第14話 晨星、恋愛について考える
「後宮の女官と?」
きょとん、と桃花さんが目を丸くする。
「実は陛下と、杜秘書少監と話し合ってね。恋愛のお話を書くことになったの」
私は、直くんと勇義さんと話したことを思い出した。
■
『晨星どのは、アレだな。その、字が男らし……飛び跳ねがハッキリしているな』
勇義さんに出来た小説を見せると、第一声がそれだった。
これでも清書した方なんですけどね。
いやだって、
この国、字が山ほどあるわ。
ゲシュタルト崩壊が起きて「あれ? これどんな字だったっけ?」現象が起きるわ。
書き間違えて、縦線でピーッて消すことになるわ。
そもそも納得いかなくて全部消すことになるわ。
漢字変換が出来たり、コピーアンドペーストして文章の位置を変えたり、削除も訂正も簡単に出来るデジタル媒体で慣れていたら、そりゃすごく大変です。
せめてタイプライター欲しい。……いや、漢字多すぎるし無理かな。
『やれるとしたら、活版印刷かな……』
『やあ! なんの話をしてるんだい?』
『わ――――!!』
私がそう呟いた時、直くんがどこからとも無く現れ、それに驚いた勇義さんが叫んだ。
『なななにをする貴様ー! って、へへへ陛下ー!』
『うーん、いつ見ても勇義くんの反応はいいね☆』
いたずら成功、とでも言いたげに直くんが手のひらをばあと開ける。
『っていうか、晨星は驚いてないね?』
『いやまあ、位置的に私からは見えたし』
それに気配には敏感な方だ。特に足音。
前世から、誰が来るかって足音でわかる方だった。と言っても、相当親しい人のじゃないとわからないけど、その的中率は大体十割。
昕家にいた頃は、その的中率に皆驚いてたなあ。
『で、活版印刷ってなんだい?』
直くんに言われたので、私は活版印刷について説明した。
世界の三大発明、『羅針盤』『火薬』そして『活版印刷』。
輪作とかと一緒に覚えて、いつか領地改革する異世界転生モノを書くために調べたんだよね。難しすぎて、頓挫したけど。
……あれ?
どこかで足音が聞こえた。
遠ざかっていく気配に、私はふと直くんに尋ねた。
『ねえ、直くん。誰かと一緒にいた?』
『え、どうしてだい?』
直くんがきょとんとする。
『いや……今、誰かが部屋から出ていったみたいだから。直くんの護衛?』
私がそう聞くと、少しだけ間をおいて、『うん、そうだね』と言った。
……皇帝の護衛なのに、なんで離れたんだろ?
それになんだか――よく知っている気配がした。
『で、その「活版印刷」があれば、大量に書籍を複製出来るってことなんだね』
『あ、うん』
直くんに話題を続行されたことで、それ以上は聞けなかった。
活版印刷に興味を持ってくれたのはいいけど、問題がある。
文字の多さだ。
この国の文字は、アルファベットの二十六文字をはるかに超える。なんでこんなに字を作っちゃったんですかね。
私がそれを指摘すると、そうだね、と直くんがうなずいた。
『だからこそ、国家でやる意義がある』
そう言うと、勇義さんもうなずいた。
思わず白目を剥いてしまいたくなる。
嘘でしょ。私のうっかりなつぶやきで、また予算動くの? しかも世界三大発明の一つを!?
混乱している私をよそに、直くんは「男ばっかりつまらない」と思って登場人物の半分を女の子に変えた小説に目を落とした。
『晨星、君、他にも色々書いてみないかい?
もっと身近な物語。君が前よく話していた恋愛モノとか、そういう女性向けの物語を』
■
「……という感じで。出来たら、後宮にいる皆に喜んでもらえる話を書きたいなと思って、それとなく皆の話を聞きたいんだけど」
私がそう言うと、まあ、と桃花さんは目を見開いた。
でもなあ。私、女性向けの恋愛モノ、読むのは好きだけど、書くの苦手なんだよね。
ときめきを書こうとして、ヒロインが大暴れするギャグストーリーになるか、命懸けのシリアスものになってしまう。
というわけで、ほかの女の子たちから話を聞きたいなと思った次第だ。
「晨星さまと陛下のご要望であれば、わたくし全力を尽くさせていただきますわ!」
「ありがとう! ……でも、あれだよね。話しづらかったら、言って欲しいな」
女官も一応、皇帝のためにいるという建前だから、ここに来るために恋愛を諦めた人もいるかもしれない。
そう言うと、「いいえ?」と、桃花さんは言った。
「陛下が皇帝になられてからは、女官は妃にはなり得ぬと宣言しておりますの。ですので、恋人や婚約者がいる女官も多いですわよ」
「え」
女官は妃にならない。
そして、私も妃ではなく、「妃候補」。
……そこまでして、直くんが結婚を拒んでいる理由ってなんだろう。
皇帝は世継ぎをつくることを求められている。しかもこの灌はまだ二代目。周りからかなりせっつかれているだろうに。
「ですので皆様、晨星さまのお話も伺いたいと思っていますのよ」
「へ?」
私の話?
ええ、と桃花さんが頷く。
「陛下はあの通り、見目麗しい方ですから、女官たちの憧れの的なんですの」
その言葉に、へー、と思う。
確かに直くんは見目麗しいしね。けど、好かれていると聞いて、ちょっと嬉しい。
「あれだけ特定の女官にこだわらなかった陛下が、毎夜晨星さまの殿を訪れているんですもの。目覚ましいご寵愛に、正式に『妃』になられる日も近いんじゃないかと噂しています」
「……そっかー」
やばい。背中に汗が流れる。
そりゃ、毎日皇帝陛下が一人の女の部屋に通ってたら、そういう目で見られるよね。
実際はだべったり、即興でTRPGしたりするだけなんだけど。
これで、『初恋が諦められなくてやけっぱちで後宮に入った』なんてバレたら、やばいな。
っていうか、『特定の女官にこだわらない』って。
あいつ、
「あー……そっちの話は、期待には答えられない、かも」
「ええ。……お二人の関係はそのようなものでは無いこと、わかっていますわ」
「え?」
くすり、と桃花さんは笑った。
「お二人の掛け合いは、男女の仲というより、義兄弟の戯れですもの」
「……やっぱ、そう見える?」
桃花さんがするどいのか、それとも我々があまりに素のままでいすぎているのか。
「後宮の人間にとっては、恋愛も友愛も、どちらも同じことですわ」そう桃花さんは言う。
「恋愛はほんの少し、花が多いだけ。
晨星さまが陛下の唯一無二の方であることを、この宮廷の誰もが理解していますもの。時間を重ねれば、花の数も増えていきますわ」
「……」
何だかなあ。
前世でも『友達以上恋人未満』って表現があったけど。まるで友愛より恋愛の方が、上位にあるみたい。
私は直くんを恋愛的に好きじゃない。でも、舜雨くんより直くんの方が大切じゃないなんて、そんなこと思ったことない。
それに直くんにとって唯一無二の存在は、もう一人、舜雨くんがいる。
大切な人は、恋愛だけじゃないと思うんだけどな。
だけどそれを言うわけにはいかなかった。言葉のあげつらいな気もしたし、一応、妃候補なので。
まあ私的には、一番のライバルって、直くんなんだけどね。
多分、舜雨くんの大切な人ランキングって、私と直くんで占められているし。
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