やけっぱちオタク、自分のミスに気づく

第13話 晨星、桃花の技術に驚く

「素敵ですわ~!」


 両手で頬をあてて、うっとりした表情で桃花さんが言った。


 桃花さんが見つめるのは、試着した私の姿。


 全体像は大きな鏡がないからわからない。

 けれど、ボレロのような上着は、組み紐のボタンがついていて。その下から伸びるジャンバースカートには、立派な刺繍が施されている。

 スリットの入ったレイヤースカートの脇には、お守りの房が着けられていた。


 立襟は見えないけど、しっかりと立たせるためにチョーカーみたいにして付けている。カッチカチのこの生地は、麻で出来ているんだろう。


「襟を高くすることで首の長さと撫で肩の線を出し、つるりとした絹が体の線を出す……そしてふわりと広がった裙子と、神秘的な房!

 さすがですわ、とてもお似合いですわ!」

「いや、さすがなのは桃花さんじゃないかな」


 私は襟を撫で、ふわふわのスカートを摘んでみる。

 桃花さんは、『華ロリ』をほとんど完成させていた。


「すごいね、こんなあっという間に作れるの……この国にはない技術ばっかりなのに」


 私はしみじみと、ここにいたるまでのことを思い出した。



 ■

 


 尚功局の桃花さんが、私付きの侍女になった。

 というのも、桃花さんが『体に合わせる服を作るなら、晨星さまの体が必要となってくると思うんですの』と、当然のことを言ったからだ。

 だったらいっそのこと侍女になってもらうことになったのである。


 ……そう、私はニーソばっかり頭にあって全く考えてなかったんだけど、よく考えたらこの国に型紙がない。


 コスプレ衣装とか以前に、裁縫の技術がキッドのエプロンとナップザックで止まっている私は、本当なんもわかってなかった。何度か荘園にやって来た農民の女性から手ほどきを受けたけど、全然身につかなかった。

 なんなら服とか繕いものとか、舜雨くんの方が上手かったからね。

 

 うっすら覚えている着物の構造を思い出すに、真っ直ぐ裁断するわけだから、体の線に合わせて服を作るのって、すごく難しいんじゃないだろうかと、改めて気づいたわけだ。


 ところが桃花さん。

 私が何か言う前に、私の身体に合わせて布をあて、立体裁断をし始めた。


『……桃花さん、これって、裁縫する時いつもやる感じ?』

『え? いいえ』


 長いまつ毛を瞬かせて、彼女は言った。


『ですが、胸の形に裙子を合わせることはよくあるので』


 そっか。肩紐がなく、胸も半分ぐらい見えるその服は、身体に合わせなければ難しいよね。

 ちなみにこの国、なんと現代のビスチェとも遜色ない、ベアトップのブラジャーがある。マジでどうなってるの被服技術。

 

『それに天徳では、縫うことなく体に巻き付けて着るそうですから。その応用ですわ』

『天徳?』


 なんか聞いたことがあるような名前だ。


『西域にある、内道の発祥の国で、確か進度より向こうにあると聞いていますわね』

『内道……』

『なんでも、苦しみから解き放たれるための修行をする宗教だとか』


 それ、前世で言う仏教のことかな。ということは、天徳ってインドにあたるのだろうか。

 進度は知ってる。西側に接する国で、交通路の問題で度々前王朝から衝突を繰り返している国だ。


『これが、天徳で使われている布ですわ。伸縮性がある布なので、こちらを使おうと考えてますの』


 そう言って、桃花さんは一枚の布を取り出す。

 それは確かに、横方向に伸びるものだった。これだったら、身体にピッタリ合うかも。


『この「華ロリ」というのは、上衣は胡服のような構造ですわね。その下に裙子を履いて……膨らませる……』

『や、やっぱり難しいかな……?』


 一応、パニエとかギャザーの話は伝えているけど、あれどうやって作るんだろう。

 この国にはミシンもないし、ファッションもふわっとしか知識がない私じゃ、いくら桃花さんでも無理なんじゃないかな?


 だけど桃花さんは、不敵な笑みを浮かべて言った。


『大丈夫ですわ。あてがありますの』



 ■



 で、出来たのが、このフリフリのパニエと、その下に履く短パンだ。

 ってかこれ、あれだ。ドロワーズじゃない?

 すっかりドロワーズの存在を忘れていたけど、それを作り出すって桃花さん天才か?


「実は、故郷の下着なんですの」


 桃花さんは内緒話をするみたいに人差し指を立てた。


「私の故郷は、少し寒い場所ですから、そうやって沢山ひだを作ったんです」


 なるほど。確かに、空気層が出来て暖かくなりそう。見た目と言うより、実用性で発展したんだな。

 逆に言えば、この白玥宮のある都・月安では暑いかもしれない。

 いや、冬はめちゃくちゃ寒いからいいけど、今夏が終わったばかりだからね……。絶対今年最高気温40度あったでしょ。

 皆半分も胸出して、超薄い絹の服で過ごしているのは、ファッションという意味だけじゃなくて、暑さをしのぐためもあるんだろうな。


 でも桃花さんの故郷って、どこなんだろう。

 寒いってことは、恐らく北の人だ。この国には色んな人がいるから、灌の人じゃない可能性もある。

 ……でも言わないってことは、言っちゃダメなのかもしれないな。


「とはいえ、こんなに膨らませるのは初めてでしたわ」

「ご、ごめんね無茶言って、」

「楽しかったですわ~!」


 目を輝かせて、私の言葉を遮った。本当に楽しかったらしい。ありがたい。


「それでも絵と比べると、あまり膨らみが足りない気がするのですが……」

「ううん、いいよ! こういうのもかわいいと思う!」


 私は慌てて止める。

 ふんわりとしか分かってなかったけど、恐ろしいほど布を使ってる。

 しかもこれ、全部絹だし。さすがの前世・石油で出来た服ばかり着ていた私でも、生まれ変わってから絹が蚕を殺して作ることを理解した。


 ねえ知ってる? 繭から糸を作る時、じっくりとお鍋で茹でて殺すんだよ(白目)。

 このパニエのために、一体どれだけのお蚕さんの命が消えたのかかかか。


「恐らく、固めの生地を使うか、あるいは提灯のように、竹か何かで骨組みを作ればいいような……」と言っている。


 そう言えばパニエって、鳥籠って意味だっけ。

 スチームパンクの漫画を読んだとき、スカートの下じゃなくてあえて上に着ていた、アップルパイみたいな骨組みのファッションを思い出す。

 すごい、桃花さん。私が何も言わなくても、一人でどんどん技術を解明していくんですけど。


 とはいえ、桃花さんにもわからない技術が一つ。


「……長い襪は、難しいですわね」


 私の足に合わせても、天徳の布を使っても、ピッタリとはならない。というのも、足を曲げたりしたらシワになっちゃう。

 やっぱり、あれかな。ナイロン生地じゃないとダメかな。ナイロンって何でできてるの。石油?


「これを作ってくれただけでも感謝だよ。本当にありがとう」


 心からそう言っても、桃花さんの目からは闘志は消えない。

 さすがプロ。まだ諦めてない。財政が怖いから諦めて欲しいけど、好きなことを頑張る人を止める勇気もない。

 どうしようかと悩んだ時、この間直くんや勇義さんと話していたことを思い出した。

 

「あのね、良かったらなんだけど、後宮で働く人とお話ってできるかな?」

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