第18話 晨星、直と話し合う





「とまあ、そんなお茶会の経緯から生まれたのが、この『獏包バクまん』なんだけど」

「ほとんど説明になってなくない?」


 私の悪口聞かされただけじゃん、と言いながら、直くんはパンダの形をした包子を頬張っていた。


 やっぱり、中華って言えばパンダの肉まんだよね。玲さんがパンダの話をしていた時に思い出して、それを話したら作ってくれた。


「黒いところとかどうするんだろう?」と思ってたら、迷うことなく竹炭粉(薬として使用される真っ黒い粉。無味無臭)を生地に混ぜてた。流れるような作業、料理初心者な私だと見逃しちゃうね。



「でもいいね、これ。桃包桃まんはあったけど、動物の形をしたものは思いつかなかったなあ」

「前世ではいっぱいあったよー」



 ひよこを模した饅頭とか、鳩の形をしたサブレとか。

 味も大切だけど、見た目も食べる時のテンションを上げるよね。



「それで尚食局の人たちが、正月の屋台に出したいって言ってるんだけど」



 白玥宮では毎年、外朝にずらりと屋台が並ぶ。城下町で暮らす人達もやって来て、皆で新年を祝うのだ。

 毎年って言っても、今年で二回目らしいけど。お祭りも、平和じゃないと出来ないよね。平和が一番だよ。



「いいんじゃない? 獏は邪気を払う動物だし、縁起担ぎになりそうだ」



 灌国では、獏ってそういう生き物なんだ。悪夢は食べなくても、邪気を払うなら似たようなものだね。


 縁起担ぎの食べ物っていうのも、ある種の『物語』だなあって思う。由来とかそこにまつわる伝承とか、そういうの結構好きで、物語の小道具にしてたなあ。


 なんて考えながら頬張ってると、で、と直くんが声を掛けてきた。




「舜雨の好きなところは、話してくれないのかい?」



 直くんの言葉に、私は思わず食べていた包子を詰まらせそうになった。


「キミに話すの!?」

「逆に私以外に話せる相手がいるのかい?」

「それもそうだ!」


 謎に納得した私は、舜雨くんの好きなところを話そうとする。


「……」

「…………ねえ、まだ?」

 

 いざ自分の番になると、全然思いつかない。桃花さんたちとお茶会している時は、いくらでも話せそうだったのに。


「なんていうか、舜雨くんっていう『存在』が好きなんだよね」

「でかいね。範囲が」

「だからなんか質問して。範囲狭めるためにも」


「ええ……」面倒くさいな、という顔をしながら、直くんはこう言った。「じゃあ、顔?」



「可愛いものや純粋無垢な存在と接する時、まなじりと口角を下げるところ!」

「うわ声でか」



 いやもう、可愛いんだよ。その時の舜雨くん。いつもは真顔なのに、慈愛に溢れた表情をしているというか。



「声も低くて大きくなくて落ち着いてて優しくて、子どもや猫と会話する時は腰を下ろして目線を合わせるし、とにかく善良な性格が全部身体に現れてるっていうか」

「あ、もういいや。おなかいっぱい」

「最後まで聞いてよご無体な!」


 私の反抗を、はいはい、といなして、直くんはそれより、と聞いてきた。



「華ロリの方はどうなってるんだい?」



 もうほとんど出来上がってるんだろう? と言われ、私はあー、と返す。



「それが、ニーソ……長い襪が出来そうにないんだ」

「そう言えば、最初そんなこと言ってたね」



 そんなに難しいんだ、と直くんが言う。


 もう諦めて、スカートの裾を伸ばしてもらおうかな、って思ってるんだけど、桃花さんの手前言い出しづらい。


 そう言うと、直くんは「桃花は服飾に命を燃やしているからねえ」と笑った。



「もう期限決めて、桃花に諦めてもらおうか。彼女、来年の春に結婚するみたいだし」

「え、そうなの!?」



 私は驚いて聞き返した。



「彼女の希望で、女官は続けるみたいだけどね。彼女自身の結婚の準備もあるだろうし」

「そっか~」


 桃花さん、例の人と結婚するんだ。

 お茶会をした時、好きな人のことを話す桃花さんの幸せな顔を思い出す。


 好きなことを仕事として続けられて、好きな人と結婚できるというのは、とても良い事だ。

 好きなことを、何も諦めなくていい。そんな人生が、皆にとっての当たり前だと、なおいい。


 ……あ、そういや。



「直くん。キミ、女官を妃にするつもりは無いって言ったんだよね」

「え? あ、うん」

「なのに手を出してるの?」



 私がそう言うと、直くんは目を泳がせた。



「ちょっと、話をしようか。直くん」

「いや、違う違うよ。全然、君の思ってるようなことしてないから。ホント。マジで。君の目コワイ」


 演技だから、と直くんは言った。


「ある程度そういう素振りを見せないと、臣下が納得しなくてね? 本当に、仕方なく、そーゆーフリしてたんだよ。

 実際、私に関する噂、『男色家』とかあったでしょ?」


 そう言われると、確かにそんな噂もあったな、と思い出した。


「でも、晨星が来てからは、必要なくなったし。信じて」

「いや別に、浮気を疑ってるわけじゃないからね?」


 舜雨くんを思いっきり引きずってる私に、その資格ないし。単に責任取らないで逃げるつもりなのかと思っただけだ。


「というか、何で女官たちを妃候補から外したの?」

「いやだって、そういうの嫌がるでしょ、君」


 その言葉に、私は目を瞬かせた。


「嫌がってたじゃないか。性を売買するの」


 ……そう言われて、私はビックリした。

 誰かに言った覚えはなかった。


「そりゃ、見ていればわかるよ。私もされて嫌だったしね」


 サラリと告げられた告白に、私はどう返せばいいのか悩んだ。

 直くんはそれ以上言うことはなく続けた。


「表向きは宦官による選抜と本人による志願制だけど、実際は人身売買だ。

 内乱や戦乱が起きれば起きるほど、男女問わず後宮か妓楼に売られていく」


 直くんは嗤った。


「民には子を産めだのなんだの言って、国にいる少女を一人の男に集めて、子を作れない男を増やしているのさ。何のためだろうね?」

「……皇帝に、世継ぎを作らせるためじゃないの?」


 胸が騒ぐ。

 それは、ずっとどこかで「どうして?」と思っていたことだった。


「妃の生活を助けるために、皇帝以外の子を産ませないために、宦官がいるんじゃないの?」



「本当にそう思うかい?」



 直くんの目が、私を居抜く。

 まるで透明な水に墨を落としたみたいに、何かが私の心の中に入って、私という人間を変えていく。

 昕家にいた時も、たまにこういう直くんを見た。――こういう目で見られた時、私の体は金縛りにあったように固まった。



「……まあ、それは置いといて、君が嫌がることはしたくないなあと思って、やめただけだよ」


 直くんが目を逸らした。途端に、息がしやすくなる。

 そこには、いつもの直くんがいた。


「そっか。……ありがとう」

「なんのお礼?」


 あはは、と明るく直くんは笑った。


 私は、直くんの友だちだ。

 それは一生変わることがない。

 だけど私には、直くんのことを理解することが出来ない。

 直くんは私のことを理解してくれるのに、それがどうしようもなく、歯がゆかった。



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