第3話

「よう、おはようさん。なんか教室入った瞬間からなんか空気悪いんだけどなんかあった?」


 始業式にも参加せずに遅刻してきたアホがお気楽な様子でそう言い放った。


「吉岡。始業式に遅刻してくるなんてなかなかいい度胸しているな」


 たしかは入学式の日も遅刻してきていたはずだ。別に問題児って程の奴ではないのだけれど、普段から少しだらしない面がある。


「教師でもないのにそんな事いうなよー。深夜だろうとさ、推しが配信してたら見るしかないっしょ。しょういうことー」


「『しょういうことー』じゃないだろ。クラスメイトとして、お前が留年して後輩にならないか心配して言ってやってるんだよ」


 すると吉岡はおちゃらけた様子で、あーたしかにと手を打った。


「桐生の事、先輩って呼びたくないしな。気をつけるよ」


 俺だって呼ばれたくない。このアホに先輩だなんて。


「アホか」


「で、何があったんだ?」


「あー」


 クラスを見渡して、こちらに注目が集まっていない事を確認してから耳打ちをして今朝あった事件を掻い摘んでかいつまんで概要だけを教えてやった。


「ふむふむ。それはそれは。それで、お隣さんは居ないわけね」


 吉岡は視線だけで滝沢の席をちらりと見た。

 横島先生に連れて行かれてから、滝沢は戻ってきていない。もちろん、被害者である矢野エマも。


 二人共始業式にも出てこなかったし、担任教師の横島先生も不在だった。それが現在のホームルームの時間まで不在が続き、自習のような時間になってしまっている。


席替えするはずだったのにな。


 普通こういう時はふざけだす生徒がいそうな物だけれど、朝のどんよりとした雰囲気を引きずった我がクラスではそういった生徒は一人も居なかった。


 会話する事を禁止された頑固親父が経営するラーメン屋に行った時のような雰囲気、緊張感に包まれていた。


「ちょっとけんちゃん!なんでちゃんと朝から来なかったのー。色々大変だったんだよー!」


 肩を怒らせながらこちらに近づいて来たのは、今朝の一件にも関わっている陽川姫だ。


 聞くところによると、吉岡と陽川は幼馴染らしく、他の生徒に対する時と吉岡と対した時では明らかに態度が違う。


 普段は周りを威圧するような態度を取るが、吉岡の前では甘える子供のような態度をとるのだ。


「推しが尊いから仕方がないだろ」


「もう、けんちゃんは!推しも良いけど、もっと自分の生活も大切にしないとダメなんだよ?」


「ああ。ちょうど桐生にも注意された所だよ。────そういや矢野が大変だったんだろ」


 そう聞いた瞬間に、鋭い視線で俺を睨みつける陽川。

 こわっ!両手を上げて降参のポーズを決めて、ごまかし笑いをしているとフンと鼻を鳴らし首を横に振った。


「そうなの。もう今は片付けられてなくなっちゃってるけど、エマの机の上に植木鉢に植えられた花が置かれてたんだよ!?信じられなくない!?」


 ドラマや漫画なんかでイジメの描写として描かれているのは見たことがあったけれど、実際目にしてみると何のことか一瞬、理解が及ばなかった。


 ちょっと考えて意味はわかったけれど、矢野さんが生きていてくれて本当に良かったなと思う。



「ひでーよな。でもさ、前からいろいろやられてたんだろ。なんで、横島先生に相談しなかったんだ?」


 陽川は一度俺の方を見て、躊躇うような仕草を見せながら囁くように答えた。


「私も言ったほうがいいって言ったよ。でも、エマは優しいから」


 ふーん。俺が知らなかっただけで、イジメのような行為は以前からあったという事か。


 たしかに今朝の滝沢と陽川のやり取りを考えれば納得もいく。


 あまりと言うか、全く良い評判を聞いていなかった滝沢は、俺が思っている以上にヤバいヤツだったんだな。


「ふーん。だったら自業自得だな」


 興味なさそうな返事をすると、吉岡は俺の前の席の椅子を引き、腰を下ろした。


「ねえ、けんちゃん。私、あいつに仕返ししたい。だから協力してよ」


「俺はパス。推し活にバイトに忙しいからな。────そうだ、桐生。お前が手伝ってやれよ」


 桐生が振り返りざまにとんでもない爆弾を放り投げてきた。

 なんで俺が強力しなきゃならないんだよと目で訴えていると、俺の耳元に口を寄せる。


「矢野と仲良くなれるチャンスなんじゃないのー?」


 ぐぬぬ。それは魅力的な案だが、俺はこっぴどく振られた。

 もうこちらから近づこうとは思わない程に。


「えー、けんちゃんが良いのー。桐生君じゃあてにならないよー」


 俺の名前を呼ぶ所だけがやたら低音で、背筋に薄ら寒い何かを感じた。


「じゃあそうだな、桐生も一緒にって条件で、聞いてやるよ」


 なにその条件。俺の意見はないんですかね?


 チラチラと俺の方を見ながら陽川はラドン並に重そうなため息を吐き出してから言った。


「けんちゃんがそこまで言うなら────いいよ。じゃあ、学校終わったらマスド行こうね」


 そんなに俺の事が嫌なんですかね。まあ、俺が友達の矢野さんに振られた事は知っているだろうしね。


 そこまで言うと陽川は吉岡に手を振りながら自分の席へ戻っていった。


「俺の意見は無視かよ」


「何いってんだよ。むしろ感謝してくれよ。きっと矢野も来るぜ」


 いやいや、来たとしても気まずいんだけど。

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