろうな。
「気を遣ってない」舜雨くんは私を真っ直ぐ見た。
「天女が現れたのかと思った」
無表情で語る舜雨くんの言葉を飲み込むのに、時間が掛かった。
その結果、急激に熱が集まった。頭に。
けれど、すぐに気づく。――あ、これは舜雨くんの天然発言か。
なんだ。ビックリした。他意も下心もないやつだ。
そう言い聞かせても、心臓は全然落ち着かない。
悔しい。
私はこんなに振り回されているのに、舜雨くんがまったく普通なのが。舜雨くんの天然発言でこんなに腹立たしく思ったのは、今日が初めてかもしれない。
最初から期待なんかしてないけど――してないけども!!
『ちゃんとフラれたら、私の妃にしてあげてもいい』
唐突に、直くんの言葉を思い出した。
そうじゃん。私、フラれても直くんが結婚してくれるんだから、言ってもいいんじゃないだろうか。先があるってちゃんと理解して貰ったら、多分舜雨くんも罪悪感とかないし。
私は、今生三回目のやけっぱちになった。
もうここで、全部終わらせてやると。
「ダメだよ、舜雨くん。そういうことは、好きな相手に言わないと」
舜雨くんが眉をひそめた。
「……好きな相手なら、言っていいのか?」
「そうだね、まあ舜雨くんの好きな相手が男だったら、異性で例える表現はやめた方がいいけど。女の子だったら、嬉しいと思うよ」
私も嬉しいし、と付け加える前に、「わかった」と舜雨くんは言った。
……わかったんだ。
自分で言っておいてショックを受けるとか、私はどれだけ自分勝手なんだろ。
いや、もうここで終わらせるんだ。
私は全部ぶちまけるつもりで、口を開くつもり――だった。
「俺は結婚しない」
……………………?
唐突な独身宣言に、私は戸惑った。
「俺は、結婚しない」
「う、うん……?」
二回言わんでも。
舜雨くんの人生だから、好きに生きればいいと思うし。そう言おうとして、舜雨くんが先に口を開いた。
「だからさっきの言葉は、お前にしか言わない」
その言葉の意味を考えて。
私は困惑した。
「……それってなんか、私が好きって言ってるみたい、だけど」
戸惑っているのに、言葉がするりと出てきた。
舜雨くんは、何か少し考えていた。そして。
「そうだと言ったら、迷惑か?」
青い目が、ほんの少しだけ揺れていた。
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