最終話 晨星は後宮にて眠らせない

「……ずっと、黙っていたことがあるんだけど」


 内緒話を打ち明けるように、直くんは言った。


「私には、好きなものとかやりたいこととか、愛する人とか、そういうのはほとんどないんだ。

 本当は、物語も好きじゃないんだよ。登場人物や世界観が違うだけで、だいたい展開は一緒だし」

「……知ってる」


 何となく、そんな気はしていた。本当は多分、好きじゃないんだろうなって。


「だけどね。君たちと話すのは、すごく好きだった」直くんは言った。


「私は別に、皇帝になることも戦争も、そんなに苦じゃなかったんだ。ただつまらないのが苦痛だったんだ。

 だけど君たちとの会話は、予想外のこともよく起きたし、お約束のように同じことを繰り返しても楽しかったよ。ずっと続けていたかったし、もっと別の展開を見てみたかった。

 私が皇帝になったら、君たちはどんな顔をするんだろう、とか。ちょっとマシな国に変わったら、君たちはどんな風に喜んでくれるんだろう、とか」


 後は、と、はにかむように彼は笑った。


 

「こんな凄い二人が私の友人なんだよ、って。――自慢したかったんだよ」


 

 ポチャンと、池の水が跳ねる音がした。

 それは魚が跳ねた音なのか、水鳥が飛び立った音なのかはわからない。

 私は、気づけば直くんを抱きしめていた。


「……ねえ、これって舜雨に見られたら不味くない?」

「うっさい!!」


 思った以上に低くて図太い声が出ていた。うわ理不尽、と直くんが言う。


 昕家に居続けたって良かったはずなのだ。

 彼が皇帝に就かなくても、別の人がなってもよかった。

 けれどもし、直くんじゃない人が皇帝に就いたら、この国はこんなに穏やかにはならなかったかもしれない。私は昕家の娘ではなく、理高郎の娘として操られた人生だったかもしれない。

 そのしがらみを、彼は一人で解いてくれたのだ。

 あの誰も味方しない、使い捨てられるような場所で。


 そしてこの友人は、私たちを手放して、一人だけ暗い所へ行こうとしている。

 まるで、このお話はお終いとでも言うように、エンドロールを流そうとする。

 そんなのは嫌だ。


「戦争を終わらせる役目を終えたんなら、平和を維持できるような、適性もやる気も良識もある人に禅譲すればいいじゃん」


 それに、と私は続ける。


「前世じゃ国民が主権で、選挙で代表者が選ばれるの。この国も、皇帝制度自体を辞めて、そうしちゃえばいいんだよ」


 そんな事が簡単に出来るとは、思ってない。

 前世だって、結局世襲みたいになってて、全然褒められたような世界じゃなかったけれど、それでもこの世界と比べれば夢物語みたいな話だ。

 だけど、そんな世界を知っている私が、言わなくちゃいけないと思った。私以外の誰かが、「他にも方法がある」と言えるなんて思えなかったから。


「後は、もうあれだ。死んだフリして私たちと一緒に暮らそうよ。なんか焼死体を偽装すればいけるって、前世で読んだミステリにあったし」

「……君は、本当にとんでもないことを言うよね」


 呆然としたように呟いてから、吹き出すように笑った。


「君って、割と私のこと好きだよね?」

「割とじゃないわ。舜雨くんと同レベだわ」


 私が返すと、「それって浮気じゃない?」と直くんが言う。


「舜雨くんも直くんのことが好きだよ。私と同レベで」

「そうだな」


 と、突然低い声が、ゆっくり耳元で囁かれた。

 舜雨くんが、私たちの傍で片膝を立てて座っていた。

 抱きしめた時、後ろに舜雨くんがいたことは気づいていたけれど、そこまで近くにいるとは思わなかった。


「それで晨星」舜雨くんは淡々と尋ねてきた。「俺はどうすればいい?」

「とりあえず直くん拉致って家に連れて帰る」

「わかった」

「いや『わかった』じゃないよ? なんで晨星ごと私を抱えこんでんの?」


「そして舜雨はこの状況を見てもっと別の言葉が出てこないの?」と、直くんは頭の上にクエスチョンマークを沢山つけている。


「直くんは私たちと一緒にいたくないの?」

「……それは、出来たらそうしたいけど」


 逡巡してから、「いや」と直くんは気を取り直した。


「君たち両想いになったよね? 晨星、後宮を出たら舜雨と結婚するよね?」

「皇帝辞めるまでしないけど?」


 私と舜雨くんの声がハモった。


「……は?」

「だって直くん、私たちのために皇帝になったんだよね? だったら、私たちの(結婚の)ために辞めるまでが筋ってもんじゃない?」

「直。お前なら、俺たちの(結婚の)ために皇帝を辞めることも出来ると思う」

「ちょっっっっと待って。本当に待って? 何その超理論!?」


 初代皇帝の策より意味がわからないよ!? と直くんが叫ぶ。


「私邪魔でしょ!? あと私、ほぼ夫婦同然の君たちに挟まれて一体どういう関係だと言えばいいのさ!? そんなの友人でもないよ!?」


「別に誰かに証明する必要はないだろう」淡々と舜雨くんは言った。「よそはよそ、うちはうちだ」

「それ親が子どもに言うセリフ!!」もはやツッコミが鳴き声みたいになって来た。


 そう言ったやり取りを何度も重ねるうちに、直くんはゼェゼェと肩で息をし始めた。ツッコミ疲れを起こしたらしい。

 私と舜雨くんから離れて、バタンと地面に手をついた。皇帝にあるまじき格好だ。


「この感覚、四年前を思い出すよ……舜雨も大概だけど、晨星も大分天然だよね……」

「いやあ私は、人工的に作ってる天然だよ?」

「人工的な天然って何? どっちなの? その発言がもはや天然じゃないかな?」


 ハアハアと息を整えてから、袴に着いた土埃を払って立ち上がる。

 直くんは色々言いかけていたけれど、最後は困ったように笑った。


「もう……君たちは、本当に……」





【完】

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晨星は後宮にて眠らない―やけっぱちオタクは物語を紡ぐ― 肥前ロンズ @misora2222

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