第17話
滝沢が謹慎処分をくらった翌日の放課後、帰り支度をしていると校内放送が流れた。
それは特定の生徒を生徒指導室へと呼び出す事を告げる放送だった。
誰かがなにかやらかしたのかと適当に聞き流して、帰ろうとしていると、何か面白い事があったのか、吉岡がニヤけづらで俺の肩を叩いた。
「おっとと、
吉岡の言っている事に全く心当たりはないし、何を言いたいのかがわからなかったから、手を振り払いながら侮蔑の目を向ける。
「俺はお前みたいに遅刻もしなけりゃサボりで保健室を使ったりもしない優等生だぞ」
「なーにが、優等生だよ」
そう言いながら吉岡は教室前方を指さした。
指先から線を伸ばして目で追っていくと、そこにはスピーカーがあった。
スピーカーを目視して意識した瞬間に、耳に全く入って来ていなかった呼び出しのアナウンスが、これでもかと言うほどクリアに聞こえてきた。
『もう一度繰り返す。一年三組、桐生陽葵。生徒指導室に来なさい』
そこまで言うと放送はプツリという音と共に切れた。
一年三組は俺が所属しているクラスで、三組に桐生陽葵という生徒は一人しか存在していない。
「……って俺!?」
小馬鹿にするように、または慰めるように吉岡は「どんまい」と言いながら俺の肩に手を置いた。
「いや、本当に何もしてないんだけど」
「何もしてない人を生徒指導室に呼び出したりはしないだろうよ。なんだ、もし怖いなら付き添ってやろうか?」
こいつ、完全に俺を小馬鹿にしてやがるな。でも、なにも怖気づく事はない。
「何も怖いことなんてないさ。なんせ俺は何もしてないんだからな。きっと、呼び出した先生はなにかを勘違いをしているだけだろうよ」
再度吉岡の手を払い除けると、生徒指導室へと向うことにした。
俺の背中に吉岡が「達者でな」なんて言っていた。けれど、それは完全に無視して教室を出た。
本当に何もしたような記憶はないし、俺はなんの心配もしていなかった。
四階から早足で階段を降りて、すぐに生徒指導室を目指した。
たどり着いた先、生徒指導室の扉を三度ノックして「失礼します」と言ってから扉を開いた。
中で待っていたのは、担任教師である横島先生だった。
神妙な面持ちで、こちらをまっすぐな瞳で見ている。
生徒指導室の中には張り詰めた空気が流れていて、少し緊張感を覚えた。
俺、なんかしたのかな……?
「早く、こっちへ来なさい。扉をしっかり閉めて」
オネエモードではない、いつもの女子生徒から人気の高い横島先生だった。
そのせいか、心当たりはないのに、緊張感が高まっていくのがわかる。少し喉の渇きを感じながらも言われるがままに扉を閉めて、横島先生の方へ向かった。
「……なんでしょうか?俺なんかしましたか?」
口をきゅっと引き結び、しばらくの間があって、横島先生はようやく口を開く。
「昨日から凛と連絡が取れないの」
オネエモードで放たれたその言葉に、俺は間の抜けた声を出してしまった。
「へ?」
「だから!凛のスマホが繋がらないのよ。電話も、ショートメッセージもsnsも!」
どんだけ滝沢に執着するんだよこの人は、と思いながらも、とあることに思い至る。
きっとそれが滝沢と連絡が取れない原因なのではないかと思った。
バキバキに割れた画面に水没。電源の入らなくなってしまったスマホが脳裏にハッキリと浮かぶ。
思わず声が漏れた。
「あー……」
「うん、あなた、なにか知っているの?」
間接的とはいえ、滝沢のスマホを壊してしまったのは俺だ。
転んで画面がバキバキになってしまった事、その上大雨の中、滝行のような行為を強いてしまったこと。
滝沢の性格を知らなかったとはいえ、俺が命じてしまった事だ。
罪悪感しかなかった。
「まあ、そうですね。知っているかどうかと聞かれれば知っていますかね。多分、無事だと思いますよ」
滝沢と横島先生の人には話せないただならぬ関係。正直に話せばどうなるものか想像もしたくなかったけれど、罪悪感から嘘はつけなかった。
「どういう事?しっかり話してちょうだい」
オネエ言葉なのにとても圧が強い。いや、オネエ言葉だからと言うべきか。
どこぞの世紀末覇者のように、横島先生が大きく見える。
圧に負けて、俺は全てをぶちまけた。
俺がスマホが壊れる原因を作ってしまった事を。
何を言われるのかと、かなりの口の渇きを感じていると、意に反して横島先生は笑顔を浮かべ、俺の方にスマホの画面を突き出してきた。
「これ、私のメッセージのQRコード。凛の様子を見てきて、報告してちょうだい」
かなり穏やかな口調だった。
だけど、なんか怖くて俺は頷いた。
「はい。すぐに向かわせて頂きます」
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