対人スキルゼロの変人美少女が恋愛心理学を間違った使い方をしたら

さいだー

第1話


 夏休みが始まり、何日か過ぎ去った何ら特に予定のない平日。桐生陽葵は嫌な思いでを払拭する事ができず、ダラダラと部屋で過ごしていた。


 昼ごはんを食べて、外は暑いしなー昼寝でもしようかなーと思っていた矢先、唐突にスマホが振動をした。


 吉岡あたりがまたアニメやらアイドルやら俺にはよくわからないが、推しを熱く語るメッセージでもよこしたのかと思って、少し辟易とした気持ちになりながらスマホのスリープを解くと、メッセージは全くの別人から届いていた。


 メッセージの送り主は笹川秋斗ささがわあきと

 サッカーをやっている爽やかな青年で、物心がつく前からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だ。


 推薦で県外の高校に進学をしてしまってからのここ数ヶ月は、すっかり疎遠になってしまっていた。いったいなんの用だろうか?


 メッセージを開いて見ると、そこにはこう書かれていた。


『あまり時間はないんだけどさ、こっちに帰ってきたからせっかくだからこれから会わない?』


 断る理由は無い、むしろ久々に俺だって会いたかった。でも、部屋から出る気力が無かったから、「家にいるから来てくれ」と返信すると、すぐに既読がついて最近流行っているらしい、可愛らしいアニメのスタンプで『OK』とだけ返ってきた。


 それを確認したあと、スマホをベッドに放り投げると、程なくして秋斗がやってきた。


「よう陽葵はるき、久しぶりだな!」


 そう言いながら俺の部屋に上がり込んできた秋斗は数ヶ月前より少し体格がガッチリしたように見えた。

 普段からかなり鍛えているのだろう、健康的にこんがりと揚げパンみたいに日焼けもしていた。


 エアコンの設定温度は二十六度にしているはずなのに、秋斗が入ってきた瞬間に部屋が熱気を帯びたような気がした。

間違いなく体感温度が上がったから、設定温度を二十四度まで下げてから起き上がった。


「よう。相変わらずサッカー頑張っているみたいだな」


「おう。サッカーだけじゃねえぞ。勉強も前より頑張るようになったし、恋愛だって頑張っているぞ」


 ニカッと口角を上げて笑う秋斗に俺は違和感を覚えた。


 苦手なりに勉強は以前から頑張ってはいた。

 しかし、サッカーバカの秋斗が恋愛?

 一体何が起こったのか、まさか変な女に騙されているんじゃないだろうなと少し不安な気持ちがよぎる。


 小さな頃から男女問わず友達が多かった印象はあるけれど、秋斗から誰が好きだの、惚れただの聞いたことは一切無かった。良くも悪くも男も女も同じように扱っていた。


「恋愛って……秋斗。お前、そんなキャラじゃ無かっただろうよ」


「まあな。色々、心境の変化があってよ」


 そう言って秋斗は部屋の中央に置かれているローテーブルもといこたつ布団無しのこたつ前にドカット腰を下ろした。


「心境の変化って、なんだよそれ」


「俺達ももう高校生なんだからさ、そろそろそういう経験もしたほうが良いだろ」


「……まあ、それもそうか」


 ごもっともな事を言われて返す刀を失ってしまった俺は、頷く事しか出来なかった。


 秋斗とは違い、地元に残った俺の周りでは、秋斗と同じように急に彼氏、彼女を作り始める奴が増えた事が脳裏をよぎる。


 たしかにそうなのかもしれないな。俺はまだそういうのは興味というか、この前の失敗のせいで敬遠をしているけれど、いつかはまた、そう思う日がやってくるのだろうか。


 俺がおかしいのかもしれないな。


 考えを改めて質問を変えることにする。


「どんな子なんだよ」


「ああ。サッカーの練習をよく見に来てくれる子でさ、笑顔がとても可愛いんだ」


 屈託のない笑顔でそんな事を言われると逆にこっちが小っ恥ずかしくなってくる。


 少し俯き気味に「そうなんだ」とだけ答えると秋斗は彼女の話を色々と聞かせてくれた。


 幼馴染の恋バナを聞かされるのってこんなに心がざわつくんだな。初めての感覚にどう対処して良いか分からずに適当に相槌だけを打ってしばらく話を聞いていた。


 どうやら秋斗は今の彼女にそうとう熱を上げているらしい。


「そのうち陽葵にも紹介するからさ。……そうだな、陽葵も彼女作って、俺の試合見に来てくれよ」


「ハハハ。俺に彼女?想像もつかないなあ。でも、試合はいつか見に行くよ」


 なるべくなら涼しくなった頃、秋に見に行こうかな。暑い中観戦してたら倒れる自信しかない。


「どうなるかなんてわからないだろ。……そうだ」


 秋斗は何か思いついたように、背後に置いたエナメルカバンをゴソゴソと探り出す。

 そして、一冊のハードカバーの本をこたつの上に置いた。


「これ、俺にはもう必要ないからな。秋斗にやる」


「なんだよこれ?」


 その本のタイトルはズバリ『恋愛心理戦──恋愛心理学を制す者は青春を制す──』。

 口にするのも恥ずかしいタイトルである。


「有希ちゃんにアプローチしたかったけど、ずっとサッカーしかしてこなかったし、どうしたらいいか分からなかったから、これを買ったんだ。そしたらズバリ大成功だ」


 そう、爽やかな笑顔にサムズアップしてみせるが、こいつの顔で、高身長、スポーツマン。サッカーの練習を見学に来ていた程の女の子。


 それら全てを踏まえて考えると、これがなくても上手く行っていたんじゃないかと思えてしまう。

 いや、きっと上手くいっていただろう。


 しかし、せっかくの努力を否定してやるのもおかしな話だよな。


 俺の人生にな毛ほども約に立たないだろうけど、秋斗の努力を卑下する気にはなれなかった。


 だから俺は読む事はないであろうその本を受け取った。


「ありがとうな」


「おう!秋斗も頑張って彼女作って試合見に来いよ!」


「ああ。そうだな」



「っと、そろそろ行かねえと。明日から合宿なんだ」


「それでその大荷物なわけか」


 秋斗の背後に置かれているエナメルカバンに目を向けてそう言うと、彼は頷く。


「じゃあ、合宿が終わったて来れるようならまた来るわ」


「おう。頑張ってな」


 そう言って秋斗を送り出した。


 すっかり静かになってしまった部屋に、ゴーと冷房の音だけが響いていた。


「……ちょっと寒いから設定温度上げるか」


 そうして肌寒い部屋には、秋斗の残温、そして俺と、読むことのない痛いタイトルの本だけが残された。

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