第20話

 今頃、滝沢はスマホの修理依頼に行っている頃だろうか?

 まどろみ時の昼休み。俺はそんな事を考えながら、母さんが作ってくれたお弁当を口に運ぶ。


 うん。やっぱり母さんが作ってくれただし巻きたまごは美味しい。感謝の気持ちを込めながら頬張る。


「一つ俺にもくれよ」


 そんな事を言いながら吉岡は俺の弁当箱からだし巻きたまごを一つ掻っ攫っていった。


 普段なら文句をつける所だけど、ちょうどよい頃合いだと、吉岡の行為を俺は見逃した。



 だし巻きたまごを食べ終えた後、大あくびを浮かべる吉岡。隙を見せた吉岡に仕掛けるべく、俺は声をかけた。



「なあ吉岡。いつも話してくれてた推しについて詳しく教えてくれないか?最近、興味が湧いてきてな」


 トロンと眠そうにしていた半開きの瞳が大きく見開かれる。


「俺にそれを……聞いちまうか。長くなるぜ?放課後はマスドにでも行こうか?なんだったら俺の家、ちょっと遠いが、桐生の家だって構わないぜっ!」


 なんという瞬発力。少しキモいと感じてしまう程の圧を感じた。


 俺は吉岡の推しになんて微塵も興味はない。騙すようで心苦しいが、これも滝沢のためだ。

 割り切って笑顔を作って向き合う。


「俺の家でいいか?」


「ああもちろんだぜ。親友」


 いつも小馬鹿にしてくる時とは違って友好的な態度をみせる吉岡。

 親友だなんて思ってもないくせによく言うよ。


「ちょっとけんちゃん。辞めといたら?……こいつ、なんか裏がありそうだよ」


 どこからともなく現れて、俺達の会話に乱入してきたのは〈ナイト〉こと陽川姫だった。

 妙に勘は鋭いようだ。矢野さんに告白をして振られてから警戒をされている感も否めないが。


「やだなー陽川さん。裏なんてないよ。いつも吉岡から話を聞いてて、なんとなく吉岡の推しに興味を持っただけなんだよ」


 口を挟むと、陽川は射抜くような眼光を俺に向けた。

 怖いよ。マジで怖い。

 陽川さん。メンタル弱い男だったらその眼力だけで逃走必死。二度と吉岡には近づかない所だ。

 しかし、俺には目的があるし、そこまでメンタルが弱い訳では無い。


 むしろ都合が良いと心の中で笑みを浮かべた。

 ここで、陽川を引き込めるかどうかで、今後の展開が変わってくると言っても過言ではない。


「そんなに心配なら、陽川さんもうちに来ればいいよ。そうすれば、吉岡とも一緒にいられる訳だしね」


 陽川はチョロい。俺に対してではなく、吉岡が話に絡めば途端にチョロくなる。

 ついこの前、マスドに三人で行くことになった時も、吉岡目当てで俺の同行を許したくらいだしな。


 案の定、俺の提案を受けた陽川は少しためらいのような表情をみせた。

 目は泳ぎ、俺と吉岡を交互に見ている。


「なあ。いいだろ吉岡?」


「うむ。よきにはからえ」


 今日の吉岡はかなり機嫌が良いみたいですぐに同伴の許可がおりた。

 吉岡自身、いつも陽川の事を煙たがっているのに。

 それだけ推しの事を話す機会に飢えていたのだろう。


「まあ、けんちゃんがそれで良いなら、良いけど」


 今じゃ流行らないツンデレのセリフ。


 陽川は俺からも吉岡からも視線を外しながら言った。

 口元がニヤニヤしちゃってるの、抑えきれてませんけどね。


「よし、じゃあ今日の放課後な」


「うむ」


 午後の授業は、いつも眠そうにしているのに、今日の吉岡はシャキっとしたまま授業を受けていた。


 窓の外に流れる雲を見ながらふと思った。

 ところで、吉岡の推しってなんだったっけかな?


 俺はあまり詳しく吉岡の推しについて知らなかった。

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