第17話 晨星、恋バナをする

 玲さんと、もっと話がしてみたい。


 そう思った私は、桃花さんと二人で開くお茶会に誘ってみることにした。

 桃花さん曰く、『あまり誰かと話しているところを見たことがない』らしいので、断られるかな? と思ったけど、玲さんは快諾しただけでなく、包子を作って持ってきてくれた。


 まあ私、一応権力者だから、断りづらかったかもしれないけど。自由意志を聞くって難しいな。


 だけど、来てくれて本当によかった。


 桃花さんが淹れてくれたお茶と、玲さんの作る包子。このコンボがすごく美味しい!!

 香りの良いお茶は苦味があるけど口当たりが軽くて、どこか甘く感じる。桃花さん、滅茶苦茶お茶入れるの上手だ。

 包子はふわふわでモチモチ、ちょっと皮の油が強いけど、黒ごま風味の餡が口当たりをサッパリさせる。


「桃花さんも玲さんも、魔法の手を持っているんだなあ……すごいや」


 私がそう言うと、桃花さんが「光栄ですわ」と頬を赤らめて言う。

 あ、手と言えば。


「そう言えば玲さんって、剣とか握ってた?」


 手と手が触れ合った時に気づいた。気になった私がそう尋ねると、玲さんは目を見開いた。


「……どうして?」


 しまった。またやってしまった。発言には気をつけなきゃとあれほど言い聞かせたのに。


 ただ、手の筋肉の付き方が、包丁を握ってるだけじゃないような気がしたのだ。これでも一応武人の娘なので、つい気になってしまった。


 触れられたくなかったら答えなくていいよ、と言う前に、玲さんが答えた。


「……山で、暮らしてた。だから狩りもする。それかも」

「まあ! 狩りもお出来になるんですの!」


 頼もしいですわ! と、桃花さんが両手を重ねる。

 この国では女性も結構狩りをする。後宮の女官も皇帝に付き添って、時折狩りをしているらしい。

 ちなみに、私は狩りをしたことがない。せいぜい畑でイノシシやウサギに会ったことがあるぐらい。


「森の中には、色んな動物がいそうだよね」

「そうですわね。わたくしも、内朝にいるウサギやキジぐらいしか会ったことがないから、気になりますわ」


 内朝には大きな池と一緒に、丘もある。そこに色んなウサギやキジなどが住んでいるのだ。猛獣は住み着いてないので、人が近づいても大分皆呑気に近づいてくる。野生動物がそばで見られるって、つくづく贅沢な中庭だよなあ。

 そう言えば、と玲さんは言った。


「まだ一度しか会ったことの無い動物がいる」

「どんな動物?」

「獏」

「獏……?」


 バクってあれか。夢を食べる動物か。


「熊みたいに大きくて」


 ……ん?


「竹をいっぱい食べてて」


 んんん?


「毛並みが黒白だった」


 鼻が長くて、黒い四足の生き物を想像していた私は、そこまで聞いてようやく想像図を訂正した。 

 もしかしてパンダか!? ジャイアントの方の!


「大丈夫でしたの? 獏って、確か銅鉄も食べるのでしょう?」

「ビックリしたけど、タケノコに夢中になっててこちらを見なかったから。こっちもタケノコとってた」


 肝が太い。

 パンダは草食だけど、人を襲うこともあるらしいので、気をつけて欲しいな……。


「かわいかった。獏は悪夢を食べてくれるから、会えて嬉しかった」

「そうなんですの? 初耳ですわ」


 え、そうなの? 私も悪夢を食べてくれる生き物だって思ってたけど。

 そう言うと、そう、と玲さんは返す。


「私が生まれた国だけかもしれない。私は、和国から来たから」

「和国!?」


 桃花さんと揃って、私は声を上げる。

 和国というのは大陸ではなく、海を越えた先にある国だ。地理的に、この世界の日本にあたるんだと思う。


「え、じゃあ玲さんって、和国から船に乗ってきたの!?」


 私がそう聞くと、こくん、と玲さんはうなずいた。


「父についてきて。死んだ父は秘書監だった」

「へえええ――!?」

「海を渡るなんて、大冒険ですわね……!」


 桃花さんも目を丸くする。

 前世とは違って、それこそ命懸けの航行だろう。遣唐使の阿倍仲麻呂とか、鑑真とか、難破したって聞くし。


「だけど、父も母も死んで。路頭に迷うところを、父の知り合いに助けてもらった」

「それは……大変でしたわね」


 ただでさえ親を亡くすのは大変なのに、言葉が上手く通じない、親戚もいない土地で、頑張ってきたんだなあ……。


「一人じゃなかった」


 ポツリ、と玲さんが言った。


「ずっとそばにいてくれた人がいるから。だから、大丈夫だった」


 そう言って、玲さんは頬を染めて微笑んだ。

 ……なんかこの表情、見たことがある。具体的には少女漫画とかで。

 もしかして、と桃花さんが尋ねた。


「玲さんの良い方ですの……!?」


 そこ聞いちゃうか――!

 と思いつつも、桃花さん、この間女官から恋愛ネタが聞けなかったことを気にしていたので、切り込んでくれたんだと思う。


 私はハラハラしながら玲さんの方を見た。すると玲さんは、顔を赤らめながら、こくんと頷く。

 ――普段は真顔の美少女が頬を赤らめる破壊力、やばい。


 きゃー! と、桃花さんの頬も赤くなる。


「どんな方なんですの!?」

「…………優しい人」


 そう言うと、またきゃー! と桃花さんが声を上げる。


「優しい方って素敵ですわよね! わかりますわ!」

「……後、幸せそうにご飯を食べてくれる」

「わかりますわー!」


 わたくしも作った衣装を着てくれる瞬間が好きですの! と桃花さんが言う。


「え、桃花さんも好きな人がいるの!?」

「あら? わたくし、話していませんでしたっけ?」


 婚約者がいましてよ、と桃花さん。そう言えば女官の中には婚約者がいるって聞いたけど、あれ桃花さんも含まれてたんだ!?


「普段は頼りないように見えて、いざと言う時は守ってくれるんですの! 柔和な表情から一転、『僕の桃花に触るな』という瞬間は、もうもう!」

「あの人もそう。自分も怖いのに、獣に遭遇した時は、先頭切って倒してくれる」

「きゃー!」


 さあ、盛り上がってまいりました。恋バナ。

 どうやら二人の想い人は優しい人で、ちょっとヘタレな感じだけど、やる時はやるらしい。

 二人とも見た目の話は一切せず、中身のことだけを言っていた。なんかすごく『愛』って感じがする。

 

 ……は、

 話したーい!

 私も舜雨くんのこと話したーい!! 舜雨くんの素敵なところいっぱい話したーい!!

 一応妃候補だから、舜雨くんじゃなくて直くんの話しないといけないんだよなあー!


 私が心の中で葛藤していると、玲さんが「あなたは?」と聞いてきた。


「わ、私!?」


 じっと、大きな目が私を見つめる。

 目つきが悪いわけじゃないのに、目力が強くて、私はタジタジとしてしまう。


 直くんの好きなところ?

 物語を興味津々で聞いてくれるところ? いや、それは舜雨くんもだし。

 顔がいいところ? 舜雨くんもだし。

 舜雨くんにはない、直くんのいいところ。色々考えた結果、出てきたのは、



「身体が……ナメクジみたいに柔らかいところ……?」


 私のベッドでぐねぐねと寝転がっている直くんだった。


 桃花さんと玲さんが固まった。

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